6 幽霊と見守りと後輩の罠
「慣れないフリック入力頑張ったんじゃぞ! 透けてる手指でひたすら健気に打ったんじゃぞ! なんか知らんが、わしのアカウント凍結されとるし、別アカで……あ、今BANされた! BANされたんじゃが⁉ 作り直すしかないのう……」
若干クリアで幽霊っぽい少女が、怒って子どものように手を振り回していた。透けた五指にはスマホが握られており、ぼくは自分の目を疑う。
いや百件もリプライを送ったことも疑いたいけど、それはそれだ。
霊になっても、現世のものには干渉できるのか?
というか、カノジョは電子機器もアプリケーションも扱えたのか……。
疑問は膨らんで仕方ないが、目の前で起こっていることはいったん飲み込もう。
後輩の瞳には、不審者感を溢れるぼくの姿が映っていた。このままだと、虚空に向かって目を見開いている危ない人だ。
「先輩? なにかあった? わたし以外の方を見るなんて、不思議た」
案の定後輩は首を傾げて、ぼくが注視した方向へと首を回す。
――よくない。そっちはカノジョがいる方向で、浮遊する電子機器がある。この目ではカノジョが所持しているように見えているが、一般人から観測した場合はどうなってしまうのか。
もしスマホだけが視認できるのであれば、妖しく浮遊するデバイスが誕生してしまう。
後輩が霊感あるタイプの人種なら、ただ単にホラーだ。ぼくみたいにカノジョが足のない透けがちな少女として見えればいいが、みんなの感じ方が同じだとは限らない。
クラスの陽キャである一猫さんには、モヤっとしてなんとなく恐ろしい存在としてカノジョを捉えていた。
後輩のトラウマとなるようなホラー展開に突入しないことを祈り、それは届いた。
「あわ、まず、えっと――こうじゃ!」
カノジョが手にしていたモノを投げるという、とっても強引な形でぼくの祈りは叶ってしまった。
ガラン、ゴン、ガシャンと、とんでもない音がする。画面は確実に割れただろう。
「ひゃっ、なんだ⁉ 今何が起きたんだ、先輩!」
その代わり、後輩が浮遊する未確認物体を目撃することもなかった。突然の落下音に驚いたものの、ゴースト的な何かが関わっているとは思っていなさそうだ。
「ふむ、何か備品が落ちたのか……? それとも積み上げた机に何か入っていて、それが落下したのか……。ちょっと音のした方向を確認したい。先輩と一緒に」
「ぼくも?」
「少し怖いから、付いてきてくれないと困る」
「怪しい……。相合傘と一緒で、それもなにかの理由付けじゃない?」
「些細なことは気に留めなくていい。二人揃って一緒に机の下へと潜れば、密着、ドキドキ最高、より仲良く――なんてこと微塵も思ってないから、安心するといい」
「不安だ……」
だが付き合おう。ぼくが先行して投げ捨てられたものを回収し、カノジョの証拠隠滅をしなければ。どこから手に入れたスマホかは分からないが、職員室に届けておいたほうがよいはずだし。
後輩に手招きされるままに引き寄せられ、同様に屈む。およそ音のした地点に目を向けると、そこには何もなかった。
「あれだけ大きい音がして、何もないというのは……」
「ふふ、愚かな地雷女じゃのう。人様のモノを借りとるんじゃから、まさか本当に投げるやつがおるか。投げたふりして、すぐにキャッチしておる。音はセルフじゃ。世の幽霊もこうしてポルターガイストっとるのかのう? 他の霊に会ったことはないが」
くっくっくっ……と、典型的な悪霊じみた声が聞こえる。音は上から降ってきており、カノジョは天井近くまで浮遊して逃れたのか。
見知らぬ少女に煽られているとは知らずに、後輩は不満足そうに唸った。機嫌が悪そうでもある。
「ちょっと暗い箇所があるな……先輩、わたしじゃ奥まで手が届かないから、代わりにスマホで照らしてほしい」
「あ、うん、わかった」
「おいなにやっとるんじゃ、おぬしは。物を落とした振りだと言ったじゃろうに」
ここで捜索に付き合わなければ不審だ。いきなり提案を蹴ったら不自然だろうし、頼まれたことは出来るだけやってあげたくもある。
ぼくは手の届かない未唯後輩の代わりに机の下へと潜り、明かりで床を照らす。いくつも並べられた学校机の下に入ると、避難訓練や文化祭準備みたいだった。謎に上昇するテンションを裏切り、照明で明るくなった箇所には当然何もないのだが。
「先輩、もっと奥。そう、深く、壁側まで。もっと、もっと」
後輩がどこを探索したがっているか分からず、言われるままに行動する。けれど新たな
発見は勿論なくて、ぼくが無駄に疲れただけだった。
「ふふ。人の言うことに素直に従いすぎては、ダメだぞ先輩」
嫌な予感が、遅刻してきた。またやらかしたのだと、反省する暇もない。がたがたごとごとがしゃがしゃと、後ろで物音がする。
狭苦しい空間から急ぎ這い出ようとして、足がつっかえた。重い何かにつっかえて、外に出れない。
他の脱出口があるにはあるが、たったひとつだけだし――そこからは後輩が入ってきていた。
逃げ場は一切ない。薄暗い空間で、のそのそ這いずる少女が唯一の出入り口を占拠している。
「こうすれば先輩も逃げられまい。相合傘で出来た籠は甘かった。あれは広いし身じろぎされて避けられちゃうけど、この体勢、この状況なら抵抗できないはず。逃げないということは合意、つまり……ふふ、ふふふ……」
邪悪だ。こんなにあくどい路無未唯の姿、目にするのはきっとぼくぐらいだ。
最初の犠牲者がぼくで、最後の犠牲者もぼく。初めて関わったかわいい後輩だからとなんでもかんでも鵜呑みにするぼっちも、悪であるのに完全には憎みきれない愚か者も、他にいないことを祈ろう。
「先輩、何を嫌がるんだ? 他に義理立てる人もいないだろう? だから――」
呼びかけが呼び水となり、想像が脳裏に浮かぶ。見た目に騙され、散々からかわれて動揺させられた末に顔が真っ赤になってどうしようもなくなるオチが。
どうにか抜け出して元の関係に――放課後の空き教室でだらだらと過ごす先輩と後輩の関係に戻ろうと足掻く。いくつも並んだ、机の脚で出来た檻の隙間を無理にすり抜けようとして――いきなり、人一人分が抜けられるだけのスペースができた。
「よいしょ、と。はぁ、ポルターガイストって普通に人力なんじゃの、机数脚どかすだけでも疲れる……」
ぼくが狭く苦しい籠を抜け出すと、待ち受けていたのは色の薄いカノジョだった。
「おぬし、呆れを通り越して心配じゃ。どれだけお人よしというか、おなごに耐性ないんじゃ。アホじゃろ。ま、そんなおぬしに固執しておるわしも愚かじゃが……」
「はは、ごめんごめん……」
「まったくだ。無理矢理抜け出るなんて聞いてない。先輩にそこまで避けられるとは、ショックだ」
ぼくの謝罪を、またしても未唯後輩が奪い取った。というか、どうしてすぐそばに。身体能力も優れているのか。
「それにしても、中からは出れないように組み上げたはずだが……先輩の力を侮っていたか、もしくは……」
彼女の視線が、今一瞬カノジョの方に向けられたような……?