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9 ぼっちと励ましてくれるカノジョと会話

 後輩にとても悪いことをしてしまったのでは。

 ずっと、その懸念が脳内を巡っている。

 あの時、ぼくは何をすべきだったのか。

 なにが正解だったのか。


 考えても考えても、対人経験が少なすぎて分からない。人との触れ合いに慣れないからこそ後輩のことが大切で、そのせいで彼女のことを傷つけた。

 行き詰って通学路の路面と向き合い続け、もうどれくらいまで来ただろうか。


「そう落ち込むでない。人間生きて他者と関わっている限り、コミュニケーションにズレが生じることもあるでしょ――じゃなく、あるじゃろ。些細なことじゃ。これからのおぬしの人生で、砂一粒にもならん障害物じゃ」


 自身のキャラブレに修正を加えつつ、カノジョはぼくを励ましてくれた。なんだかんだ優しく、面倒見もよい。

 その言動に惑わされることもあるが、最終的にカノジョはぼくにとっての救いだった。

 相談相手なんて他にいないし。


「やっぱり、そういう経験もあるの? 経験豊富?」

「もちろんじゃ。いや、わしがこうなったのはおぬしと同じような年齢じゃから、跳びぬけて豊かとは言いきれぬが、そんなようなことはあった。女子じゃからの」

「女子だから……なるほど」


 噂には聞いていたが、やっぱり女子のみのグループには大変な事情がつきものらしい。


「ぼくは男でよかった」

「ん? その口ぶりだと、おぬしは男子集団の事情を知悉しているような感じじゃが……」

「うっ、確かに」


 思わぬ痛いところを突かれた。そう言われればそうだ。あまりにぼっちで、自身が無知であることにすら至れていない。


「ぼくには男子の暑苦しい雰囲気も、さっぱりした心地よい友情も、ちょっと外に出せない倫理観の欠如した内輪ノリも、なにも、なにもない……」

「お、落ち込むのはやめるのじゃ。具体的に得られていない物事を想像してわざわざ連ね、傷口を一々広げるのはやめるのじゃ!」


 両手をわたわたと振り乱して慌て、カノジョはフォローに回る。


「その代わり、おぬしにしか得られとらんことはあるのじゃぞ、今こうしてわしと過ごしてくれることとか、あの厄介な後輩とちょっと歪んだ青春を過ごしておることとか、一猫とかいう陽の者となんとか会話出来ておることとか!」


 頑張りが非常に伝わってくるプレゼンだった。

 心がじわりと温まる。その優しさが傷心を逆に虐めた。伝わる熱が抵抗なくに浸透し、意図とは裏腹に心情を痛めつけていく。


「擁護はありがたいんだけど、最後のはちょっと……強引じゃない?」

「――バレたか。やはりおぬしもそう思うじゃろな。うむ、自分でも言っててどうかと思った。おぬしとギャルの会話が日常的な範疇で成立をしているかは、正直議論のしどころじゃの」

「そこは最後まで肯定してくれないんだ」

「や、やろうとはしたんじゃぞ! 頭を動かす試みも努力もしたんじゃが、どうにも思いつかんかった。考え込んで黙ってるのも良くないと思って、つい正直に返してしまったのじゃ。すまぬ」


 ぺこりと頭を下げられては、ぼくから言えることは何もなかった。

 若干気まずくなるぼくらの空気、妙に濁った空間を振り払おうと、


「じゃがの、おぬしはそう悲観するでない。きっかけがないだけじゃ。ちゃんとした縁さえあれば、きっとどうにかなる。その兆候がまあ、わしとか地雷女とか陽キャ女じゃあるというか、ないというか」

「ありがとう。そうやって頑張ってくれるところが好きだし、ぼくはいつもいつも救われてるよ」

「おぬし、ほんとに笑顔が下手じゃの……」


 それは仕方ない。人とのまともな交流がないと、笑うことは存外難しい。笑顔の作り方なんて授業があればいいのに。

 気の抜けたスマイルを作りながら、カノジョもまた意気消沈している。


「ま、わしもこの通りわざと笑うのがへたくそじゃ。凹んだおぬしをうまく励ませるような気の利いたことも言えぬし、のう。どうしたものか……」


 ぼくらは頭を悩ませる。揃って頭蓋骨を抱えるどころか身体全体を揺らしたりねじったり捻ったり、カノジョに至っては透けたり透けなかったりしてみて――結局、革命的な解決策は誕生しなかった。


「とりあえず、気を遣いあうのはやめた方がいいかな。ぼくらはいつも通りやっていこう」


 ぼくの提案を受けても、


「いつも通りってなんじゃ……? わしらのいつも通りとは? いつもって?」


 と隣の女の子は陥穽へと芸術的に落下していく。


「じゃあ、気を遣わないってことでどう?」

「気を遣わないとは、どうしたものか……」


 一度会話に失敗すると、色々と考えてしまって今までできていたことも出来なくなる、ぼっちあるあるだった。


「おぬし、ちょいと例を見せてくれぬか?」


 要望を受け、ぼくはしばし考え、お手本を披露した。


「――やっぱり、その言葉遣いは結構イタいと思う」

「ライン超えすぎじゃろ! 気を遣わなすぎじゃろ! さすがに言っていいことと悪いことあるじゃろ! 本人の努力を面と向かって否定しちゃダメって小学生のとき言われませんでしたか⁉」

「ごめん、ちょっと間違えた。あの、これでお互いさまってことに……」

「ならんわ。まったくならん! ありえん、ほんとむり」


 今回はぼくの方が加減を間違えた。これも学びだということで、さっさと切り替えていこう。スマホでメモも取っておく。


「『いくら口調が痛々しくて、普通に戻した方が絶対かわいくて魅力的でも否定しちゃダメ』と……」

「あ、そうなんだ~。きみはそのつもりでわたしにアドバイスしてくれてたんだね? いや、わたし鈍くて、ぜんぜん気づかなかったぁ~」

「…………いきなりどうしたの?」

「おぬし、殺してもよいか?」


 いきなり殺害予告をされた。ちょっととぼけたことを言って、場を和ませようとしたのが悪かったか。

 カノジョは呆れの感情を全てひとつのため息に詰め込んでから、


「おぬしに言われた分、わしも言い返す」


 強くギラギラした眼光で、こちらを射抜いた。


「――おぬしはの、最悪じゃ。最悪の優しさを有しておる」

 茶化すような調子は、皆無だった。



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