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7.生存者


人間を跡形もなく消してしまう『黒い風』。

人々はそれに怯えながら暮らしている。


文明が崩壊した荒廃する世界、『黒い風』の真相を探るべく、少年少女は旅立ってゆくーー。




二人は変わらず西へと向かってゆく。足の裏にできた肉刺(まめ)が潰れて歩く度に痛みが走る。けれど歩く速度は衰えていない。

(はる)か彼方に見えていた前方の渓谷も目と鼻の先まで近づいている。一歩は(わず)でも、道のりは確実に積み重なっている。



そんな二人が歩む土手の先にしゃがみこむネコの姿があった。道のど真ん中で日向(ひなた)ぼっこをしている。かなり上流まで進んだ頃であった。

「カワイイ!」

アガサは小走りになって近寄った。その足音にも動じずネコは二人を見つめていた。茶色い体に黒い虎柄、首だけは白い。


エラリーも近寄ってゆく。

「人に慣れてる。飼いネコかな」

アガサはそのネコを抱きかかえた。瞬間、ネコはアガサの腕を引っ()いて抱っこを拒否した。

「イタッ!」

ネコはアガサの腕を逃れ、軽やかに着地した。そしてアガサを冷笑(せせらわら)うように見上げた。

「どこが人に慣れてるのよ!」

アガサが腕を(さす)る仕草にエラリーは笑った。

「急に抱きかかえるからだよ。見てて」

エラリーはそっと忍び寄り、四つん()いになってネコ目線になった。

「ほら、おとなしいよ」

とエラリーが顔を寄せた瞬間、ネコはエラリーの顔を両手で激しく引っ掻いた。そして街のほうへと走っていった。

エラリーはヒリヒリする傷だらけの顔を押さえた。

「……元気で何より」


アガサは溜め息をついた。

「あーあ、逃げちゃった。ったく、何やってんのよ」

エラリーは照れ笑いしながら立ち上がった。

「もう少しだったのに」

「どこがもう少しよ」

「しかしネコはやっぱり居るんだね」

「まぁ、『黒い風』の影響は人間だけなのは間違いないね」

「何で人間だけなんだろうね」

アガサはネコに引っ掻かれた腕を無造作に擦った。

「さぁ、神の怒り……かもね」

アガサは西の彼方を見つめた。

「増えすぎた人間への」



二人は食糧やキックボードを求めて街のほうへと進路を曲げた。大きな交差点には動かない車が列を成して放置されている。動かない車が動かない信号機をいつまでも待っているようで滑稽に見える。


その交差点の横断歩道を悠々と渡る姿があった。

「あ、さっきのネコ!」

咄嗟(とっさ)に駆け出そうとするアガサの手をエラリーは(つか)んだ。

「待って、また逃げちゃうよ」

「大丈夫よ。あの子はそんな繊細じゃないから」

手を振りほどいて行こうとするアガサをエラリーは制した。

「でも、もし飼いネコなら近くに人がいるかもしれないよ」

アガサは駆け出そうとする足を止めた。

「……確かにそうね。じゃ、尾行しましょ」



二人は物陰に隠れ、ネコについていった。ネコはふらふらと脇道へ入っていった。二人も音を立てずに跡を()ける。誰かの隠れ家でもあるかと思いきや、ネコはそのまま脇道を通り過ぎ、急に駆け出した。

二人も慌てて走り出した。ネコは大通りを越えて走ってゆく。

「あれ見て!」

アガサは走りながら指差した。


街道沿いに大きなショッピングモールの看板が見える。大きな駐車場の向こうに一階建ての平べったい建物が潰されたブロックのように鎮座していた。

「あの子、まさかここの招き猫かな」

二人は駆け寄って店の前で立ち止まった。アガサは自動ドアの異変に気付いて指差した。

「これ、ドアが開かれてる」

巨大な自動ドアが半開きになっていた。ただこれだけでは人工的に開かれたかは判別出来ない。


ネコの姿は見当たらない。

「まさかあの子が開けたわけないよね。ここはわたしたちがまだ開けてない。つまり他の誰かが開けたのかも。入って確認しましょ」

アガサはドアに体を押し込んで店内へ入っていった。



だだっ広いフロアに食品が整然と陳列されている。以前は繁盛し、この地域の者達が(こぞ)って足を運んでいたのだろう。そして一瞬のうちにその(にぎ)わいも消滅し、廃墟と化したように静まり返っていた。利用者達の衣服が陽光にも照らされず、床に寝そべっている。ここもまた繁栄した文明の終焉(しゅうえん)の地であった。


(いた)む思いに(さいな)まれるエラリーとは違い、アガサは衣服を軽やかに()け、たまに勢い余って踏んづけながら駆けていった。そして棚から棚へと目を移しながら食品棚を見つけて立ち止まった。即席麺やシリアルなどの保存食はごっそり無くなっている。

アガサはエラリーに振り返って叫んだ。

「ほら! 誰かが持っていった跡よ!」


暗がりの中でアガサがはしゃぎ、ライトが揺れた。狂乱して飛ぶ蛍の光のようにエラリーには見えた。エラリーも食品棚を確認し、確かにネコやネズミや害虫といった類いの仕業ではないと見てとれた。

「近くに人がいる!」とアガサは欣喜雀躍(きんきじゃくやく)として体を弾ませた。そしてエラリーの手を取って「早く行くよ!」と急かした。アガサは希望で瞳を輝かせた。



エラリーは自分達の食糧を数個リュックに詰め込んで、手を()かれるままに走った。

エラリーは前を駆けるアガサを気遣って何も言わなかった。食糧が無くなっていることが人間の生存を証明するとは限らないということを()えて言及しなかった。


これまで『黒い風』は数回吹いてきたわけで、食糧を確保した後に被害に遭えば、生存者が居ないことも充分あり得る。(やぶ)にあったテントのようなこともある。

肝心なのは食糧が無くなっていることではなく、いつ無くなったか、である。たとえ直近まで生きていたとしても、ひとたびの『黒い風』で全滅に至ってもおかしくない状況なのである。


そしてもうひとつの懸念もあった。

それでもエラリーはアガサと共に走った。アガサが希望を持って走っているのだから、自分も一緒に意気揚々と走っていたかった。もしかしたら頭の切れるアガサのことだから、そんな危惧(きぐ)は気付いているかもしれない。自分を鼓舞するために()えてはしゃいで見せているのかもしれない。そう思うと、エラリーはアガサの走る姿を追わないわけにはいられなかった。



エラリーの手を掴んで走るアガサ、出入り口へ向かう途中、ガラスの向こうに動くものを見つけた。

「あ、さっきのネコ!」

そしてアガサは間髪入れず叫んだ。

「人よ!」

ネコ以外に明らかに大きな何かが視界を横切った。アガサの希望が影向(ようごう)したように、それは集まって出入り口にとどまった。



それはまさしく人であった。アガサの見立て通り、人間がそこにいた。


アガサは興奮してエラリーから手を離し、自動ドアを破壊する勢いで外へ出た。エラリーもまたドアを抜ける。


そこに居たのは(まぎ)れもなく人間で、それは三人の少年だった。少年達は全身真っ黒い身形(みなり)で、ネコがその周りをうろうろしていた。


アガサは(たかぶ)り冷めず、瞳を輝かせた。

「ああ、本物の人間よ! やっと会えた! はじめまして!」

アガサは手を差し伸べて近付いた。


その瞬間にエラリーはアガサの手を引っ張って目の前の人間から遠ざけた。そしてアガサの前に立ち(はだ)かった。

驚いたアガサはエラリーの背中に叫ぶ。

「どうしたのよ、急に!」

エラリーは答えなかった。



エラリーの懸念。

眼前の少年達の()で立ちでそれが現実になったと思った。


そう。



たとえ生き残った人間に会えたとしても……



それが良い人間とは限らない。



お読み頂きありがとうございます。

感想お待ちしています!



>>次回「8.麓の村」



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