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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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廿二 夫婦は股旅

 大江山。

 かつての戦場に雪が降る。清い白に覆われた山は静かで、激しい争いなどなかったかのよう。

 それでも多くの者の記憶には深く痛々しく刻まれていた。



 戦いが終わり、平穏が戻った頃。

 周辺集落の被害者の為に、慰霊碑が草薙衆近くの八幡宮に建立された。襲った悲劇は大きいが、着実に復興は進んでいる。人の強さと図太さを示すように。

 そしてここ、鬼の本拠地の跡地にも祠が造られた。鬼の軍勢を奉ったもの。それともう一つ、首魁とほたるだけを奉ったもの。

 草薙衆が中心となり建立したのだ。

 祟りを防ぐとともに、次なる鬼の軍勢を生ませないようにする為。人によっては他にも大きな意味も持っていたが。


「…………」

「……そろそろ行きやせんか。思い詰め過ぎですってば」


 真剣に手を合わせ続けるのは宝だった。

 ほたるとの数日間。そして最後の言葉。強く残る思いが後悔や覚悟となり、更に重く背負おうとしている。

 それが分かるだけに、銀之丞は寒さに腕を擦りながらも強くは言わない。心配はしても、無理強いせずに傍で見守る。


 やがて宝は晴れやかに顔を上げた。


「……ほたる。もう、あなたみたいな子は出さないようにするから」

「具体的に何するつもりなんで?」

「そりゃあ、色んなところ回って、虐げられてる子がいたら片っ端から草薙に連れて行くのよ!」

「良いんですけど、難しいですよ? それをするような方々は反発するでしょうし」

「あんたがなんとかしなさい。口が達者なのが取り柄でしょ!」

「……まあ、やれと言われりゃあ、やりやすけどね」


 渋々といった体で、しかし決して全否定はしない銀之丞。宝も長くは話を続けず足を進める。

 相棒の思いを受け止め、共に歩もうとしているのが既に二人の共通認識のようだった。


 宝は立ち止まらずに振り返り、毅然とした顔で最後に言い残す。


「また来るからね」


 黙々と山を降りていく。その瞳には決意の光があった。


 人と妖怪。それぞれを単純に善悪には別けられない。人を害する妖怪を退治するだけでは平穏には程遠い。

 全ての悪を排するのは困難で、本来の目的とも離れる。

 しかし理解した上で、新たな道の歩みを止める気はない。


 その証として、宝と銀之丞、更には漆然を含めた者達は、この山奥の祠へ訪れる事を毎年欠かす事はなかった。






 辛喰童子との決戦には辛くも勝利したが、信太郎も草薙衆も酷い状態だった。

 傷が癒える頃にはすっかり季節は冬。

 寒風が辛く、旅は難しい。

 討伐が冬備えに間に合ったのが不幸中の幸いか。周辺地域はひとまず安泰。落ち着いて休むべき状況であった。


 それでも、夫婦は留まらない事を決めた。


「お二人共、やはり決意は固いか。当分屋敷に居てもいいんだ。冬の旅は勧めない」

「いいえ。お構いなく。私共は出発します」


 薄曇りの日。漆然の屋敷前。

 信太郎と永は、善意で提案する漆然に断りを入れていた。


 綿を入れた着物に道中着、頭巾。冬の旅装束を着込み、折れた刀も打ち直してもらった。準備は万端。

 あくまで毅然とした態度の信太郎達だが、漆然は顔をしかめた。


「もしや未だに罪を気にしているのか」

「それもあります」

「我々はお二人を英雄を認めている。今更責めるような恥知らずではない」

「罪は常に己の内にあるものですから」


 信太郎は信念に基づき、堂々と語る。


「故に、贖罪はより多くより広く。留まっては大きな償いは為せません」

「やはり意思は変わらないか」

「はい」


 堅い表情で頷く信太郎。

 小さく溜め息を吐き、漆然は永に水を向ける。


「永殿の意見は違うのではないか。豊かな食も、過ごしやすい環境も好むと思ったが」

「言わせるでない。夫婦水入らずを邪魔されたくないのじゃ」

「はは。これは失敬」 


 きょとんとして、それから大笑。

 重い空気は変わり、今度は柔らかく問う。


「信太郎殿もそうか」

「はい。恥ずかしながら」

「今更照れるでないわ」

「うむ。良い夫婦だ」


 漆然は腕を組み、朗らかに微笑んだ。


「それでもたまには立ち寄ってくれると嬉しい」

「はい。仕事はこれからも増え続けるでしょうし」

「いや友として会いたいのだ」

「失礼。それは勿論喜んで」

「我々の女神もだ。皆喜んで信仰を捧げるだろう」

「大勢に敬われるのも悪い気はせんがの。やはり一人の女神の方が気安くて良い」

「ならば致し方ないな」


 漆然は二人の選択を尊重。

 こうして温かく見送られて、夫婦は再び旅立つのだ。





 冷気に晒されながら街道を行く。

 冬空からはいつ雪が降ってもおかしくない。厳しい道中は覚悟の上で、しかしやはり易くはなかった。


「おお、寒い寒い。凍えてしまうわい」


 永は腕を絡めてきた。

 強く寄り添い、信太郎からもしっかりと握る。寒さも遠退く熱が生じた。


「早速か」

「遅いくらいじゃ」


 久方振りの二人きり。

 艶っぽい声を他に聞く者はいない。

 例え旅に向かない道行きだろうと、夫婦は睦まじく歩む。


「さて、これで良い食い物が出回るはずじゃな?」

「悪いな。報酬は少ない。出回ってもおれ達には縁遠いだろう」

「全くじゃ。甲斐性のない旦那を持つと苦労するわい」


 あからさまに溜め息を吐く永。

 しかしすぐに表情をころりと変えた。


「じゃからわしが預かっておる」


 出した袋の中身は多くの金銭。視線で問えばアッサリと答えられる。


「女神への供物じゃ」


 罪人からは財を没収すると言われた。だがこれなら話は別という事か。

 漆然からの心付けだ。感謝しかない。最後まで尊敬できる人物である。


「折角じゃから都を見物してみたいのう。ここからは近いはずじゃな?」

「ああ。きっと良い物が待っているはずだ」


 笑い、寄り添い、夫婦は先を行く。

 人でなしの罪人の、贖罪と観光の旅。


 今回で目と心に刻んだ、壮絶な鬼の最期。自らもいずれ同じ道を辿ると覚悟を改めた。

 それでも今ではないと、夫婦は明るい明日を楽しみにしていたのだった。

第五章 鬼と大望 了

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