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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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十七 鬼は求める

 山が震え、鳴動している。

 獣や鳥の気配は遠く、あちこちから山そのものの悲鳴めいた崩壊の音が聞こえてきた。恐慌天災の様相。


「あっちは一体どんな戦いしてんのよ……」

「そりゃ屋敷に大穴造るより酷い戦いでしょうよ」


 宝は苦い顔で呟き、後方で銀之丞もひきつった顔で返した。

 その顔には汗と泥、傷。続けてきた戦いの跡が色濃かった。両者ともに戦意は衰えていない。

 しかし疲労は溜まっており動きの精細さが失われつつある。


「銀!」

「分あってますよ!」


 加護を受けた銀之丞の矢が並ぶ木を貫通し、倒す。

 それが何本も積み重なって壁に。相手が鬼でも時間稼ぎにはなる。

 宝は薙刀を杖代わりに小休止。警戒心は緩めないまま、なんとか一息つく。


 前には鬼の群れ。

 信太郎達と別れて別動隊の鬼の相手を引き受けた二人は、今も尚戦っている。

 首魁との戦いが始まる前に銀之丞は外れてきたが、あの永もいるのだから心配無用のはずだ。正直、聞こえてくる音だけでもあの場にいなくて良かったという気持ちはあり、そこに後ろめたさもある。だが、こちらもまた手強く、死と隣り合わせなのは変わらないのだ。

 対峙する鬼の方はどれだけ仲間が倒れても、相も変わらず凶暴に突撃してくるばかり。戦況を分かっているのか、いないのか。

 あるのはただ、力による支配と人を食らう本能に従っているだけなのだろう。

 そんなものには負けたくはない。


 宝は心身の乱れを整えつつ、気力の源を意識する。思い浮かべるのは、町に暮らす人々。草薙衆の仲間。今度こそ救いたい、ほたる。

 それから、すっかり馴染んでしまった、嫌な性格をした山姥だった。


「山の女神、なんでしょ。守る為に、力を貸して!」


 それは、祈り。礼儀もなく叫びながらも、信じる心は確かにある。

 鍛えあげた体力を使い果たし疲れた肉体を無理矢理に動かすのは、心一つ。


 小休止はわずか。壁となっていた木が取り払われ、鬼と再会。

 打つべきは先手だ。

 疾風の矢が射かけられ先頭の鬼の額を貫く。そして仲間に邪魔されて進行が鈍ったところに宝が急加速して飛び込み、薙刀を振り回す。

 まず正面の鬼をざくりと切りつつ左を駆け抜け、続けて現れた鬼の首をはねる。その体を踏み越え、更にもう一体を撃破。

 左右に鬼。素早く得物を回転させ、どちらの腹部も切り裂く。

 しかし片方は浅かった。金棒が頭めがけて振り下ろされる。

 その前に援護の矢が届いた。銀之丞のそれは加護の矢、頑丈な肉体にも風穴を空けた。落ち着いて次の敵に対処する。

 まだ数は多い。

 木の陰や岩の上、注意していても完全にはいかない。

 樹上から飛び出してきた鬼に不意を突かれる。


「くぅっ!」


 なんとか攻撃は避けても、体勢を崩して転ぶ。落ちる影。殺気。

 自ら横に転がり逃げる。一回、二回。矢が相手を貫いたところで、素早く起き上がる。と同時に勢いを活かして奥の鬼を切り裂いた。

 次を定めるべく見渡して、そして呆気にとられた。


「……え?」


 あまりにも唐突に。木々は枝を伸ばし、葉をつける。下草が生い茂る。花が咲き乱れる。

 秋も終わる時期に、輝く緑が溢れていた。

 それも、ただ美しいだけではない。

 下草は鬼の足に絡みついて止めてしまった。枝が目を突き刺した。重い実が頭に落ちた。

 自然の攻撃には、流石の鬼にも動揺が広がる。好機ではあるが、宝と銀之丞も戸惑いの中にあった。あまりにも不可思議な現象に頭が働かない。

 更には何度目かも分からない振動が伝わってくる。上の戦いの余波にしては大きく、近い。

 いや、新手の気配だ。

 気付き歯を噛み締めながら見やれば、崖を降りてくるのは、猪。猛烈な突進が鬼の側面を捉えた。


「えぇ?」


 困惑の前で、猪は鬼を吹き飛ばしてそのまま去っていく。

 続いて鹿や鳥の群れ。鬼を弾き、踏み、飛び越えて、続々と通り過ぎていく。

 しばし呆然としていたが、すぐに宝は事情を呑み込んだ。


「そういう事。また感謝しなきゃなんないじゃない」


 これは永の、山の女神の恵みだ。

 気力が湧いてくる。自然と笑いが浮かぶ。

 そして独り言に答えるように、行く手の鬼の顔面に矢が突き立った。


「こっちにも感謝してくれやせんかねえ」

「そっちこそ、前衛で身体張ってるわたしに感謝しなさいよ」

「してやすってば」


 会話しながらも手は止まらない。止めてやらない。

 薙刀は華麗に切り刻み、矢は隙間を的確に穿つ。金棒を避け、構えを乱し、攻勢を潰す。お喋りが連携を手助けするように、滑らかな動きで鬼を制していった。


「ちょっと! 援護が遅いんじゃない!?」

「こちとら矢を節約しなきゃなんですがね!」

「尽きたら弓で殴りなさい!」

「無茶言わんでくださいや!」


 負傷を表に出さず果敢に攻め込み、鬼の群れを削って削って散らす。たった二人で集団を相手にし、都を守る為の苛烈な防衛戦。女神を味方につけた優位を活かし進めていく。


 ただ、いずれ限界は来る。加護があろうと気力があろうと、現実は非情なのだから。

 体力だけではない。薙刀は刃こぼれし、矢は尽きるだろう。

 鬼の全滅とどちらが先か。

 いや、もしくは。


「あれだけ派手にやってたら、山が崩壊して敵も味方も全滅する方が先かもね」

「笑えない話は止めてくれませんかねえ」

「それなら都の人は助かるでしょ?」

「いやいやいやいや。早く済むように頑張りましょうや」

「ふふ。そうね」


 脱力し、強気に笑う。銀之丞は呆れているが、宝は本気でそう思うところも確かにあった。

 覚悟は決まっている。

 救える命には限りがある。それを救えるのならば、草薙衆に拾われなければ落としていた命の、使いどころとしては上等なのだと。


 だが。

 決して。

 覚悟をしていたのは彼女だけではないのだ。


「よくやってくれたっ!」


 よく響く安心させる声に、思わず動きが止まる。

 それを失態と認識するより先に、背後から無数の矢。そして勇ましい雄叫び。戦士の闘志が込められたその圧力に、鬼すら怯んだ。恐れすら窺える。


 安堵するよりも先に、二人は希望に輝いた顔で振り返る。


「待たせたな」


 そこには期待通りの姿。多数の戦士を引き連れて、禿頭の偉丈夫は安心させるような堂々とした不敵な笑みを見せた。生々しい傷跡や力なく垂れる腕にも、漆然の威厳は奪われていない。






 集団同士の戦場から離れた首魁との戦場では、乱入者の気配をそれぞれの態度で待ち受けていた。


「ぎははははっ。ようやくか、待ちくたびれたぞ! 時間をかけた甲斐があるものよ! ……いや、だが、気に食わんな。まさか己が死んだとでも思ったか? これは仕置きが必要となるな!?」


 辛喰童子は喜色満面。事態を全て理解した風に、大袈裟な身振りも交えて上機嫌で笑う。

 反対に、ひたすらに険しい顔で、信太郎と永は警戒を強める。


「手遅れのようじゃな。覚悟はしておったであろう?」

「……そう、だな」


 悲しげな顔を一瞬で引き締め、信太郎は刀を握り直す。見上げる永は面の下にどんな表情を隠しているのか。恐らくは、憐れみ。慈悲の微笑み。


 頭上からは重い圧が迫ってくる。

 戦いの余波で抉れ、低くなった山。掘られた穴といっていい戦場。その崖際を、強大な気配の主は、最早空から落ちてくるような勢いで降りてきている。

 まず届いたのは、甲高く情念に満ちた声。


「あ、ああぁ、あああああああぁぁぁぁ!」


 次いで見えたその姿は、おぞましい巨体だった。

 太く長い胴に分厚い鱗がびっしりと揃う、蛇よりも強き竜の如き体。湾曲した角にぎょろりと爛々輝く瞳、恐ろしい顔は人でなく鬼の凶相。大口から赤き炎を吐き、身に纏う。

 そして山を揺るがす大音声で吼えていた。


「か、ら、ば、み、様ああああぁあああぁぁぁあああっ!」


 真っ直ぐに向かう先は、愛しの相手。思いのままに飛び込んで山の崩壊を加速させた。


 現れた化け物。その正体は、どれだけ姿が変わっていても、その声と行動から知れた。


 ほたる。

 人を憎み鬼を慕った少女の、成れの果てであった。


「どうして帰ってきてくださらなかったのですかあっ!!」


 変性してしまった化け物は、愛しき鬼を包んで悲痛に叫ぶ。

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