表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/32

30.風の構造


人間を跡形もなく消してしまう『黒い風』。

人々はそれに怯えながら暮らしている。


文明が崩壊した荒廃する世界、『黒い風』の真相を探るべく、少年少女はついに都へ辿り着いた。


そしてアガサは『黒い風』を解き明かした……。




「エラリーが……天子の子?」

クレイグは度肝を抜かれて思わずエラリーを見つめた。エラリーでさえ、アガサの言うことを理解出来ずに茫然としている。

ノックスだけは少し笑っていた。



舞い降りた者『天使』は人間を滅ぼすためにこの地へ生まれる。人間と同じ姿をし、見た目では判別出来ない。唯一異なるのは人間を消す能力を持ち、その使命を生まれながらに帯びていることだ。


しかしその能力に殲滅(せんめつ)力が無ければ単なる人間と同じ存在でしかない。彼らは本来の使命を失い、普通の人間へと成り下がり、普通の人間としてこの地で暮らしてゆく末路を辿(たど)ることになる。人間を殲滅出来ない以上、この地に(とど)まって死ぬのを待つしかないからである。

そして生物の本能に(なら)い、子を残す。



ある者は人間を消す本懐を失い、河川敷で集落を築き人々と暮らすことを選んだ。



アガサは何故(なぜ)ルルーが干乾(ひから)びて死んだのかを当時理解出来なかった。その不可解な死を皆には告げず、『黒い風』の被害に遭ったと偽った。その遺体を安置すべく彼の墓を作り葬った。

『どうしてルルーにだけお墓を作ったの?』

アガサは答えた。

『特別な人だから』



舞い降りた者の能力は有限であり、使い果たすと体は干乾びて死滅する。

ルルーは自分の遺伝子を残したのち、自らの能力を故意に使い果たして力尽き果てた。つまりルルーの死は自殺であった。



またある者は海辺でレストランを営んだ。

彼もまた、人間を少なからず殲滅した罪悪感を背負い、そして干乾びて死ぬ日を待っている。



彼らは『黒い風』が何であるかを知っている。

自分と同じ『天使』の力であることを知っていた。

けれど彼らはそれを口にすることは出来ない。

したくても出来ない。

そう作られている。


ルルーはエラリーが誰の子であるかを知っていたに違いない。けれど彼はエラリーを他の子と分け隔てなく育て過ごした。アガサを含め、誰もが皆『天使』の子であるから、エラリーだけ特別な存在と思ったことはない。



ノックスにおいては、子を作ることは戦略の一環でしかなかった。眷族(けんぞく)を増やし、人間殲滅を迅速に遂行するための手段だった。

しかし子を(はら)んだ女は都から姿を(くら)ませた。彼女の細胞構造を知るノックスは遠隔から消すことに成功したが、彼女は男児を産んだ後であった。いや、産んだのを見計らって消したのかもしれない。





ノックスはアガサの話をじっと静聴していた。

そして途切れた時、(つぼみ)が開くように表情を和らげた。


「長々と考察をありがとう」

そう言って拍手を送った。

「僕にも解りかねる範疇(はんちゅう)のものに関しては置いておいて、(あなが)ち間違ってはいない」



(だいだい)色の光が東から広がってゆく。済んだ空気に朝陽が射し込んだ。



「ひとつ質問していいかな?」

ノックスはアガサに言葉を投げた。

「君は、僕の放つ風の構造が見えるのか?」

アガサは静かに答えた。

「見えるよ、今は」



ノックスは目を見開いて、長大息を吐いた。

「なるほど。それで躊躇(ちゅうちょ)なくその彼女を(かば)えたってわけか。やはりその胎児はエラリーの子か」


クレイグは「えっ?」と思わず声を挙げた。エラリーもまた動揺していた。

アガサは自分の腹を()でた。

「そうね、あなたの孫ということになるかな」



エラリーもまた、風の構造が実は見えている。ただ生まれながらの能力の為、自分の視界が特別であるとは思っていない。

『黒い風』を色的に『ヴァーユ』と呼ぶほうがしっくりくる、と言ったのも、(ひとえ)に彼には違う見え方をしていたからに他ならない。

エラリーを身籠(みごも)った女も言っていた。

『視界も何だかおかしくて』


アガサもまたエラリーの遺伝子を体に宿し、特殊な視界になっているようである。

『急に視界がぼやけただけ』


エラリーが『黒い風』の際に常にアガサに覆い被さっていたのは、反射的なものだ。いちいち『黒い風』の構造を読み取っていてからでは遅いと判断してのことである。

もう少し読み取る能力が早いのであれば、ドロシーを消さずに済んだのだが、それは結果論である。エラリーは、迫り来る風が彼女を消してしまうことを悟り、慌てて『伏せろ!』と叫んだ。

しかし無情にも彼女は消えてしまったのである。




ノックスは眉間を(せば)めて困り顔を誇張してみせた。

「君達の成長は実に早すぎる。そして繁殖力も。それもまた脅威なる所以(ゆえん)だ。厄介なのはエラリーだけではなかったということか」

ノックスはそう言いながらも顔は笑みを浮かべていた。


「ただ、君がどんなに知識を(ひけら)かそうと、君達の体の構造は既に解読済みだ」

アガサも斬り返すように笑う。

「本当に? エラリーを一瞬で消すことが出来るの? なぜそうしなかったの? 父性でも芽生えた?」


アガサは達観した境地で舌鋒(ぜっぽう)を鋭くさせた。

「エラリーはあなたの風では消せない」

アガサは(なお)もノックスを追い込んだ。

「エラリーを消す手立てはあなたには無い」


エラリーの外膜を破壊したとしても、エラリーは『黒い風』を吸収する。

つまりノックスにエラリーを消すことは出来ないのである。



エラリーの子を宿し、『黒い風』の構造すら見抜いたアガサにはもはや恐れるものはなかった。

未知であるからこその恐怖、それが払拭(ふっしょく)された今、ノックスに対しても、たじろぐ(すく)みも無い。





「ひとつ、君の熱弁に苦言を呈するとしよう」

けれどノックスもまた、()じることなく、むしろ不敵な笑みを浮かべていた。

「何?」とアガサは聞き返した。


ノックスは右手の親指から曲げていき、数え始めた。

「1、2、3……」

5まで到達し、指を伸ばした。

「6、7……」

そして8で止まった。


けれど数はそこで終わらず、人差し指を最後に伸ばした。

「9」

そしてノックスは再び笑みを(こぼ)した。

「僕は8番目ではなく、9番目だよ」




お読み頂きありがとうございます。

感想お待ちしています!

(ネタバレ厳禁でお願いします)



>>次回「31.黒風の神様」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ