17.大冒険
人間を跡形もなく消してしまう『黒い風』。
人々はそれに怯えながら暮らしている。
文明が崩壊した荒廃する世界、『黒い風』の真相を探るべく、少年少女は旅立ってゆくーー。
「よし、抜け出しだぞ」
「やっほー」
二人の子がひとつのキックボードに乗り込んで、街を北に向かっていた。幼児に合った小さいリュックを背負い、サラサラとした黒髪を靡かせて広い通りを進んでゆく。
「この道で合ってるかな」
「合ってるよ、たぶん」
「早くママに会いたいね」
「うん、きっとママも喜ぶよ」
途中で漕ぎ手と操舵が交替し、ふらふらして走ってゆく。
「もっと真っ直ぐ!」
「だってブルブルするんだもん」
「もっと右だよ」
「だってぇ」
「右だってば!」
「分かってるよ」
「わぁ、ぶつかる!」
キックボードは放置された車に追突した。
「いたたた……」
さほどスピードが出てない分、衝撃は軽かった。
「もう、僕が運転する。エミールはキックやって」
「えー、ずるい、ジャックばっかり」
「早くしないとママに追い付けないぞ」
「……分かったよ」
転んだキックボードを立たせて二人は再び走り出した。
夜になると二人は建物の中で過ごした。夜は冷え込むが建物の中は幾分か暖かい。食糧とライターはテントにあったものを適当に詰め込んできた。真っ暗になった廃墟はやたらと不気味で、二人は月の明かりが射し込む部屋で寄り添って眠った。
「サラ、心配してるかな」
「うん、帰ったら謝ろう」
「許してくれるかな」
「うん、きっと。サラは優しいもん」
数日が過ぎ、ジャックとエミールはひたすら走り続けていた。彼らは向かうべき方角を把握していたわけではないが、出発した村の山並みとアガサ達が向かった方向を照らし合わせて進んでいる。しかし二人は正しい道かどうか不安であった。日が重なる度にその思いが募り、それと共に疲弊も増してゆく。口数も減り、我慢していた寂しさがこみ上げる。
エミールは突然漕ぐのをやめた。キックボードは失速する。
「どうしたんだよ」
ジャックが訊くと、エミールは火が点いたように泣き出した。
「わーん、ママに会いたいよぉ!」
ジャックはキックボードを降りた。
「おい、泣くなよ。大丈夫だって」
「うえーん」
泣き止まないエミールにジャックもつられて涙がこみ上げる。
「僕だって……」
ズボンを握り締め、必死で堪えた。
ジャックは涙を拭って、エミールの肩を叩いた。
「もう少し行ってみよう」
エミールは、嗚咽を漏らしながらもジャックに頷いた。
「……うん」
二人は再び団結してキックボードを走らせた。雑木林をくぐり、スロープになった坂を下った。前方を向いているジャックが叫んだ。
「あ、川があるぞ」
「ホントだ」
「ママが居るかもしれない」
二人は北東へと伸びる川へと向かっていった。南に緑深い山が聳え、渓流は西側へ向かって下っている。
二人はキックボードを降りてその川へと向かった。大きな岩に囲まれ、透き通った水が流れている。乾いた喉を潤し、二人は辺りを見回した。人の気配も焚き火の跡も見当たらない。
川に沿って二人は手掛かりを探した。その岩の間にジャックは釣竿を見つけた。二人は駆け寄った。
「ママたちは釣竿なんて持って行ってないよね?」
「うん、家に置いてあったよ。誰か違う人のみたい」
ジャックは釣竿を手に取った。
「ちょっと釣ってみようか」
「釣れる?」
「任せときな。村でも教えてもらったから」
ジャックは竿を投げて糸を垂らした。するとすぐにヒットし、ジャックは見事釣り上げた。
「やったぁ、スゴい!」
「へへっ、どんなもんだい!」
釣れた魚を二人は調べる。
「これって確か……」
ジャックが得意気に答えた。
「ニジマスだよ」
喜んでいる二人は背後に立っていた少年に気付いて声を上げた。
「うわっ!」
少年は睨みながらジャックから釣竿を奪い取った。
「な、なんだよ」
少年に威嚇されて、ジャックは怯んだ。
「お、お前のか?」
少年はジャックの持つニジマスに目を向けた。ジャックは怯えながら少年とニジマスを交互に見た。
「僕が釣ったんだぞ」
少年はジャックからニジマスを奪った。そしてニジマスの腹を指差し、そのまま川へと投げた。
「あ、何するんだよ!」
ジャックは怒りをぶつけるが、少年は構わず釣り糸を川へ垂らした。訳が分からずジャックとエミールはじっと見ていた。
少年は少ししてニジマスを釣り上げると、ジャックへと渡した。
「えっ、くれるのか?」
少年はジャックの言葉を理解していないようだが、ジャックの持つニジマスの腹を指で擦った。
「うー、うー」
「え、何?」
「うー、うー」
横で見ていたエミールが手を叩いた。
「分かった! お腹に子供が居たから逃がしたんだよ」
エミールは少年に自分のお腹が膨らんだジェスチャーをしてみせた。
「ね、お腹に子供が居たんでしょ?」
すると少年はエミールを理解したように頷いた。
「ほら!」
エミールは得意気に騒いだ。
確かにサラにも言われたことがあった。子持ちは逃がし、繁殖を待つほうがいいと。少年はそれを二人に伝えたようだ。
「ありがとう」
エミールは笑顔で少年に礼を伝えた。言葉は理解していないが伝わったようだ。
少年はエミールとジャックに鼻を近付け、匂いを嗅いだ。
「な、何だろう?」
戸惑う二人に少年は「うー」と手を招いて歩き出した。
「何だろう、ついて来いってことかな」
エミールとジャックは顔を見合わせて、少年の跡を追った。少年は民家の中を歩いてゆく。二人はキックボードを押してついていった。
少年はある民家の中へと二人を招いた。中へ入ると幼女が少年を迎え入れたが、ジャックとエミールを見るなり警戒して兄の後ろに隠れた。
エミールは幼女に向かって「こんにちは」と挨拶をしたが、何も答えなかった。
少年は構わずに家の奥へと入っていった。
「何だろう?」
「何で僕たちをここに連れてきたんだ?」
ジャックとエミールは疑問に思いながらも少年についてゆく。少年はキッチンの横に置かれた物を指差した。
ジャックとエミールは思わず駆け寄った。
「これ、ママのバッグだ!」
中にはお菓子やシリアルが詰まっている。
「ママ、ここに来たんだ!」
エミールは少年に縋りついた。
「ママに会ったの? 何処に行ったの?」
少年は何も答えなかった。
「マ、マ! 分かる?」
迫るエミールをジャックが制した。
「待てよ、エミール」
「だって」
ジャックは少年に尋ねた。
「僕たちにこれを見せたかったのか? もしかして僕らがママの子だって分かったのか?」
少年は何も答えずただ二人を見つめていた。
「とにかく僕らが来た道は間違ってなかったんだね」
「うん」
ジャックとエミールは喜び、少年に感謝の意を表した。
「ありがとう、伝えてくれて」
少年と幼女は黙って佇んでいた。
エミールは家の中を見渡した。
「君たちは二人で暮らしているの?」
大きな一軒家、他に誰もおらず、ひっそりとしている。
「パパもママも消えちゃったのか」
ジャックは二人の環境に同情した。
「僕たちもパパは居ないけど、でもあれは……」
エミールの言葉にジャックが制した。
「おい、誰にも言うなってママに言われたろ?」
「おっと」
エミールは慌てて口を塞いだ。
「この人たちはママも居ないのか」
「そうだな……」
エミールは少年の手を握った。
「大丈夫、ママたちがきっと『黒い風』を何とかしてくれるよ」
「ああ、だから安心して待ってな」
“安心して待ってな”
ジャックとエミールは顔を見合わせた。
ジャックは持っていたニジマスを少年に渡した。
「これ、二人で食べな」
少年は理解していないが、ジャックから受け取り、ニジマスとジャックを不思議そうに交互に見ていた。
「ありがとう、知らせてくれて」
二人は少年の家を出た。
「エミール」
ジャックはキックボードに乗り込んで声を掛けた。
「分かってるよ」
エミールは頷いた。
「帰ろう」
ジャックは力強く頷いた。
「ママはきっと帰ってくる。だから安心して僕らも待とう」
「うん」
ジャックはサドルに手を掛けた。
「さすが、物分かりがいいな」
エミールは微笑んだ。
「そりゃ、僕ら双子だもん」
二人は来た道を引き返した。
「ちゃんと帰れるかな」
「大丈夫だよ。だって、ほら」
ジャックは前方を指差した。
エミールはそれを見て微笑んだ。
「あ、ホントだ!」
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>>次回「18.ミルンの国」




