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1話・夢の終わり

 わたしの母親はとても綺麗な人だった。


 美しいラベンダー色の髪に苺色の瞳。

明るく気さくな朗らかな人柄で使用人達にも慕われていた。

 母がその場にいるだけで、屋敷の中が明るく華やいでいた。


 その母を父は深く愛し、母に似たわたしの事も大層、可愛がってくれていた。  

ミモザ屋敷と呼ばれる黄色い屋敷には明るい笑顔と優しい日々が詰まっていた。でもそれは私が九歳までのお話。唐突に夢のような幸せなお話は終わりを告げる。母親が出て行ったのだ。


 それは物語が終焉を迎えたように取り残された私達父子に深い悲しみをもたらした。

母親が全てだった父は愛を失って人生に絶望し、腑抜けた状態になった。そんな父を見咎めた祖父らに逆らう事も出来ずに他の女性と一緒になった。



 あれから七年。黄色いお屋敷の住人は様変わりした。主である父には家族が出来た。美しい愛妻とわたしより二つ年下と、五つ年下の可愛い愛娘が二人。その父の家族にわたしは含まれていない。わたしは居ても居ない者と見なされている。



「ちょっと、そこのあなた。髪を結んで頂戴」

「はい。お嬢様」


 お仕着せの使用人服に身を包んだわたしを十一歳になった下の義妹アンフィーサが呼ぶ。父親譲りの紫紺色の髪に瑠璃色の瞳をした彼女はお人形のように愛らしい。

 現在のわたしはその彼女に仕える一使用人。名前すら呼んでもらえない。

大抵、そこのあなたで済んでしまう。それが貴族というものだとは理解している。お貴族様にとっては使用人とは空気のような存在なのだ。あって当たり前の存在に関心を向けることはない。


 わたしが空気となったのは七年前のこと。父が再婚して新しく迎えられた、瑠璃色の髪に紫色の瞳をした継母は美人だったけど、愛想がなかった。わたしを一目見て「泥棒猫の娘」と罵り、それまでいた広い部屋から追い出された上に着ていた服も取り上げられた。

 代わりに与えられたのは、使用人用の部屋とお仕着せの服。わたしの味方になるはずの父は、彼女の言いなりになって止めもしなかった。

 それを見ていた使用人達は憤慨して抗議したせいで継母の怒りを買い、皆揃って解雇された。そこに新しく使用人が登用された。


 今居る使用人達はその時に新たに雇い入れられた者ばかり。かつてわたしがこの屋敷でお嬢様然として暮らしていただなんて誰も知らない。


「今日はどのように致しましょう?」

「そうね、脇の髪を編み込んで欲しいの。いいかしら?」

「畏まりました」



 ドレッサーの鏡越しに話しかけてくる義妹のアンフィーサ。もしも母がまだこの屋敷で女主人として君臨していたのなら、この場で使用人に髪を編んでもらっていたのはわたしだったかも知れないと何度思ったことか。

 でも七年という月日は長すぎた。この屋敷で侍女として躾られたわたしは感情を殺すのにも慣れてしまった。


 初めの頃は家族と認められず使用人扱いされる日々に納得が行かなくて毎晩、枕を涙で濡らした。

でも泣いても何か状況が変わるわけでも無く今ではもうそれは叶わない夢だと諦めている。父にとってわたしと母との生活は悪夢でしかなかったようだ。

 継母や義妹らに囲まれる父はこの七年間、一度もわたしと向き合おうとしなかった。9歳で母に捨てられたわたしは父にも見捨てられたのだ。


 胸の奥で燻る思いに封をして何食わぬ顔で義妹の髪を編み上げる。使用人としての意地だ。編み上げた髪は寸分の狂いもない。我ながら上出来だと思う。

壁際に立つ使用人達は自分が指名されなかった事で、面白くないような目線を投げてくるけどそんなのは知ったことではない。


「これで宜しいですか? お嬢様?」

「まあまあね。でもこれでいいわ」


 過去を吹っ切るようにアンフィーサにお嬢様と呼びかければ、鏡に映るあどけない少女は顔を右や左に傾けて髪型を確認した。彼女からお礼なんて言われたこともないから「まあまあね」という言葉が及第点だと思っている。

 アンフィーサは支度が整うと、後ろを振り返った。


「ダリアお姉さま。終わった?」

「まだよ。もう少しで終わるわ。ちょっと待って」


 わたし達の背後では、わたしにとってもう一人の義妹に当たるダリアが、クローゼットの中にあったドレスをあるだけ引っ張り出してきて「ああでもない、こうでもない」と体に合わせて悩んだあげく、ようやく決まったドレスを使用人達に着せてもらっている所だった。


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