10.帰郷
人間を跡形もなく消してしまう『黒い風』。
人々はそれに怯えながら暮らしている。
文明が崩壊した荒廃する世界、『黒い風』の真相を探るべく、少年少女は旅立ってゆく。
そして風の研究をしているクレイグから、『黒い風』の情報を得た。
「ルブラン? そんな都市あったっけ?」
アガサはそんな名を聞いたことなかった。
研究所に戻って三人は話を続けていた。
「知らなくて当然よ。かつての都市の名ではないから」
「かつての都市?」
クレイグは丸めておいた地図を机に広げた。
「ヴァーユ発生後、人類の大半は消えてしまって、国家も自治区も経世不能となって事実上消滅した状態なの。そこで生き残った者達は新たな集落を再構築し始めたわけ。この村のようにね。
つまりルブランはそんな崩壊後の自治国の都市。この村の比ではない規模の人々が住む集落とされていて、云わば新都市なの」
この村ですら驚くほどだったのに、これ以上に大きな集落があることが二人には信じられなかった。しかも都市を形成しているなんて、俄には信じがたい。
「でもなんでそんな所からヴァーユが吹くの?」
エラリーは不思議でたまらなく訊いた。クレイグは首を振った。
「そこまでは分からない。けれど確実にその方角から毎回吹くことが観測されている」
エラリーはクレイグの言葉に更なる疑問が募った。
「そんな所に大勢の人が住んでるって? そもそもなぜそんなことが分かるんだい? 行ったことがあるの?」
「ないよ。けれど……」
その時、大きな鐘がけたたましく鳴り響いた。クレイグが瞬時に叫んだ。
「ヴァーユよ!」
それは村に黒い風の到来を告げる櫓の鐘の音だった。
エラリーは反射的にアガサの体に被さった。クレイグは口と鼻を押さえて蹲った。小屋が軋み、ヴァーユが通り過ぎる。山の麓に建てられた小屋であってもヴァーユは容赦なく巻き込み、小屋の中を駆け巡った。
到来は一瞬の出来事で、すぐに音は止んで静寂に戻った。
クレイグは自分の体が存在していることを手で確かめ、屈めていた体を起こした。今回も無事だったと深く安堵の溜め息をつき、心でチェスタトンに感謝を述べた。
村のあちこちから悲鳴と慟哭が小屋まで聞こえてくる。エラリーは外へ出た。
地面に残されたトロフェンを拾って村の者が泣いている。火の周りで楽しく踊っていたはずの人々は今は悲しみに暮れている。チェスタトンの遺志を蹂躙するようにまた村の誰かが犠牲となって消え、残された者が悲しむ。
エラリーはやるせない怒りに拳を固めながら小屋へと戻った。どんなに希望を持って前向きに生きようとも、一瞬で『黒い風』はそれを奪ってゆく。
「いつまで人々はヴァーユに怯えないといけないんだ!」
エラリーはやり場のない怒りの火種を吐き捨てるように叫んだ。
クレイグはその烈火を冷ますように静かに落ち着いて答える。
「ヴァーユがなくならない限り、それは永久に続くよ」
エラリーは言い返せずに唇を噛んだ。クレイグはエラリーの肩を優しく叩いた。
「どんな場所にいても、何を身に纏おうと、ヴァーユは襲いかかる。わたしたちにはどうすることも出来ない。ヴァーユを解明しない限りね」
エラリーはしばらく黙り、机に目を落とした。広げた地図が目に入る。
「……都に行けば、解明出来る?」
エラリーはクレイグにそう呟いた。アガサは驚いた。
「あんた、まさか都へ行くつもり?」
エラリーは答えず黙っていた。ルルーの地に残した三人の顔がエラリーの前に浮かぶ。
「残した三人のためにももっとヴァーユのことを知らないと」
その会話を聞いてクレイグが加わった。
「なに、まだ東部に誰か居るの?」
アガサは頷いた。
「うん、三人の子がわたしたちを待ってるの」
クレイグは手を広げた。
「なら、ここに呼びなよ」
「えっ?」
「ここなら他の仲間も居るし、三人じゃ心細いでしょ」
確かにあの地で寂しい思いをさせるより、ここへ来たほうが未来を持てるかもしれない。アガサやエラリーが出発の際に決意したように、三人を託せる場所があったほうが二人にとっても心強い。
「いいの?」
クレイグは笑顔で頷いた。
「勿論よ。ヴァンに迎えに行ってもらうのはどう?」
「さっきの人?」
「そう、ぶっきらぼうで愛想ないけど、意外と面倒見のいい子なんだ。さっきのヴァーユにやられてないと思うけど。あ、ほら、来た」
土を蹴るような音が小屋へ近づき、扉が勢いよく開いた。
「クレイグ、無事か!?」
息を切らせたジャンに向かって、クレイグは軽く手を挙げた。
「ほい」
クレイグのいつも通りの軽い返事にジャンは安堵して、中腰で荒い息を整えた。
「急に居なくなるな、てっきり……」
「ごめんごめん」
アガサとエラリーは二人のやり取りを傍で触れて互いを見合った。
「やっぱりあの子達はわたしたちが迎えに行くよ」
息急き切って自分の足で三人を迎えに行きたいと今のジャンを見て二人は思った。
クレイグは二人の思いを理解した。
「分かった」
アガサとエラリーは残した三人を迎えに行く準備を整えた。二度と会えなくなることも覚悟していた分、迎えに行ける喜びも一入だった。
早速出掛けようとする二人をクレイグが呼び止めた。
「あー、出来るならエラリーはここに残ってくれない? 駄目?」
突然のことでアガサは驚いた。
「どうして?」
クレイグはメガネを光らせた。
「ちょっと、興味があって」
意味深な言い方にアガサは眉を顰めた。
「それってどういう意味?」
「あら、気になる?」
クレイグは意地悪く訊き返した。
「べ、別にそういうわけじゃ」とアガサは明らかに動揺した。クレイグは誇張したウィンクをした。
「大丈夫よ、ちょっとエラリーの体に興味があるだけ」
「それってどういう意味!?」
過剰に反応したのはアガサだけでなく、ジャンも同時に声を張り上げた。二人は互いを見合い、照れて赤面した。
クレイグは腕を組んだ。
「残した人を迎えに行くの時間掛かるでしょ。だからその間ちょっとエラリーを貸して」
そう言ってエラリーの腕を引っ張った。その腕をアガサは自分のほうへ引っ張り返した。
「ダメ! エラリーはわたしを守るために傍に居ないといけないの!」
エラリーもそれを望むように頷いた。
付け入る隙も与えないアガサにクレイグもさすがに折れた。
「わかったわかった。じゃあ、二人で行ってきな。キックボード貸してあげるから早く帰ってきてね」
この村にはキックボードが大量にあった。確認出来るだけでも20台はある。この地区の全てを独占しているようにここに集まっている。
「こんなにたくさん……。もうちょっと早く出会いたかったよ」
アガサとエラリーは見合って苦笑いを浮かべた。
二人はキックボードに飛び乗り、ルルーの地へと急いだ。
突き放すように旅立ってしまったけれど、それも三人の為にしたまでであって、いざ会えるとなると自ずとキックボードを蹴る足も速まった。思ったより早く戻れることになったのは幸いであった。
歩いて二週間もかかった道程は、僅か二日で戻ってこれた。
たった数日離れていただけなのに、とても懐かしい河川敷。
だが、三人の姿はない。
嫌な予感がして、二人は急いでテントへ駆け寄った。
まさか。
その時、ひょこっとテントから顔が出てきた。
サラだ。
二人の姿を見つけたサラは顔を皺くちゃにさせ、泣きじゃくって二人にしがみついた。
「うぇーん、アガサぁ! エラリぃー!」
二人もサラをきつく抱きしめた。
「ごめんね。 寂しい思いをさせて」
その声を聞きつけ、テントから二人の子が駆け寄ってきた。
「よかった、二人も無事なんだね」
二人の子も泣きながらアガサに抱きついた。
「おかえり、ママ!」
**
目を覚ますと、そこに真っ暗な天井があった。目が開いているのか、瞼を閉じているのか、暗闇ゆえに分からない。
スマホを手に取ってボタンを押した。画面が眩く光る。強い光に顔をしかめて薄目で時刻を確認した。
午前3時7分。
中途半端な時間に目覚めてしまったようだ。
スマホを枕元へ戻し、圭吾は再び黒い天井を見つめた。そのスクリーンに先程までの映像を浮かべる。
長い夢を見た。そんな気がした。実際は数十秒だったのだろうが、まるで数日そこに居たような感覚だった。鮮明に脳裏に甦る映像。そして寝る度に続いてゆく物語。
あの世界は一体……。
何か俺に関係あるのだろうか……。
翌日、水曜の朝、午前11時、駅前を歩いていると、圭吾は声を掛けられた。
「おはよう」
振り返ると制服姿の桃葉が立っていた。
「何でこんな時間に居るんだよ」
桃葉は圭吾の制服を指差した。
「それはお互い様でしょ」
圭吾は少し口ごもった。
「俺は……、いつものことだ」
桃葉は察して頷いた。
「……そっか」
ばつが悪そうに圭吾は言葉を繋げる。
「桃葉こそ何してんだよ」
「わたしは……単なる寝坊よ」
「何だよ、だらけてんなぁ」
「ちょっと遅くまで起きてただけ」
「漫画か?」
「ま、そう。何か上手く描けなくて」
桃葉はそれでも清々しい表情を見せている。圭吾は自分が時間に取り残されたような気分になり、大袈裟に溜め息をついてみせた。
「……俺はいつまで経っても変わらない生活だ」
圭吾の心情を慮って桃葉は表情に翳りを浮かばせたが、敢えて声色を明るくさせた。
「でも前とは明らかに違うでしょ?」
しかし圭吾の語気は曇ったままだった。
「……まぁ、そうだけど。結局同じことの繰り返しだよ……」
圭吾は思い詰めた表情を浮かべ、改札の前で足を止めた。
「どうしたの?」
圭吾は何も答えず、踵を返して逆方向へ歩き出した。
「何、どうしたの?」
桃葉は圭吾を追い掛ける。
「学校行かないの?」
圭吾は前を向いて歩みを止めない。
「今日は……気分じゃない」
桃葉は圭吾に小走りで追い付いた。
「勉強遅れてるんだから怠けちゃ駄目だよ」
「遅刻するヤツに言われたくないね」
「なにそれ!」
圭吾は構わずに歩き続けた。桃葉もそれについてゆく。歩みをやめず歩く圭吾に桃葉は白旗を揚げるように言った。
「じゃ、わたしも今日はサボろっかな」
圭吾は桃葉が明るく振る舞う姿を横目でちらりと見て立ち止まった。
「同情なら……」
「同情なんかじゃないよ!」
圭吾の言葉を掻き消して桃葉は叫んだ。向かい合って桃葉は圭吾を真っ直ぐに見つめた。
「ねぇ、わたし、何で漫画描き始めたか知ってる?」
圭吾は見つめられて視線を反らした。
「何だよ、急に。知らねぇよ、そんなの……」
桃葉はじっと圭吾を見据えていた。
昔は喫煙スペースだった駅前の一角も、今では季節ごとに変わる花壇へと変貌している。今は色とりどりのパンジーが駅を利用する者の目をそこはかとなく保養していた。
「圭吾はさ、いつも笑ってた。小学校でも校庭でも河川敷でも。何でも一生懸命で、全力で、周りに笑顔を振り撒いてた。野球で負けると悔しそうに泣いてたけど」
「……それが何の関係があるんだよ」
桃葉は少し顔を赤らめながら答えた。
「そんな懸命な圭吾をスケッチしてたの。楽しそうに笑う圭吾を」
圭吾は何も言わず黙っていた。
「何枚も何枚も」
桃葉は恥ずかしそうに俯いていた視線を再び圭吾に向けた。
「だからわたしは今でも画用紙片手に待ってるの」
桃葉は微笑んだ。
「圭吾が笑う瞬間を」
圭吾もまた俯いて視線を反らした。
「ねぇ、また部室で夢の話を聞かせて」
桃葉は優しく微笑んだ。夢の続きを語る圭吾はとても真剣で生き生きしていた。桃葉はその圭吾を待っている。
圭吾は照れくさそうにしながら、急に歩き出した。圭吾の足は改札の方へと向かっていた。桃葉は体を弾ませて圭吾を追い掛けた。
「笑うなよ?」と圭吾は言う。
「笑ったことあった?」と桃葉。
「あったよ」
桃葉は微笑みながら圭吾の足並みに合わせて早足でついていった。
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>>次回「11.人類の希望」




