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花冠

作者: いぬぴよ

本当の豊かさとは?

自分らしく生きるとは?

その答えは、人それぞれかもしれません。

しかし、ひとつだけ言えることがあります。

それは、自分の生き方は自分で決めるべきです。



一、はじめに


これから始まる話の舞台は、日本の大正時代に似ているが、似て非なるものである。

これから始まる話の舞台は、どこでもない場所のいつでもない時代である。



二、保健所


 物語は、ある地方都市から始まる。

 ある地方都市の片田舎の町に保健所があった。

 その保健所で一人の青年が働いていた。

 ある日、青年は、上司に呼び出された。

 上司は老年にさしかかった中年男である。

「あー、君、君。ちょっと、呼び出して、すまんね。」

「はい。」

「あー、わざわざ、君を呼び出したのは、他ではない。」

「はい。」

「あの、あの事件、知っとるじゃろ。」

「いいえ。」

「知っとるはずじゃ。あの、噂の、連続大量殺人事件のこと。」

「噂なら聞いています。山奥の寒村でおきたという。噂では、殺されたのが中高年男ばかりで、殺したのは若い妻たちで、若い妻たちが我慢できなくて毒殺しまくったという、もっぱらの噂です。」

「噂じゃ。」

「噂です。」

「だから、お前、行って、調べてこい。」

「え?」

「だから、お前、行って、調べてこい、と。」

「何故?」

「これは、伝染病じゃ。伝染病は、保健所の管轄じゃ。」

「これは、殺人事件でしょう?殺人事件は警察の管轄です。」

「君、人の話を聞いとらんね。殺人事件というのは噂じゃよ。君、自分でもそう言っとったじゃがね。」

「殺されているのが、貧乏な中高年男達だから、わざわざ警察を出すまでもないと。」

「誰がそんなこと言った?」

「『兵隊になるには年をとりすぎて、しかも、税金をたいして払っていない。そんな奴らのために、わざわざ警察を出すまでもない。』」

「もういい。君、四の五の言わず、明日、現地へ行きたまえ。」

「はい。」

 青年は、「失礼しました。」と言って、ドアを開けて部屋から出ていった。すると、中年男は壁に向かって叫んだ。

「今どきの若者は口ばかり達者でけしからん!おしゃべりな男は腐った男だ!言われたら直ぐに言われた通りに行動する、そういう素直で爽やかな若者はおらんのか!」



三、尼寺


 つづら折りの山道を青年が歩いていた。

 かつては、徒の旅人や、荷物を背負った牛馬が行き交っていたこの道も鉄道や自動車による輸送が盛んになったこの頃では、すっかり寂れてしまった。

 空は青く澄み渡り、鳥のさえずりが耳に心地よい。

 青年は少年時代のキラキラした気持ちを思い出した。彼は、小学生の時は学校一番の秀才で、中学校に進学してからも優等生だった。「末は博士か大臣か。」希望に溢れていた。しかし、実家の経済力には限度があり、大学進学は断念した。今見ることができる夢は、安定していて恩給がもらえる公務員になって、いい嫁をもらって、親孝行するのがせいぜいである。

 彼は、小学校の国語の授業のひとこまを思い出した。「鳥は美しい声で、花は美しい姿で、人を楽しませてくれる。私は、どうやって、人のためになろう。」むかつく。役にたたなければ、鳥も、花も、人も、生きちゃいけないのかよ。

 山道を歩くと、色々な思いが浮かぶものである。


 前方に小さな庵が見えた。

 村の入り口にある尼寺だった。

 村の入り口に?尼寺が?何故?今はこれについてはあまり考えないでおこう。噂とはいえ集団殺人事件がおきているところへ、いきなり単身踏み込むのは剣呑である。いきなり村に入らずに、先ずは、尼寺で情報を得ておくこととした。

「ごめんください。庵主様(=尼寺の主人)は御在宅でしょうか。」

すると庵の奥から一人の農婦が出てきた。

「どちら様ですか?庵主様はご不在でございます。」

「私は、保健所の者です。あなたは、どなたですか?」

「ここでお世話になっている、行き場を失った女達のうちのひとりでございます。」

「では、あなたにお尋ねしたい。」

「私でわかることがあるのでしょうか?」

「実は、この村に関して噂があるのです。」

「はて?」

「連続殺人事件。」

「…。」

「あくまで噂だ、と私も私の上司も思っています。むしろ流行病の類なのではと考えています。あることないこと噂されて、皆さん、迷惑されているのではないでしょうか?」

「…。」

「私は保健所の職員です。保健所は皆さんの心と体の健康を守ることが仕事です。」

「…。」

「皆さんは、山に住んでいらっしゃいます。麓の町を流れる川は、山から流れてきます。麓の町に吹く風は、山から吹いてきます。皆さんが健康じゃないと山の人だけでなく町の人も皆困るのです。」

「それならば…。」農婦は口を開いた。「しかし、私は自分が知っていることしか話せませんが、それでも宜しいのでしたら。」

「結構です。私は、あなたの話を聞かせていただきたいです。」

「すみません。ここで、立ったまま話させていただきます。男の人をこの建物の中に入れるわけにはいかないので。」




四、農婦の話 前半


 農婦の話が始まった。


この村では女の人はつまらないです。

「太鼓と女は叩けば叩くほどいい音が出る」という言葉があるのをご存じですか?

この村には、夢がありません。男の子は小学校を卒業すると、奉公に出されます。家の借金を返して貯金ができた頃、家を継ぐ者だけが村に帰ってきます。その結果、村には若い男がいません。女は小学校を卒業すると、お嫁に行きます。(この国の法律では16歳まで結婚できないが、女子は早熟なので13歳から子供を作らせても罪にはならないのだ)。子供の頃は、お嫁に行くのが楽しみでした。花嫁衣装を着て花嫁行列をするのが夢でした。そのために、お裁縫を頑張ったり、お行儀に気を付けたりしていました。しかし、私には、ありませんでした。私は10番目の子供で、母は20回目のお産がもとで亡くなっていたばかりだったので、そんなゆとりはなかったのです。私はそのまま年取った男の後妻になりました。病死した前妻との子供は皆家を出ていたので、私は、男と男の母親と3人で暮らしました。

私が結婚したとき戦争が始まりました。直に夫は軍夫(=軍隊で雑役をする人夫)として村を出ました。国が、「軍票を買え、さもなくば、軍夫になって働け」と言ってきたからです。私は軍票より安かったようです。夫だけでなく、村じゅうの男たちがいなくなりました。

 威張り散らすものがいなくなって、皆さん顔が穏やかになりました。その年の正月は村に里帰りする者もなく、酔っ払いのいない静かな正月でした。

 まだ、雪が残っているころ、国は村の女にも軍で働くように言ってきました。まだ子供がいない12~15歳の女が10人、街外れの捕虜収容所で働くことになりました。私もそのなかの一人でした。

 皆、生まれて初めて、村を出ました。道を歩いているだけでドキドキしました。途中、街を通りましたが、立派な建物や、店先の珍しい商品や、お化粧や髪型や着物が華やかな女の人達に、目移りしました。

 収容所は、町はずれの、高い塀が張り巡らされた中にありました。ここでも、自動車、トラック、オートバイ、電気、電話、アンテナ、水道、石鹸、・・・初めて見るものばかりで、私達は驚いてばかりでした。。

 村の女たちは、ひとつの部屋で寝泊まりしました。村では女達がおしゃべりをしていると男達に怒られましたが、部屋には男がいないので思いっきりしゃべれました。朝から晩まで慣れない仕事をしてヘトヘトだったですが、寝る前には皆できゃあきゃあしました。

 話す内容は、男の人のことが多かったです。村には若い男の人がいなかったので素敵に見えたのです。やっぱり、自分と同じくらいの年頃の人がいい。「かわいい」「ステキ」「かっこいい」「逞しい」「目がきれい」「髪がいい」「肌がきれい」「声がいい」「爽やか」「賢そう」等々、キラキラした言葉が飛び交っていました。

 男の人のことばかり考えていたわけではありません。慣れない仕事でしたが、村の代表として、皆、一生懸命に働いていました。だから看護婦さんに「偉いね。」て、褒められました。私達がエヘヘと笑っていたら「若いっていいわね。」と言われました。

 捕虜の外国人は最初怖かったです。だって、今まで、外国人を見たことがなかったからです。相手は、怪我人や病人なのですから、恐れることはなかったのですが。皆、ひとつの建物にいて、見の周りのことは自分らでやらされていましたから、直接話すことはあまりなかったです。私が焼却炉にゴミを運んで行ったとき、一人の捕虜がいました。どうやら、仕事をさぼっているみたいでした。片足が膝から下がなく、片目に包帯をしていました。私は、(この人は、どんな目に遭ったのだろう、その時どんなに痛かっただろう。)と思いました。その人は小さな声で歌を歌っていました。私は、焼却炉にゴミを入れながらその歌を聞いていました。そして、その人の前でその歌を歌ってみせました。実は、私は、歌が好きなのです。子供の時はよく歌っていました。結婚してからは、姑と夫が嫌がるので歌えなくなっていましたが。すると、その人は驚いて私を見ました。自分の歌で誰かが反応するって、嬉しいですよね。調子に乗って歌い続けていると、その人は、一緒に歌い始めました。声と声が合わさりました。歌に色がついたような気がしました。その人は、違う節を歌い始めました。二つの異なる節と節が織りなし歌の世界が広がりました。とても感動しました。ですが、こんなところ、他の人に見られたら怖いので、私は急いでそこを立ち去りました。

 戦争が終わりました。私達の国が勝ったようです。大きなトラックが来ました。私達は捕虜たちが乗せられていくのを見ていました。外国人を見ることなんてもうないかもしれませんからね。その時、片足膝下が無い片目に包帯を巻いているあの人が、松葉杖をつきながら私のところにやってきたのです。手には、シロツメクサの花を編んで作った花冠を持って。そして、その花冠を私の頭に乗せると、にっこり笑って去って行きました。「キャー!」まわりの女達が叫びました。

 その時、私は、「私に足りなかったのはこれなのだ。」と、気が付きました。お金がなくったって、片足がなくったって、片目が不自由だって、道端の草で花冠を作ることができる。一緒に声を合わせて歌うことができる。私の夫にはそれがない。できないわけじゃないのにそれがない。心がないのだ。本当に、貧しいということは、物やお金がないことではないのです。本当に貧しいとは、心が貧しいことなのです。


五、農婦の話 後半


 私達も村に帰る日が来ました。わずかばかりでしたがお金を頂きました。私が生まれて初めて頂いたお金です。帰り道、私達はたくさんおしゃべりしました。村に帰ったらこんなにしゃべれないからです。

 家に着いたら姑が「元気そうだね。さぞかしいいエサを食べてきたようだね。」と言いました。エサ?そうです。人間には体のエサと心のエサとが必要なのです。

 私は山仕事の最中に、あの歌に村の四季の歌詞をつけました。すると、自分の村がとても美しいところに感じました。

 しばらくすると、夫が帰ってきました。私は目を合わせないように気配を消していました。が、夫に腕を掴まれて「何故、避けるのか?」と言われました。私は身じろぎをして逃げようとしました。「コノヤロー!バカによしって!」夫が怒鳴ると、私を散々殴りました。体中痛くて丸まっていると、実家から呼ばれてきた父が私の頭上から怒鳴りました。「どうして、お前は素直に人の言うことを聞けないんだ!?お前は、いつもそうだ!」父が去った後、這いずって私は台所に移動しました。男は台所に入らないからです。かまどの火を眺めながら痛む体を休めていると、姑がやって来て壁に飾ってあった花冠を火にくべてしまいました。

 翌日、入会地(=村の共有地)でボーっとしていると、庵主様がやって来ました。「おや、酷い顔をしているじゃないかい。」私の顔は、昨日殴られたせいで色と形が変わっていたのです。「あんた、働いて、金、持ってるね?」庵主様が言いました。「いい薬があるんだけど、要るかい?すぐに死ねる薬だよ。」私は、うなずくと、隠しておいたお金を持って尼寺に行きました。その夜、私は台所でその薬を茶碗に入れて白湯で溶きました。茶碗を手に取って飲もうとしたとき、姑と夫が現れました。「自分一人で美味しいものを飲もうったって、そうはさせないよ!」私が「やめて。」と言うのを聞かず、姑と夫は茶碗の中身を飲み干して死んでしまいました。私は怖くなって隣の家の扉を叩きました。後日、夫の長男が喪主になって葬式が行われ、他の女が妻になりました。私は家を追い出され、行き場を失い、尼寺でお世話になっています。


 ここまで語ってから、農婦は言った。

「あなたは、私の話を信じますか?それとも、私が、夫と姑を殺したと思いますか?」

青年は、答えた。

「私はあなたの話を信じます。何故なら、あなたの心は既に死んでいたからです。死んでしまったあなたが、どうして人を殺せるのでしょうか?」



六、この後、どうなったか

 

 村に、警察が来た。

 尼寺が家探しされ、女達が取り調べられた。毒薬も庵主の行方もわからなかった。女達は証拠不十分で釈放された。集団殺人事件は、ただの噂だったのだろうということになった。

 村に、保健所の女性職員が来た。彼女は、紙芝居や手袋人形を使って、伝染病予防や栄養の指導をした。村人達は面白がってそれを見た。


 月日が流れた。


 ある日、保健所に一人の少女が来た。少女は髪を三つ編みにして白いブラウスと紺色のジャンパースカートを着ていた。背中には大きな背嚢を背負い、足元はズック靴を履いていた。

「こんにちは。」少女が言った。

「こんにちは。今日は出発の日だね。」青年が言った。

 この少女は、青年が尼寺で出会ったあの農婦であった。彼女は、軍の看護学校(授業料無料、生活費と制服支給、全寮制)に入学するため、今日、出発するところであった。

「ここは駅の近くなので、出発する前ご挨拶に伺いに参りました。その節は、色々お世話になりありがとうございました。」

「どういたしまして。入学おめでとう。これから汽車に乗るね。汽車は初めて?」

「はい。」

「ここに団子あるんだけど、食べてく?お茶もいれるよ。」

「うわあ。ありがとうございます。」

 団子を食べている少女の姿を見ながら、青年は(『花より団子』だな。)と思った。彼女は学校卒業後すぐに前線に送られるのだろう。危険で入学希望者が少ない学校だからこそ、彼女でも看護学校に入学できたのだ。人間の命の重さについて考えてみた。

「学校へ行ったら、何をしたい?」

「私、本を読みたいです。」

「本?」

「私、小学生の時、学校の図書室においてあった本を全部読みました。」

 小学生の時?

 青年は、自分の少年時代のキラキラした気持ちを思い出していた。


この話を書いいて、姑と夫の最期があまりにも酷いので可哀そうになりました。この二人は時代の被害者かもしれません。しかし、自分の人生、たとえどんなに過酷であっても、他の人は代わってくれません。自分で責任を取らなければならないのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね! ☆5個つけさせて頂きました。 これからも頑張って下さい! 応援してます。
2021/11/11 22:08 退会済み
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