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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
番外編

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お転婆姫のひなまつり

 上巳(じょうし)の節句。

 三月三日に行われる、厄を払い清め健康を願う行事である。

 大陸から伝わり、貴族の祭礼となり、そして武家でも行われるようになった。


 それは山中の小藩であっても変わらない。

 領主の館に幼い少女の声が響く。


「父上! 今日は雛の日ですね!」


 領主の娘、滝姫。


 活発を絵に描いたような姿。まだ幼くも凛々しい顔立ち。十にも満たない歳だが堂々としている。

 お転婆で豪快な姫だと、既に領内に響き渡っていた。


 滝姫は毎年この日を楽しみにしていた。

 しかし発見したのは見慣れぬ男女一対の人形。求めていた物とはまるで違った。


 領主である父へ詰め寄るようにして尋ねる。


「なんですかそれは! 初めて見ます!」

「雛人形だ。滝の為に都から取り寄せたのだ」


 人形には職人技の細工が施されていた。顔はきめ細やか。服も人間のそれと同様の質。優美な芸術品であった。

 上巳の節句では、無病息災を願い紙の人形を川に流す儀式が行われていた。ただ、泰平の世になってから、この人形を飾る形式が貴族や武家の間に広まってきていたのだ。


「こんなにも美しく立派な人形を川に流すのですか!」

「いいや、流さない。これは飾っておくものだ」

「そうなのですか……」


 しょんぼりとうつむく滝姫。

 その理由を把握しているからこそ、父は強めにたしなめる。


「滝。また追いかけようとしていたな? 危ないと言っているだろう」

「あんなにも楽しいのですから危ないくらいで止められません!」

「川には河童もいる。溺れてしまうぞ」

「河童は友です。今に泳ぎでも勝ってみせます!」

「それにあれは厄払いの身代わりだ。拾ってきてはまた厄が滝の身に戻ってしまう」

「そんなもの自らの力で打ち払ってみせます!」


 理屈の通じない会話に父は困り顔。どう言っても納得しないだろう。

 溜め息を吐くしかない。


「だから流さない人形にしたんだ」


 むうと口を尖らせる滝姫。好きな遊びを奪われて不満なのをまるで隠さない。


 だが、改めて人形を見れば心惹かれるものを感じた。

 じっと見つめていたかと思えば、直接手に取ってしげしげと眺める。すっかり夢中になっていた。


「気に入ったか?」

「はい。可愛らしくて好きです!」


 目を輝かせて答える滝姫。つい先程がっかりしたのを忘れたかのように人形で遊んでいる。


 その様子を見て安心したのが彼女の兄だ。


「ようやくおなごらしい物を好いてくれたか。落ち着くといいが」

「さて、どうかな」


 父と兄、優しい目で、あるいは厳しい目で滝姫を見守る。

 外で駆け回り、男衆に混ざって鍛錬するのが好きな姫。将来どうなる事かと二人や家臣達はずっと心配していた。

 今の人形で遊んでいる姿からは、そんな心配は晴れたかのように思える。


 だが、彼女は不意に遊びを止め、意気揚々と叫んだ。


「さて兄上! それでは今日も手合わせをお願いいたします!」


 人形を無理矢理帯につっこみ、木刀を掲げている。堂々と勇ましい。


 急転に呆気にとられていた兄だが、気を取り直すと説得を試みる。


「手合わせはもう止めたらどうだ。人形の方が良いだろう?」

「なぜです。どちらも好きで良いではありませんか!」


 滝姫に言い返されて、兄は絶句。

 対して父は、ははははっ、と高らかに笑った。


「滝はそのまま真っ直ぐ、思うように進みなさい」

「はい父上!」

「ああ、だが手合わせをするのなら人形は置いていきなさい」

「いえ、必ず守ってみせます!」

「置いていきなさい」


 強く言われて渋々人形を戻す。未練はあるが、大事にしたい気持ちは確かにあり、そちらが勝ったようだ。


 その流れに未だ不満は残る。眉間にしわを寄せた兄が抗議した。


「父上! 滝に甘過ぎます!」

「そんな事はない。多くを追い求めるのは厳しい道だ。他者への文句ばかり言っていては今に追い抜かれてしまうぞ」

「……精進します!」


 兄と妹は手合わせに庭へ。凛と構えて並ぶ。

 熱気を感じる空気。そして木刀が甲高く打ち鳴らされた。


 父は二人とも健やかであれと温かく見守るのだった。

またいずれ描くかもしれませんが今のところ番外編はこの一つだけなので完結にしておきます。

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