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7 後輩とカノジョとSNS戦争

 すぐさま後輩の意識はこちらへと戻ってきたが、違和感を抱いたままだった。


「なんか、スマホがあったような……?」


 それか。カノジョはまだ手放していなかったのか。

 怪訝な目線をぼくも追いかけると、そこには若干薄くなった人影があった。カノジョは電子機器片手に急いで逃走している。ついでにいそいそと証拠隠滅も図っていた。


「これはミスではないのじゃからな! ちょっとだけうっかりしてたというか、絶対これが後々生きてくるからの! きっとじゃぞ!」


 この耳に届くようにか、大声での弁明が教室に響く。ぼく以外には届かないと理解しているが、それでも心臓に悪い。


「あれ、どこか……行った……? わたしの見間違い……? むぅ……むか……」


 散々あちこちを点検して、望むような結果が得られなかった後輩は床を上履きの先で詰った。ぐりぐりと執拗に擦りつけてから、勢いよくこちらに反転して駆け寄る。

 どうしてか、頬がぷくーっと膨らんでいる。


「ん」


 底なしの瞳が何らかを訴えかけている。あまり凝視していると、時間が一瞬で失われてしまいそうだった。

 一体どうしたのだろう。


「……ん」


 鳴き声みたいな音で、未唯後輩は何かを伝えようとしている。もうちょっと様子を見てみると、


「んーん!」


 漠然とした柔らかい怒りは伝わってきた。じっとりした視線に命じられ、喉とか舌とか諸々がゆったり動く。


「えっと、どうしたの?」

「先輩がわたしに優しく声をかけてくれるまで、一分弱かかった」

「そんな、集会時の先生みたいな……」


 少し茶化すと、また後輩は顔を背けた。ぷいという効果音が聞こえてきそうなほど、綺麗にそっぽを向いた。

 目を合わせないまま、彼女の透明感のある指がぼくの袖だけを器用に掴み取って引っ張った。飼い犬に振り回される散歩中の飼い主みたいに、誘導されて結局元の場所――机で囲まれ、室内相合傘をした席へ――


「それじゃ結局一緒じゃろうが――――‼ 少し前までのよく分からん距離感だけど正しい青春ではない何かに元通りじゃろうが――!」


 ちょっと遠くから、この世のものとは思えないヘンテコな絶叫が聞こえた。やけに膨らみのある反響だけど、すぐに拡散して聞き取れなくなる。発信者はこの世でなくあの世の存在だから、当然か。

 叫びの発信源を遠い目で見て、祈りを捧げておく。ぼーっと眺めていると、またまたくいっと引っ張られた。


「先輩、健気な計画が失敗して傷心している後輩女子がいるときは、そちらの方に専心するのが礼儀だ」

「健気って自分で言うんだ」

「言える。何度だって言える。幼気で健気で繊細にして精密な計画。いたずら心も欠かさず、愛嬌も添えたのに大失敗」


 悪びれもせず、こてんと首を傾げつつ後輩は言い放った。糸の切れた操り人形じみていたが、抗いがたい可愛らしさを有していた。

 こんなに魅力的なのに、口から飛び出る言葉は尖っている。とげとげしているが甘ったるくて、思わず耳に入れてしまう。


「そう不思議な顔をすることはない。自分で言ってみれば先輩も分かるはず。わたしも言えるのだから、さあ、唱えましょう『未唯後輩は幼気で健気で繊細で精密で、いたずら心も欠かさず、愛嬌十分でかわいいよ』――はいどうぞ」

「いや地雷女が自画自賛してるんじゃから、その男も自分を褒めんとダメじゃろ。てかそもそも地雷女が褒めておったのは自分の計画であって、立案者ではなかったじゃろ。そこすり替えて、しれっと己の欲だけ満たそうとするなよ」


 猛抗議がどこからともなく飛んでくる。その甲斐もなく、後輩はもっとぼくに詰め寄って圧をかけていた。


「わしの声、聞こえとらんのじゃったな……頑張って口調、整えてるのに……だがな――わしには手があるのじゃ!」


 反撃の狼煙を上げるかのように、カノジョは自信満々に吼えた。可愛らしい咆哮に数拍置いたのち、ぼくの身体が震えた。

 いや違う、ポケットから振動が飛び出ている。

 近隣の方も目をパチパチさせて震源に意識を奪われるくらい、衣服に包まれたスマートフォンが唸っていた。

 取り出して手のひらの上にのせると、待機画面にずらりとメッセージが並んでいた。


『距離離せよ、おなご。ただただ暑苦しいだけじゃぞ』

『わしの方がかわいいのじゃからな、そやつは諦めよ。もうわしに求愛済み故』

『愚かじゃぞ。好意を持たれているのではなく、ただ単に気を遣われているのじゃということを、いい加減気づくがよい。そやつが優しく温厚かつ人恋しいぼっちでなければ、付きまといすれすれじゃぞ』


 やけに時代がかった言葉が並び、画面の向こうを煽っている。語調が面白いから煽りの効果はどの程度かと疑問に思っていると、


「先輩。貸して。わたしがやっつけてあげる」


 有効例が出現した。

 要求があるとすぐに、ぼくの手から重みが無くなった。

 ぼくの私物は少女の両手に抱えられ、ぼくより慣れた手つきで反論が為されている。日頃から打ち込んでいそうな所作だった。


「――『勘違いしているのはどちらか。たかが数分で液晶を上から下までずらりと埋め尽くすメッセージの数々。そちらの方がよほど付きまとい、ストーカー』っと」


 勝手な送信に、すぐ返信が来る。


『これは愛じゃ。その愚か者を心配しての行為じゃ。恋人に毒入り饅頭を食べぬよう、伝えるのは当然のことじゃからの』

「は、どこが毒入り……じゃない、冷静に冷静に……『愛からの行為というなら、こちらだってそうだ。今のバトルだって、先輩のことを思っての行動。女子に不慣れな先輩のことを考えず、ぐいぐいと距離を詰めていく不届き者の魔の手から、護らなくてはならない』っと」

『どう考えても該当者はそちらのことじゃろ。ブーメラン全力投擲しすぎじゃろ。どちらが後輩かと言ったら、明らかにそちらじゃろ』

「む、ネトストのくせに正論を……『そんなヘンテコな言葉遣いするのなんて、漫画か小説に影響を受けがちな」


 一瞬、画面上を踊る指が止まる。代わりとばかりに両足がパタパタ振れて、自然と目が行く。

 遠ざけたいと思っているのに、ぼくは後輩の一挙一動に吸い寄せられる。視界の端でピコピコと存在を主張する、もはやDMみたいなリプライがなければ意識は全部もっていかれていた。


『おぬし、物事を深く考えているみたいな瞳を装いつつ、女子の足見るなよ』


 本気の説教だった。のじゃ口調抜きでの本気の指摘に、反省する。


「ふむ、この返信内容ならばこちらが見えている……? なら――」


 後輩はすっと立ち上がって窓際のカーテンを閉めに行き、照明のスイッチまで駆け寄り、強く押し込んで教室内を闇で満たす。

 それから彼女の気配はぼくの隣へと戻り、


「――せんぱい、ちょっと、ダメ……そんな……」


 甘い嬌声を暗闇の中に溶かした。


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