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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第六章 鬼子と明日

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四 人でなしと魔女の親子道中

 信太郎、永、そしてヒルデ。

 三人となった一行は朝からドタバタと忙しかった。

 朝食をとるのも着物を用意して着せるのにも一苦労。教えなければならない事は多いのに言葉が通じなくては教えるのもままならない。戦闘とは異なる難題を解決するにはこれまでとは異なる力が要求される。

 滞在を一日伸ばす程の労力だった。

 だが信太郎も永も充実していた。ヒルデが笑えば自然と二人にも笑みが浮かぶ。既に義務感ではなく心から娘として迎え入れており、苦労もまるで気にならなかった。


 そして明朝。爽やかな冬晴れ。風も穏やかで新たな旅路の初日に相応しい日和だった。

 宿場を出て街道を行く。

 目的地を変更して北へ。大きな街から離れた場所を目指す。ヒルデの安全の為だ。

 手を繋いでいるのは永とヒルデ。寒いだろうと重ねた半纏がよく似合う。

 信太郎は怖がらせまいとして少し離れて見守る。

 三人、のんびり気ままな旅路は、ごく普通の家族にしか見えないだろう。


「niedlich!」

「ん? なんじゃ?」


 その途中、何かを見つけたヒルデは声を上げて指差した。

 走り出そうとするのを永が止めている。


「エイ!」

「ほ。あれは狸じゃな。気になるのかえ?」

「niedlich!」

「ふむ。まあ、いいじゃろう」


 可愛いと言っているのか。強く永を引っ張るヒルデはかなり気に入っている様子だ。

 二人で歩み寄っていく。 

 逃げるでもなく狸はじっとこちらを見ていた。警戒されないのは山姥、山の女神の気配があるせいだろうか。

 ヒルデは笑顔で勢いよく触りだした。ただし少し強引な手つきだったので、永はその手を優しく引いた。


「これこれ。いかん。動物には優しくせねばならんぞ。噛みつかれてしまう」

「エイ!」

「駄目なものは駄目じゃ。……が、のう狸よ。わしの頼みを聞いてくれるな?」


 不満げなヒルデを抑えて永がが脅すように言えば、狸はすぐその場に倒れた。狸寝入りだ。

 驚くヒルデ。それから泣きそうな顔になったのは誤解したせいか。袖を引っ張るヒルデを永は安心させるように優しく撫でる。

 そして落ち着いた頃、狸が起きてまた驚いた。素早く逃げてしまうのを呆然と見送る。

 しばしの無言の後、愉快そうに大笑い。夫婦もつられて微笑む。名残惜しそうにしてはいたが街道に戻った。


 しばらく行くとヒルデはまた足を止めた。

 次の興味は川の傍の地藏。小首を傾げて固まったように見ている。


「珍しいかの。これなら多少乱暴でもいいじゃろ」

「永。おかしな事を吹き込むな」

「化け物が地蔵を敬うとでも?」

「それはそうだが……」


 ヒルデはペタペタと地蔵を触っていた。ハラハラする信太郎が止める前に飽きたのは幸いだった。

 その後もヒルデは色々な物に興味を持ち、街道を外れてあちこち走り回った。

 言葉が通じずとも全てを説明。微笑ましく見守る。

 急ぎの旅ではない。普段なら軽い行程に何倍もの時間をかけてでもヒルデの好きなようにさせた。そのせいか、遂にヒルデは道端に座り込んでしまった。


「müde……」

「歩き疲れたかの」

「どれ。ならばおれが背負おうか」


 信太郎は心配して近寄る。

 が、ヒルデはビクッと立ち上がり、逃げるようにたたたっと走り出してしまう。

 先にあった橋まで着くと、柱に隠れるようにしてこちらを窺う。

 信太郎はがくりと肩を落とした。


「まだ駄目か」

「主は一体何をしたのじゃ──いかん」


 永が呆れて信太郎を睨むも、異変を感じて更に目を鋭くさせた。

 ヒルデの背後に影が現れたのだ。


 (しわ)だらけの老婆。

 だがその異様な存在感は妖怪に違いなかった。


 ヒルデは振り返り 、不思議そうに小首を傾げる。警戒はない。仲間だと認識しているのか。

 だが老婆は素早くヒルデを抱えて逃げ出した。遅れて事態に気付いたヒルデが悲鳴を上げる。


 子取婆。隠れ婆。

 子をさらう老婆姿の妖怪の話は多い。

 少したりとも離れるべきではなかった。ギリと歯噛みする。

 信太郎が走り出し、永は消える。ヒルデを取り戻すべく瞬時に追いついた。


「わしの子じゃ。見逃すわけなかろう」

「エイ!」


 ぎらりと睨む永。怒れる女神の気迫は射殺すかのよう。ヒルデは助けを求めて名を呼ぶ。

 期待に応えるべく永は爪を振るった。

 背中から飛び散る血。橋に点々と散らしながら、しかし子取婆は尚も逃げる。ヒルデがいるからと手加減していたからか。


「風上に置けん婆じゃ」


 再び一閃。殺意の二撃目は、残念ながら空振り。

 妖怪らしい身軽な身のこなしで子取婆は欄干へ飛び乗って走り続ける。

 永も負けじと追跡を続行。気迫は更に増している。


「山の女神よ、子を救う力を授けたまえ」


 信太郎も爆発的な踏み込みで一気に加速。子取り婆を追い越して前を塞ぐ。

 永と挟み撃ちに。ヒルデの為に戦意は抑えつつ、刀を抜く。

 が、子取婆は川へ飛び込んだ。


 慌てて下を覗くと、水中には落ちていない。

 川面を跳ねるように駆けていく。やはり妖怪は一筋縄ではいかない。

 永も同じように欄干を飛び越えた。信太郎は急いで橋を渡り切る。

 道を外れて山へ向かっている。見通しの悪い林の中へ。早くしないと見失う。

 緊張感の中、永が追いつく。が、やはり激しい動きの最中でヒルデがいては強い力は振るえない。攻めあぐねている。

 そこで信太郎は先回り。

 集中し、構えて、一閃。木を容易く切り倒した。

 子取婆の前を塞ぎ足を止めさせる。

 永はその隙を逃さない。狙いは正確で、爪がヒルデを抱える肩を穿った。

 子取婆から離れた子を、すかさずぎゅうっと抱え込む。


「ひるで!」

「エイ!」


 ヒルデは大泣きして永の胸に縋り付く。

 安堵する永の顔は今まで見たことがないものだ。

 既に母娘の情は深い。泣き止むまで熱い抱擁は続いた。


「よかった」


 信太郎は怖がらせまいと離れて見守る。浮かぶのは本心からの笑みだ。

 子取婆はいつの間にか逃げていた。仕留める必要があったかもしれないがヒルデが優先だった。

 とはいえ、やはり気にかかる状況である。


「いまの婆といい鎌鼬といい、やはりひるでは狙われておるようじゃな」

「ああ。まさか異国の化け物殺しが関わっているのか?」

「さて、な。余所者が気に入らん誰かしらの仕業かもしれんぞ」

「なんにせよ気を引き締めねばならぬな」


 先を案じて考え込む信太郎。

 一方、永はヒルデを抱え上げる。高い位置から聞こえる笑い声に恐怖の残り香はない。


「主も早く慣れる事じゃな。怖がられておっては守れんぞ」

「その通りだな。耳が痛い。しかしどうすれば……」

「顔が怖いのじゃろ。もっと笑うといい」

「……こ、これでどうだ……?」


 不器用な笑みは固い。自然に溢れる笑みはともかく、意識して笑うのは難しかった。

 だが、あまりに不格好な顔はヒルデをキャハハと笑わせた。ならば良し。ゆっくりと近寄れると信じられる。


 微笑ましい空気の中、二人は改めて守り抜く事を決意するのだった。

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