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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
番外編

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91/93

月下の人は変われども

 秋の月は静けさを優しく照らし、(すすき)がサワサワと鳴るのがよく響く。

 八幡宮近くの、木々に埋もれるようにして建つ住居。古くも風情のあるその場所で、一組の夫婦が月見の風情を堪能していた。


 信太郎と永が夫婦になって半年程。仲睦まじい二人が縁側から揃って空を眺める。

 名月の明るさは、居心地の良い沈黙を破らせた。


「美しい月ですね」

「ああ、全くだ。穏やかな心持ちになれる」

「日頃お疲れなのですから、こんな時ぐらいはのんびりしましょう」

「お互い様だ。いつも助かっている」


 信太郎は妖怪への対処を生業としている。円満に解決できる場合もあれば荒事に発展する場合も。危険なこの生業を続けられるのは永の支えあればこそだ。

 仕事柄、夜に突然呼び出される事も多いがこの日はないようだ。このまま平穏である事を月に祈る。


「……何処か水辺に行こうか。水面に映る月は美しいはずだ」

「美しく見える場所は人が多いでしょう。あなたと二人、静かに月見ができればそれが最上です」

「……そうか。それもそうだな。ならば、このまま」

「はい」


 夫婦は縁側に座ったまま、言葉なく、じっと空を眺める。

 月と、互いの存在、余計な物のない世界を味わっていた。


 と、急に風が強く吹いた。冷える。そっと温もりを求めて二人は体を寄せ合った。

 流れた雲が月を隠す。暗さが増す。顔に影のかかった永が、声を落として呟く。


「あら、月が……」

「これもまた風流だろう」

「ええ、あなたが隣に居ればどんな月も、どんな雲も。いえ、例え月がなくとも」

「それでは流石に月見とは言えぬだろう」

「ええ。あなたと共に居られれば、それで良いのです」

「……おれも同じかもしれぬ」


 膝の上で手を重ねる。握る。秋の涼しい空気も寄せ付けない熱が生まれる。

 微笑み合って、愛しさに浸った。


 信太郎がまだ何も知らなかった頃。

 ただ純粋に幸せの中に浸っていた頃。

 己の欲から目を背けていた頃の話である。






 秋の月は眩いばかりに輝く。月見日和の空の下、そこに静けさはない。賑やかな声が虫の音をかき消さんばかりに響く。

 八幡宮近くの、木々に埋もれるようにして建つ住居。古くも風情のあるその場所で、一つの家族が過ごしていた。


「ねえねー。あのむしほしい」

「母ちゃんおだんごなくなっちゃったー」

「おっ父! しょうぶだ!」


 信太郎と永、ヒルデに三つ子。各地を巡り、かつて暮らしたこの家に戻ってきた、平穏な一家団欒(だんらん)の夜である。

 ヒルデと共に虫を追いかける集作。月見団子を次々と頬張る正吉。薄をぶんぶん振り回す俊介。それぞれ月も無視して遊んでいる。

 はしゃぐ子供達にとっては、月の美しさなど二の次だった。


「もう、捕まえたりしちゃダメなの」

「えーほしいのに」

「仕方ないのう。待っておれ」

「まって。いっしょにいくー」

「それは振り回すものではないのだが……まあ、稽古をしたいなら相手してやろう」

「よーし、やるぞー!」


 集作を止めようとするヒルデ。台所へ向かう永を追いかける正吉。信太郎も薄を手に俊介と剣術の真似事。

 子供達の遊び相手が最優先だ。

 名月の下に楽しげなはしゃぎ声が響いていた。



「偉かったの。ヒルデ」

「ね、がんばったでしょ」

「おれ達に任せて好きな事をしていても良かったのだが」

「ヒルデはお姉ちゃんだからね」


 三つ子が遊び疲れたので布団に寝かせた後、ヒルデは永に甘えて膝に乗ってきた。

 胸を張って話すのを二人で褒め、月見団子を頬張る幸せそうな顔を見守る。

 そうしてしばらくお喋りしていたヒルデも、いつの間にか船を漕いでいた。そのまま永にしがみついて寝てしまう。


 この日はじめて名月をじっくり眺め、信太郎は感嘆した。


「ゆっくり月を見ていられぬな」

「確かにのう。以前の月見とは大違いじゃ。残念かの?」

「いいや、どちらも等しく素晴らしい夜だ。残念な訳がない」

「ふむ。今の方が幸せとは言わぬのじゃな」

「比べられるものか」

「ほ。比べてもわしは拗ねたりせんぞ?」

「分かっている。今の答えは父として失格かもしれぬ」

「人でなしが今更じゃろう」

「確かに、な」


 寝入ったヒルデの背を優しく撫でながら微笑む永は、月に劣らない美しさ。

 すぅすぅと寝息を立てる子供達の寝顔は、月に負けない輝かしさ。


 以前と場所は同じでも、形の違う家族。まるで別物の月見。

 かつては想像もしなかった景色だ。

 全てを知り、旅路の果てに掴んだ幸せが溢れんばかり。決して離さないと月に誓う。

 風が吹こうと温かさは胸に残り続けていた。

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