一 化物は尊き地へ立ち入れず
信太郎と永、久方振りの夫婦二人旅。
気楽な観光と重い贖罪、二つを両立させようと励む日々である。
冬の厳しさも寄り添う暖かさが打ち負かす、とはいかず永は不満たらたら。もっとも本気でない戯れのような言葉である事は理解しているので信太郎も会話を楽しむ。
途上で妖怪絡みの騒動などありつつ、大きな事件はない。
近くまで来ているから、と都を見物するつもりで歩を進め、遂に目的地へ到着した。
冬晴れの風が穏やかな日中。都に続く街道沿い、手前の宿場。饅頭が名物らしい茶屋の店先。
信太郎は呆れた風に問いかける。
「一体何があったのだ?」
「ふん。つまらん事よ」
縁台に座る永はつんと顔を背けて答えた。蜜柑を頬張り、気を失った男を踏みつけながら。周りには他にも数人が無様に地に伏していた。
話を聞くに下卑た目的で寄ってきた輩に対し反撃したようだ。
蜜柑は茶屋の主人に「ずっとこの男達には迷惑していた」とお礼にもらったらしい。
信太郎はしかめっ面になる。
「やはり一人にしてはいけなかったか」
「なんじゃ。やり過ぎだと言うのかえ?」
「不愉快な思いをさせてしまった」
「ほ。まあ、及第点じゃな。寂しい、早く会いたかったと素直に言えばもっと良い」
「それは確かに思っていた」
「照れずに言えば良いじゃろうが。ほれ、わしも寂しかったぞ?」
「済まぬな。おれも早く会いたかった」
上目遣いに煽る永には敵わない。信太郎が素直に言う通りにすれば妻の口元はニンマリと弧を描いた。
夫婦は再会すれば仲睦まじく語り合う。強制されたからではなく本音なのも確かだ。
それでも別れていたのは理由がある。
都は帝のおわす中枢。
妖怪から守護する強力な結界があり、永は入る事ができなかったのだ。正確には無理に入る事だけなら可能であったが、揉めるのが目に見えていたからだ。
故に信太郎一人で出向き、買い物をして来たという訳である。
倒れた男達を移動させ縛っておき、役人を呼び引き渡す。
その間に蜜柑を食べ終えた永。ようやく終わったと見れば逸るように手招きをする。
「ささ。もういいじゃろ、いいじゃろ。早く見せてみい」
「ああ」
隣に座ればすかさず密着。
都の土産を風呂敷から出せば更に身を乗り出してきた。
まずは新しい着物や簪、そして扇子に手鏡。永は広げたそれらをしげしげと眺めた。
「主にしてはなかなかの趣味じゃな」
「一安心だ。店主に相談した甲斐がある」
「うむうむ、鮮やかじゃ。数も随分多いの」
「おれに贅沢は性に合わぬ。ならば永の為に使うべきだろう」
「主も贅沢を覚えるべきじゃな」
苦言を呈しつつ、好感のある笑みが漏れる永。
新たな彩りを得た姿は見惚れる程に美しい。これこそ贅沢だと信太郎は思う。
「やはり似合うな」
「ほ。大分分かってきたようじゃの」
嬉しそうに弾む声。信太郎までつられて普段の固い表情が淡く和らいでいた。
「まだあるのじゃろ? 良い匂いがしておるぞ」
「金平糖だ。かなり値が張ったが」
「ほほう。可愛らしいのう」
星のような形の菓子を差し出す。
一粒つまみ、興味深げに見てから口へ。
綻ぶ唇。口の中で転がせば、とろけるように微笑む。
「んん……良い良い。甘さが沁みるの」
「気に入ってくれたか」
「じゃが足りんの」
「漬物がある」
「もっと食べ応えのある物はないのかえ?」
「生憎持ち帰られる物は少なくてな」
ひとしきり堪能した永。信太郎も一安心。
せめてもの都土産は大いに好評で、不満も本気ではなく戯れらしい。一時離れてでも都を訪れて良かったと強く思った。
そのまま心地良い空気で次の話題へ。
「さて、では次はどうするかのう」
「今日のところはこの宿場に泊まるしかないだろう」
「その後の話じゃ。銭はたんまりある。当分働かなくていいのじゃろ?」
「人間は金の為だけに働くのではない。贖罪の為にも働かねばならぬ」
「お堅い主ならそうじゃろうな」
やれやれと永は溜め息を吐く。
幸せになるのならその分以上に働くべき。その考えは変わらない。使命は人生そのものだった。
「ふむ。そこらに転がるような阿呆共が未だ居るのなら良い仕事になろう」
「確かに」
用心棒には需要がある。
妖怪だけでなく人間も脅威になるどころか、そちらの方が数も多いはずだ。
戦いの腕が役に立つのなら贖罪としては申し分ない。
「都が駄目でも次がある。大きな港町が大層栄えておるらしいな? 外つ国から珍しい物が運ばれてくると聞くぞ?」
「今度は舶来品が目当てか? 都でないなら永も楽しめそうか」
「今度はわしが主の土産を選ぶ番じゃからの」
信太郎は虚を突かれた。
あくまで考えていたのは永の事ばかり。それが幸せだったが、永が自分の為にしてくれる事もまた享受すべき幸せだ。
二人で幸せになるのだ。
「……それは楽しみだ」
「ほ。わしの趣向に期待するといい」
夫婦は微笑み、互いに寄り添って暖を取る。
冬の青い空は何処までも高く、そして清く澄んでいた。




