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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第六章 鬼子と明日

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五 天より来たる守護者

 ヒルデを子取婆から取り戻し、宿場に泊まって、その翌日。

 日が昇って少しは暖かくなった頃に 再び街道を歩く。

 だが昨日とは様子が違った。あちこち興味を持ってはしゃいでいたヒルデが大人しいのだ。疲れもあるのだろうが、やはり(さら)われそうになった事が大きいはずだ。

 茶屋で休んでもあまり効果はなかった。

 今は永が背負っている。不安げな顔で強くしがみつく姿が痛々しい。これでは旅の意味も薄れてしまう。

 信太郎は以前手に入れていた蜜柑の皮を剥き、永とヒルデに渡す。

 酸っぱいのか口をすぼめつつも、喜んで次を要求するので味は気にいったらしい。永も自らの分を分けている。少しは元気になったようでホッとした。

 微笑ましい。振り返った永も同じ気持ちだ。やはり笑っている方が良い。


 そうこうしている内に、日もかなり傾いてきた。そろそろ今夜の宿が心配になってくるので急ぎ足で進む。


「……これから、どう動けばひるでを守れるものか」

「こちらから打って出るのも考えてみるかの」

「それが叶うのならば一番だろうが……当てはあるのか」

「女神に出来ん事はない。ここらの山を支配すれば意のままじゃろう」

「無茶ではないか?」

「なに、山の母に喧嘩を売るとはこういう意味よ」


 永の視線は鋭い。あくまで本気の発言だ。静かな怒りがひしひしと感じられる。

 山姥。山の女神。その恐ろしさを改めて実感する。


 そして。

 その神威に挑戦するように、前方から妙な気配がした。


「おお、次が来たようじゃ。何者が裏に居るのか吐かせてやろうぞ」

「そうだな。それが早い」

「ふむ。手荒な真似じゃと止めんのか」

「止めるものか。ひるでが優先だ」


 信太郎もまた静かに闘志を滾らせる。多少の無茶なら押し通すつもりでいた。


 怪しい気配の主との距離が縮まる。

 ピリピリしていく緊張感。平和とは程遠い空気の道。すれ違う前にお互い立ち止まった。


 笠、道中着、振り分け荷物。格好だけなら普通の旅人である。

 だが隙がない。笠から覗く視線も油断なく夫婦を観察しているようだ。

 永がまず口火を切る。


「主はなんじゃ。只人でなかろう」

「そちらこそ。その眼力で無辜の母親を演じるのは滑稽に過ぎる」


 一触即発の空気。

 ヒルデが永の背で震えている。気付いて凄むのを抑える永。

 信太郎は二人を庇って前に出た。


「あなたもひるでを狙うのですか」

「嘆かわしい。守るべき存在かどうかも見定められぬとはな」


 旅人に化けた何者かは哀れむように首を横に振る。


 どうやら裏に居る者ではなく首謀者らしい。

 やはり余所者を排除しようというのか。その考えこそ嘆かわしいというもの。

 無言で抗う信太郎を意に介さず、何者かは一方的に告げる。

 

「その娘を引き渡してもらおうか」


 その言葉には重い威圧感があった。

 神に連なる永にも引けを取らない気迫。

 恐らく大物だ。並の妖怪ではない。

 そうであろうと、信太郎は怯まない。一歩も引かずに向き合う。


「お断りします」

「何故主なぞの言う事を聞かねばならんのじゃ」


 背中のヒルデをなだめつつ永も参戦。二人で抵抗の意思を見せる。

 そのまま戦闘になる覚悟も決め、態勢を整えていく。


 だが逆に旅人の方は気迫を緩めた。


「こちらに争う意思はない。刀を抜かぬのなら納得するまで話をしてやってもいい」


 平和を求める穏やかさよりも傲慢さが透ける態度だった。しかしそれだけの力ある存在なのだろう。


「ほ。何様のつもりじゃ」

「ふむ。ならば我が姿を見せようか」


 永の挑発を受け、何者かから強い圧力が発された。

 風景が歪む。

 風が渦巻き、砂や葉が舞い、そして化けていた本性が表れる。

 猛禽の頭と翼。修験者の装束。錫杖に羽団扇。


 天狗。

 確かに子を攫う妖怪でもあるが、大妖怪の一種でもある。

 信太郎は唾を呑んだ。


 天狗は威厳に満ちた声で話を進める。


「立ち話は見苦しい。話のできる場まで案内しよう」


 翼をバサッと広げて先導。交渉ではなく既に命令のようだ。こちらが断る事を考慮していない。


 なので永がヒソヒソと耳打ちしてくる。


「今の内に逃げてしまうかえ?」

「すぐに追いつかれてしまうぞ」

「わしとひるでだけなら速い。主が奴を抑えれば良いじゃろう」


 確かにその手もあるかと真剣に悩む信太郎。

 だが天狗は振り返らぬままそれを制する。


「ご両人、妙な考えは止めておけ。手荒な真似は避けたいのだ」


 有無を言わせぬ圧に、肩をすくめる永。逃走は諦め、大人しく三人は後についていった。






 道を外れた森の中にある、古びた庵。放置されていたものを勝手に使っているようだが問い質しはしない。

 三人と天狗は茣蓙(ござ)に座って相対する。


「さて、天狗如きが何故ひるでを狙うのじゃ?」


 早速永がギロリと睨んで問う。

 一方の天狗は永、ではなく、その後ろのヒルデを見据えていた。


夷狄(いてき)は打ち払わねばならぬ」


 重い断言が庵を支配する。

 強い信念の感じられる言葉だった。


 西洋から来た余所者は、歴史ある大妖怪にとっては敵でしかないなのか。

 身構える信太郎達を前に、天狗は淡々と話し続ける。


「この国の怪異、この国の災い、この国の悪ならば、この国の者に任せれば良い。その為の進歩、その為の鍛錬に  助力するのみに留めよう」


 かの源義経は鞍馬天狗に教えを授けられた。

 そして他の子供を攫う妖怪とは違い、天狗に攫われた子供は帰ってくる話も多い。子を育て導く性質があるのは確かだ。

 ならばヒルデも育てれば良いと信太郎は思うのだが、天狗は敵視するばかり。


「だが夷狄は確実に打ち払わなければこの国が滅びかねない。故に人に任せてはおけぬのだ」

「ひるでだけを特別扱いせんでも良いじゃろうが」

「否。我らの眼には先の世が視えるのだ」


 天狗の神通力。未来をも見通す千里眼か。

 視たと言うのなら説得は難しい。だとしても信太郎は納得しないし、引くつもりもなかった。


「鎌鼬や子取婆はあなたの配下ですか」

「然り。あれらが果たせぬならば、我自ら手を下そう。全て人の為である」


 天狗の主張、この一件の全貌は概ね理解した。

 たからこそ永の怒りが増す一方であるのも分かる。


「だから何故じゃ。天狗がそんなもの気にせんでも良いじゃろう」

「弱き人の子は庇護の対象である。我々が使命を果たしてこそ人は栄えるのだ」

「ほ。随分と厚かましい。流石に傲慢じゃな」

「山姥如きが口を出すな」

「天狗如きが何を言う。この国この国と言うが天狗も大陸から来たのじゃろうが」

「否。我々は天より来たのだ」


 大妖同士、熱く火花が散る。その圧だけで庵が崩れそうな程。


 天狗は山姥同様、人を襲う魔物と信仰の対象たる神、どちらの要素をも持つ妖怪だ。要は己が神だと言いたいのか。強き存在に責任感があるのは有り難い事ではある。

 納得せずとも信太郎は敬意を持って接する。


「確かにあなたは天より来たる神。人を導く強き存在なのでしょう」

「話が分かるではないか。そうだ、疾く引き渡すが良い」


 天狗は上機嫌になるでもなく当然のように振る舞う。横で永はしかめっ面だ。

 周りの気迫に負けじと信太郎は胆力を込める。


「ですがお断りさせて頂きます」


 神の如き妖怪に対し、真っ向から主張する。


「ひるでは私が庇護する対象です。手出しはさせません」


 やはり結論は一つだ。

 永が意地悪く微笑む。己の名を聞いたヒルデも流れを察したのか安心した様子。


 一方の天狗は、あくまで人を守り導く存在としてしか見ない。


「愚かな。夷狄を抱え込むなど言語道断」

「どの道私は人でなしの罪人。夷狄など物の数ではないでしょう」

「……贖罪の手段は選ぶべきなのだがな」


 敵視するでもなく、ただただ哀れんで火の粉を払うのみ。

 静かに立ち上がると威厳ある言葉を発した。


「鞍馬山僧正坊を引き継ぎしこの我が、直々に灸を据えてやろう」

「鞍馬天狗……!」


 その名は本来個人ではなく集団やその長を指すという。かの大天狗の後継。当人ではなくとも大物に違いはない。

 一段と気合いを入れなければと腹を括った。

 信太郎は素早く立ち上がり刀を抜く。永もヒルデを連れて臨戦態勢へ。


 そして天狗が羽団扇を振るう。

 強風が巻き起こり、古びた庵が呆気なく弾け飛んだ。

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