008 川魚の串焼き
私は市民権を取得できない。
市民権がなければスマホが持てず、スマホがなければいっぱしの商人として扱ってもらうこともできない。
つまり大商人への道が潰えた。
「じゃあスマホだけでもどうにか……」
「無理です」
「ですよねー」
しばらく受付の前に立って考えた。
無愛想なお役人をジーッと見つめながら。
市民権はどうでもいいが、スマホは欲しくて仕方ない。
……が、何も浮かばなかった。
国外追放されている以上、どうやっても不可能だ。
「あのー、国外追放されたといっても別に人を殺したわけじゃないんですよ。貴族同士のくだらないゴタゴタに巻き込まれただけで。だからどうにかなりませんか?」
「どうにもなりません」
「ですよねー」
よし、諦めよう。
悲しいけれど仕方ない。
「まさかこんなところで国外追放が響いてくるとはなぁ」
無実の罪で苦労する羽目になるとは踏んだり蹴ったりである。
火遊びに私を巻き込んだ男爵令息と伯爵令嬢の顔が浮かぶ。
今度見かけることがあったらデコピンの一つでもしてやる。
◇
宿に戻った私は切り替えて明日以降のことを考える。
イノシシの革がウケなかったので、次は別の商品にしよう。
スマホがなくても活動予定は変わらない。
市民権がなくても露店を出してお金を稼げるのだから。
今の私が生きていくにはそれしかないのだ。
では何を売るのがいいか。
トムさんの助言を思い出して商品を検討する。
この町でウケるのは日常的に使える物だ。
トムさんは綿の手袋などを売っていた。
しかし、私は綿製品を売ろうとは思わない。
個人が手作業で作るにはあまりにも効率が悪いからだ。
トムさんはどこかから大量に仕入れたのだろう。
私の手袋と同じように。
大事なのは手間が掛からず、それなりに需要が見込める物。
安価な手芸品が論外となれば、必然的に選択肢は絞られてくる。
「よし、決めた!」
明日は食べ物を売ることにしよう。
売れ残ったら自分で消費できるし、手始めにちょうどいい。
ひとえに食べ物と言っても色々ある。
私は魚の串焼きを売ることにした。
理由は二つある。
一つは上手くいけば今後も楽に稼げるからだ。
もう一つは今の私が食べたいから。
だってね、お店で魚の串焼きを食べようとしたら高いのよ。
川魚が1匹刺さった串焼きが1本あたり500ゴールドもするの。
港町なら100や200なのに。
しかも、この町の串焼きは大して美味しくない。
これは全国共通だけど、魚は高い地域ほど味が落ちる。
お魚が運ばれてくるまでに時間がかかるからだと思う。
だから、私が鮮度のいい美味しい串焼きを売る。
そうすれば町民は大喜びで、私の財布も潤うはずだ。
◇
翌日、朝食を済ませると川に向かった。
お店で買ったちょっとお高い塩を持って上機嫌。
――ウソ、本当は死にそうな顔をしている。
「あー重い! お手伝いが欲しいーっ!」
今、私は大量の女竹を背負っている。
川魚を乱獲するために必要なトラップの材料だ。
これが重くて重くてたまらない。
「ふぅ! もうしんどーい!」
どうにか川に到着した。
さっそくトラップを作っていくとしよう。
川魚用のトラップといえば〈もんどり〉が定番だ。
円錐形の罠で、壁に沿って進む魚の習性を利用して捕獲する。
中の二重構造がポイントで、一度入った魚は自力で出られない。
「完成!」
サクッともんどりを製作。
固定用の竹紐も装着して準備万端だ。
あとは設置するだけ。
魚の動きを見極めて入りたくなる場所に置くのが大事だ。
だが、この川なら適当でも問題ないだろう。
澄んだ水を大量の川魚が勝手気ままに泳いでいる。
「とりあえずこの辺でいいかな?」
試しに仕掛けてみる。
あとは竹紐を適当な岩に結びつけて――。
「わお! もう掛かった!」
岩を用意する前にヒットした。
ふっくらしたヤマメがもんどりに飛び込んだのだ。
「記念すべき最初の獲物は……」
誰もいないため、自分で「デケデケデケェ、デン!」と擬音を口ずさむ。
「ヤマメだー!」
渓流の女王とも言われる川魚である。
女王の名に相応しく、塩を振って串焼きにすると美味しい。
「この調子ならたくさん獲れそう!」
もんどりを大量に設置して乱獲するとしよう。
しかし、その前にヤマメの試食だ。
「ふんふふーん♪」
ウキウキで下処理を始める。
まずは川の水で綺麗に洗ってぬめりをとっていく。
次に腹を開き、内臓やエラ、血合いを除去。
再び水で洗って綺麗にしたら、竹で作った串に刺す。
最後に塩を振り振りしたら完成だ。
「慌てるなーシャロン、じっくり焼けよー、じっくりだぞー!」
自分に言い聞かせながら火入れに入る。
焚き火をこしらえ、炎が当たらないよう遠目に置く。
串焼きは1時間近くかけて丁寧に焼くのが大事だ。
待てない私はしばしば強火でドカッといってしまう。
「待っている間に追加のもんどりを作ろーっと」
ルンルン気分で作業を進める。
頭の中はヤマメの串焼きを頬張った時のことでいっぱいだ。
そんな時だった。
「見つけたぜぇ! 兄者、例の女だ! 俺の肩に矢を刺した!」
「ついに見つけたか弟よ!」
傍の森からいつぞやの山賊イアンが現れた。
私に射られた右肩はまだ痛いらしく、左手で曲刀を持っている。
真っ赤な髪は私への怒りを表すかのように逆立っていた。
イアンの後ろから青髪の男も登場。
やり取りから察するに山賊兄弟の兄だろう。
弟と似た顔だが、こちらは身長が180cmはありそうな高さ。
イアンも175ほどと低くないが、兄と比べたら見劣りする。
弟と同じく無精髭を生やし、曲刀を持っていた。
「おいおい弟よ、どう見てもただの小娘じゃないか」
「気をつけるんだ兄者、コイツは頭がイカれてやがる!」
私は「ちょいちょい」と話に混ざった。
「小娘って酷い言い草ね。あんたらだって若いじゃないの。無精髭のせいで老けて見えるけど、実際のところは25かそこらでしょ」
「23だい!」
「俺は24だ」
「若いじゃないの。私と6歳ほどしか変わらない。ほら、まずは自己紹介!」
「これは失礼した。俺はクリスト、イアンの兄です」
「どうもどうも、私はシャロン」
「兄者! なに謝ってるんだ! 違うだろ! 俺たちはコイツに仕返しに来たんだろ!」
ハッとするクリスト。
「そうだ。シャロン、お前には二つの選択肢を用意してやろう! 一つはイアンに頭を下げ、お詫びに俺たちの性奴隷になること。もう一つは強情な態度を貫いて俺たちに殺されることだぁ!」
「どっちもお断りよ。私は第三の選択――あなたたちを返り討ちにすることを選ぶわ!」
私は後ろに跳んで弓矢を構えた。
「かかってらっしゃい!」
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたのであれば、
下の★★★★★による評価やブックマーク等で、応援していただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。