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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
番外編

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賑やかなりし正月三昧

 元旦。なによりめでたい一時。

 真冬の寒さが肌を刺すも、初日の出の有り難さに身が引き締まった。危険な稼業を続けながら、またこうして新年を迎えられるのは天と周囲の温かな存在のおかげだ。

 信太郎は心を込めて祈る。



 八幡宮近くの木々に埋もれるようにして建つ住居には信念早々賑やかな声が響く。

 市で買っておいた餅を食べるなり一家は庭へ。家族揃って正月遊びを楽しんでいた。


「やった、上がった!」

「もっともっと!」

「ほら次! 今度はおらが持つ!」


 集作、正吉、俊介、温々した厚着の三つ子は信太郎が揚げる凧に夢中だ。武骨な武者絵の凧が見事に空高くを舞っている。口を開けて見上げる姿が微笑ましい。


 一方、異国の魔女たる姉のヒルデは難しい顔で頭上を見つめていた。


「あれはなに?」

「凧じゃ。面白くないかえ?」

「うーん?」


 晴れ着で着飾ったヒルデが可愛らしく小首を傾げた。折角なら笑ってもらいたいもの。

 同じく普段より上等な格好がよく似合う永が他の正月遊びを教える。


「ほうら、ヒルデ。これをやろう」

「なに?」


 椿の描かれた羽子板だ。

 ヒルデは不思議そうに見つめている。やはり遊び方は分からない。天狗の領域に居た頃は三つ子がまだ幼く余裕がなかったので初めて見る物。これから楽しめればいいだろう。


 永が信太郎に話を振ってくる。


「のう主よ。わしらで手本を見せてやろうぞ」

「羽根つきはおなごの遊びだろうが……まあ、手本は必要か」


 凧を三つ子に渡し、妻と娘の下へ。行こうとしたのだが誰が凧の糸を持つかで一悶着。苦労して順番を決めさせ、それから移動。


 羽子板を持ち、信太郎と永が向かい合った。

 玉をコンコンと打ち合う。お互い息の合った動作で危なげなく続いた。ヒルデも興味津々。自分もやりたいと言わんばかりにうずうずしている。


「さて旦那様。わしらはこんなものではなかろ?」


 が、急に永は強烈な力で打ち込んできた。猛烈な速度で風を切る玉。咄嗟に反応できず、地面に落としてしまう。

 呆然とする信太郎に、容赦なく永は告げた。


「うむ。墨じゃな」

「今のは卑怯だろう。ヒルデに見せる手本ではなかったのか」

「ほ。何を言うとる。化け物に卑怯など言うても聞く訳なかろう」


 口元を隠し、クスクス笑う永。ぽかんとして戸惑っているヒルデにこれが山姥の流儀だと教えるのはいかがなものか。

 とはいえ負けは負けだと大人しく墨を顔につけられる信太郎。目元辺りに点を打たれたが子供らが笑ったので良しとした。


 再び羽根つき。疑念を持って向かい合う。

 何度か優しく往復させた後、やはり永は大きく空へと打ち上げた。凧にも迫る程高々と。


「まさか、あれも打ち返せと?」

「無論よ」


 答えを聞き、信太郎はふうっと息を吐く。

 意識を切り替え。本気の気迫。

 全身に力をみなぎらせて、抉るように地を蹴った。

 躍動する肉体。玉に追いつき、木々を足場にして全力で跳躍。鋭い振りで打ち返す。


 が、永はそれを弱く足元に打ち落とした。当然間に合う訳もない。


「ほれ、また墨じゃ」

「……いや、何も言うまい」


 のんびりと元の場所へ戻り墨を待つ。

 今度は長く、何度か曲がった。文字を書いているらしい。


 そして三度目。油断はしない。闘志すら湛えて対峙する。

 初手から全力だった。

 コッコッコッコッ。絶え間ない快音が行き交う。目に捉えられない高速。人を超えた打ち合いを繰り広げる。

 気を抜けない攻防。殺気すら感じる戦い。

 体内で燃える熱気。肌を切る風。

 三つ子もヒルデもかぶりつき。応援の声が賑やか。しかし近くでは危ないのではと緊張する。


 それが敗因か。わずかに手が遅れる。玉が背中へ抜けていく。

 結局は三本目も永が制した。


「ほれ、墨じゃの」

「今度は文句も言えぬな」


 信太郎は腕を組んで堂々と受け入れる。

 筆の動きがやはり長い。今までのものと頭の中で合わせれば、きっと「えい」だ。


「人間は愛しい者の名を墨で刻むのじゃろう?」

「間違っているが……否定はすまい」


 永は全て分かった上だろう。入れ墨の事も、信太郎がそれぐらい想っている事も。


「これがわしの名じゃ。よく見て覚えるのじゃぞ」


 挙句の果てに教材か。

 呆れはすれど、子供らは喜んでいるし遊びたいとせがんでいる。ならば文句はなかった。


 今年は家族皆が健やかに、平穏で過ごせますようにと信太郎は願うばかりだ。

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