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24.新天子誕生


人間を跡形もなく消してしまう『黒い風』。

人々はそれに怯えながら暮らしている。


ついに『黒い風』の真相が明かされた。




赤ん坊がなぜ豚小屋で生まれたかは知らない。望まれない子で母親は人知れず産み落とし、捨てるかもしくは豚に食わせるか考えていたのか。そんな推測をしてみたが、その母親らしき者も見つからず真相は闇の中だ。特徴があるとすれば、赤ん坊の左手の甲に小さな(あざ)があるくらいだ。



その子は豚に見守られ、すやすやと眠っていた。豚は『黒い風』の影響を受けず、周辺の家屋もまた倒壊していなかった。それを踏まえると爆風という表現は適切ではないかもしれない。風の影響をまともに受けるのは人間だけで、それを風と呼べるかどうかは(いささ)か懐疑的だ。



それはともかく、その赤子をどうしようかと人々は話し合った。殺してしまうべきだと大半の者が訴えた。フィルボッツは実際にこの赤ん坊が『黒い風』を巻き起こしているとは(いま)だ信じられなかったため、それに賛同はしなかった。



論争中、ある者が(しび)れを切らし、豚小屋の隅に置かれた(くわ)を手に取った。そして人々を押し退()けて赤ん坊の前に立った。

人々が制するのも聞かず、その者は赤ん坊に向けて鍬を振り(かざ)した。



その時であった。寝ていた赤ん坊の目が薄く開いたかと思うと、体から黒い煙のようなものが吹き出てきた。そしてまだ見えていないはずの目で鍬を持つ者を見ると、その黒い煙がその者に襲い掛かり、一瞬にしてその男の体は消え失せたのである。衣服と鍬が人々の前に転げ落ちた。



フィルボッツも含め、人々が恐れおののいたのは言うまでもない。身の危険を感じた者は悲鳴と共に逃げまどった。消された男と同じく、殺してしまえと訴えていた者達である。



残った者達はその場に(たたず)み、赤ん坊を眺めることしか出来なかった。

その中で、カーという名の男が『この赤子を丁重に扱うべきだ』と訴え出した。彼は目を輝かせ、これは『奇跡』であるとし、この子は神に選ばれし者であると興奮し出した。


フィルボッツはその際に天子を思い出し、皇居が空っぽであったことを人々に告げた。人々は皇族の消滅をそこで初めて知った。

崇拝していた者にとって天子の登霞(とうか)(※)は世界の終わりと同義であって、ある者はその場で泣き崩れ、ある者は皇居に向かって跪拝(きはい)(※)した。

※登霞=天子の死。

※跪拝=ひざまずいて拝むこと。



だがひとりの者は違っていた。カーだけは、この赤子を皇居へ住まわせるべきだと訴えたのだ。

皇族の崇拝者達は彼の提案を断固として退けた。得体の知れない子を皇居へ入れるなんて冒瀆(ぼうとく)に他ならない、と。


その論駁(ろんばく)のさなか、再び事は起こったのである。渦中の赤子が目を覚まし、体から再び黒い煙が湧き出てきた。


それを見せつけられた人々がその子を畏敬(いけい)したのは想像に(かた)くない。

皇族の崇拝者ですらその赤子の前にひれ伏し、皇居に跪拝していた者は体を(ひるがえ)し、その赤子に深々と(ぬか)ずいたのである。



カーはその光景を身震いと共に見ていた。

黒い煙はまさしく『威光』そのものであった。

人々を()べる、頂点に立つ者、その子は前天子をも越える神の子であると。


赤子はひれ伏す人々を見つめ、再び眠りについた。黒い煙は消えていた。



赤子を皇居へ住まわせ、人々はその子を新しい天子へと(まつ)り上げたのである。

ここにルブラン皇国という新しい国が誕生した。




なぜノックス皇国からルブラン皇国へと名を変えたのか、それには幾つかの要因が絡み合ったきらいがある。


ひとつに、かつての皇族と全く血の繋がらない子が即位したことで、前天子の皇号を継承することを(はばか)り、国名を天子の名に()てたのであった。そして元天子ルブランの名を国名へと昇華させた。

しかしそれはほんの建前に過ぎない。


本当の理由は、宣伝のためであった。

当初人々は、『黒い風』は我が国だけへの影響であると思っていた。ところが通信機によって全土が同じように壊滅状態であるとの報告を受けたことによって、これがとてつもない事態であることを知ったわけである。


それに加えて各地域から、『黒い風』はこの国から発していることを指摘された。各国の国家が崩壊し、混沌を極める状況にあって、この国には世界を()べる神の子がいる。その脅威を逆手に取って、この国が生まれ変わり、今この世界のトップであることを主張したのである。その際のプロパガンダとして新皇国誕生を大々的に利用したわけである。


では『黒い風』が新天子の仕業であることをなぜ世界に知らせなかったのか。それは宰相カーによる箝口(かんこう)令が敷かれたためであった。


かつて軍事施設が密かに造られていると噂され、その真意を知らない他国にとってこの国は脅威であった。現に他国は『黒い風』は化学兵器か地殻変動によるものとしている。

その得体の知れない不気味さこそがこの国をより恐懼(きょうく)にし、他国に興味を注がせた。



通信役を担っていたフィルボッツはこのことを他国に伝えたかった。

けれど通信は監視下に置かれており、その中での漏洩(ろうえい)は困難で、通信仲間のチェスタトンへも結局最後まで機密を伝えることはなかった。



「チェスタトンを知っていたの?」

フィルボッツの話を聞いて、クレイグは声を張り上げた。フィルボッツは静かに首肯した。

「ああ、通信を通してしか知らないけどな」


チェスタトンが収集した情報の出所はこの男との通信によるものだった。

今はもう通信自体が断絶され、フィルボッツもお役目御免となり、このガレージ付きの家へ身を寄せているという。



クレイグはチェスタトンの面影を思い浮かべ、真相に辿り着けなかった無念に心を痛めた。それでも仲間を得てこうして真相へと結局は辿(たど)り着いたわけである。チェスタトンは間違ってはいなかった。



クレイグは自分達がチェスタトンの村から来たことをフィルボッツに告げた。

「そうか。遺志を継ぐ者か。どうりで熱心なわけだ」

フィルボッツは四人を微笑ましく思ったが、表情を険しくさせた。

「だが大人しく帰ったほうが身のためだ。間違っても皇居へ近づこうとするんじゃない」


興味本意で近づいた者は(ごとごと)く消されている。


都の民たちは、いつ消されるか分からない状況で、国を離れられず無心を装って暮らしている。車の撤去や家屋の再築も、希望に満ちた復興ではなかった。そういったポーズを示しているだけで、恐怖政治の傘下で怯えているのだ。

その点において、チェスタトンのほうが村人に希望を持たせ、未来を見据(みす)えていた分、集落のリーダーに相応(ふさわ)しいとクレイグは誇らしく思えた。



「天子に会わせて」

フィルボッツはすぐに制した。

「やめとけ。消されるのがオチだ。それはお前達だけの問題ではない。人類全体に降りかかることなんだぞ」

「それでも僕は会いに行かなくてはならない」

エラリーは珍しく冷徹な口調で抵抗した。

「ヴァーユを終わらせるために」


フィルボッツはその言葉にふっと顔を和らげて薄く笑った。

「ヴァーユか。懐かしい。チェスタトンがそう命名したんだったな」

四人の固い意志と、その背後にチェスタトンの熱い思いが重なって見える。

「風の神、か」


フィルボッツは葉巻を灰皿に押し当てた。

「行くのか、本当に?」

四人は揺るがない心で(うなず)いた。

フィルボッツは深く息を吐いた。


「分かった……。俺もただ怯えて暮らすのに飽きた。チェスタトンの遺志を尊重して君達に託そう。ただ……」

フィルボッツはポケットに手を突っ込み、身を正した。

「確かにあれは『風の神』だが……」

彼は四人を鋭く見つめた。

「邪悪だぞ」












真夜中、弦月が叢雲(むらくも)(かげ)る中、四人は皇居の城壁を見上げていた。高さ10m、その周りには幅50cm程の堀が設けられている。


四人は陰に身を潜めながら、鉤縄を引っ掛けて城壁を登った。

フィルボッツの言葉が(よぎ)る。

『まともにノックスに謁見(えっけん)しても太刀(たち)打ち出来ない。天子に近づけはしまい。ならば深夜だ。深夜を狙え。

いいか、正門、搦手(からめて)門には番人がいる。狙うは北側の城壁だ。北側からだとノックスの宮殿や寝室が近い』



城壁を乗り越え、四人は皇居内へ侵入した。

当時ならば数千人の使用人が働き、蟻も通さない厳重な警備態勢であったが、今は生存者のみの監視のためかなり手薄であった。電気も通っておらず、夜は全くの暗闇である。


その中で目当ての宮殿を探すのは至難であるが、ご丁寧にひときわ(きら)びやかに篝火(かがりび)と照明を()いている建物がある。

近づいて分かったが、その入り口に警備隊がいる。さすがに宮殿は夜でも厳重であった。


「どうしよう、窓から侵入するか」

四人は木陰に隠れ、計画を練った。

「やぁ」

その時に、背後から突然声がした。

慌てて四人は振り返る。四人と同じ背丈ほどの少年がにこやかに立っていた。一瞬それは使用人の子とも思った。

「来てくれて嬉しいよ」

月が叢雲から抜け出し、(ほの)かに地上を照らした。



少年は美しい顔立ちで金髪の髪に冠を載せ、金色の龍をあしらった紫の礼服を着ている。

「僕はノックス」

少年は口角を更に上げて微笑んだ。

「君達が会いに来たこの国の天子だよ」



お読み頂きありがとうございます。

感想お待ちしています!

(ネタバレ厳禁でお願いします)



>>次回「25.必然の存在」



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