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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第六章 鬼子と明日

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二 鏡に憑くモノ

 街道を行く行商人は常に危険と隣り合わせだ。

 天候。獣。盗人。そして、妖怪。

 数々の危険を避ける為には数々の知恵と備えが求められた。

 特にこの冬の寒さでの移動は避けるものだが、鬼の騒動で物流が滞っていた事もあり、周囲一帯では需要がある。危険を冒してでも商売を優先する者がいた。

 信太郎と永はそんな商人の一人に同行していた。




 北風が運ぶのは血の匂いと鋭い刃。

 目に見えぬ敵意が乾いた空気に紛れていた。

 故に信太郎は肌がひりつく程に集中を高めていく。

 深呼吸して意識を研ぎ澄ませれば、荒ぶる風の中にしかと気配を感じる。周囲全てにあるものを把握するような感覚。

 冷静に見極めて踏み込み、刀を振るった。

 一閃。

 手応えは軽い。落ち着いて再度探る。

 しかし暴力的な気配はフッと消えてしまった。どうやら逃げたらしい。


「……安心してください。鎌鼬(かまいたち)は追い払えました」


 信太郎は刀を納めて柔らかく声をかける。

 切り傷が幾つもある商人が荷馬の下に隠れるように(うずくま)っていた。傷は浅いのが幸いだが、心はそうもいかずガクガクと震えている。

 今度は肩に手を優しく置きながら話しかけ、そこでようやく危機は脱したと安心したようだ。

 永が手当てをしていく内に調子を取り戻し笑顔へ。

 だが、信太郎の傍に戻ってきた永は妙な顔つきで呟く。


「しかし妙じゃったの」

「ああ。鎌鼬にしては、行動がおかしい」


 冬に鎌鼬が出るのは普通である。

 ただ今回はあまりにも攻撃的だった。大して血も出ない上にすぐ通り過ぎるのが通常の鎌鼬であるのに、商人に執着して害そうとしていた。

 何が原因なのか。放置してはいけない予感がある。

 悩む素振りをする信太郎に、永がさらりと答える。


「わしは積荷のせいじゃと思う」

「何か感じるのか」

「うむ。わしに近しい気配がするわい」

「永に近しい?」


 疑問が増えたが詳しくは語られなかった。

 謎めいた言い回しはいつもの事なので、先に商人の方へと向かう。


「失礼ですが、積荷を(あらた)めさせて頂きたい。妖怪に襲われた原因があるかもしれませんので」

「ああ! やはりアレが……」

「アレ、とは?」

「少々お待ちを」


 商人は馬に載せた積荷を素早くほどく。

 恐る恐る、慎重な手つきで差し出されたのは桐箱だ。


「中身は鏡だそうです。悪いモノが憑いているので寺でお祓いをするように、と頼まれました」


 桐箱からは確かに、落ち着かなくなるような異様な気配を感じた。この影響で鎌鼬も凶暴化したのだろうか、それとも奪おうとでもしていたのか。

 詳細はともかく襲われた理由は判明。夫婦は確信を持って顔を見合わせ、揃って頷く。


「これか?」

「これじゃな」


 妖怪絡みの案件であれば自分達の仕事。

 真剣な面持ちで信太郎は提案する。


「こちら、私共でお預りしてよろしいでしょうか」

「ああ、助かります! もうこんな思いは懲り懲りで!」


 必死な様子の商人は信太郎の手を強く掴んで応えた。

 なので永が商品の蜜柑をはじめ報酬をちゃっかり要求しても、厄介な物を引き取ってくれるなら、と快く差し出してくれる。

 滞りなく交渉は終わり、信太郎の手元に怪しい桐箱が渡された。嫌な気配を感じつつも善行が優先である。




 再度の襲撃に備えて別れるのも手だが、野盗などの別件も警戒して夫婦は商人との同行を続けた。

 とはいえ例の箱を預かって以降は妖怪の襲撃はなかった。他の事件もなく平穏な旅路。

 永が睨みを効かせていたせいか、別の理由か。頭の隅で考えておく。


 到着した宿場で感謝しきりの商人と別れると、歩き疲れたと永が言うので茶屋へ。

 道中では蜜柑を何個も食べていたが、全然足りないとばかりにきな粉餅を注文。楽しみだと笑う永に信太郎は敵わない。

 店先に座り、待つ間に桐箱から問題の鏡を出す。

 それは西洋の鏡だった。

 手鏡より大きく壁に飾るものらしい。綺麗に写る丸い鏡面、豪奢な装飾が施された枠、凝った造りの優れた代物だ。


「舶来品か。永、どう見る。呪われているのか。あったとしても異国の呪いか?」

「今はなんとも言えんの」

「そうか。ならば詳しく調べられるか?」

「茶が先じゃ。無理に急がんでもよかろ?」

「……そうだな。おれ達ならば平気か」


 調査は後回しにしてひとまず茶と餅を楽しむ。

 不安はあれど、二人揃えば大丈夫だとの自信と妻との一時が勝ったのだった。




 夜。旅籠の一室。

 食事に永は大いに満足して機嫌が良かった。

 鏡については明日と決め、寒い寒いと布団を寄せて眠りにつく。話題を避けようとする永に妙なものを感じつつ信太郎も受け入れた。


 それから時の過ぎた丑三つ時、信太郎は幽かな物音で目覚める。

 警戒心で眠気はすぐに飛んだ。真っ暗闇の中に異変の原因を探す。


 とりあえず室内に他の者は見えない。

 永は寝ていた。寝顔は穏やかでつい見惚れそうになるも視線を引き剥がす。

 そして鏡を置いた場所が目についた。やはりざわざわと胸騒ぎがする。

 静かに刀を手に取り、警戒を強める。

 鏡に憑いた何かか、それを狙う妖怪か。戦闘に備えて意識を研ぎ澄ませる。


 が、妙な感覚に、体がぐらりとふらついた。


「なんだ……?」


 異質な気配に不安がよぎる。

 つい永の方を確認すれば、彼女はゆっくりと起き上がるところだった。


「……っ!」


 瞬間、信太郎は息を呑んだ。

 永の美しさに改めて心打たれた。

 蠱惑的な表情、無言のまま微笑み一つで心を狂わせる。

 するりと寝床から出てしずしずと歩み、戸を開けて外へ手招き。

 いかにも彼女らしいたおやかな仕草で、後をついていきそうになる。


 の、だが。


「永ではないな」


 信太郎は精神の乱れを振り払い、冷えた目で見据えた。

 見た目はそっくりだが、あまりにも不自然でらしくない。

 己の感覚を信じ、敵と断ずる。


「まやかしか」


 深呼吸。頬を叩いて己に喝を入れた。

 スッと目を細め、静かに闘志を(みなぎ)らせる。


「鏡ごと斬る」


 音もなく刀を抜いた。

 静かで荒々しい構え。怒りが青く燃えていた。

 鋭い視線。並の人間なら心を折るような気迫を無意識に発する。


 それが、覿面(てきめん)に効いた。


「────────!」


 鏡から、人影が声にならない悲鳴とともに飛び出してきたのだ。


 子供だった。五、六才程度の童女。

 しかも赤みがかった茶色の髪、青い瞳。初めて目にするが話だけは聞いた事がある。恐らくは鏡と同じ、海の外から来た存在。


「異人の子供……?」


 居るはずのない存在。ある意味で妖怪よりも異質な存在。

 思いもよらない事態に、(たぎ)っていた闘志も霧散。信太郎はただただ困惑するばかりだった。

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