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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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十三 鬼の宴は荒ぶれて

「ぎいっはははははっ! 良いぞ! 血湧き肉踊るとはこの事よ!」


 辛喰童子は粗野な大笑を高台から響かせた。傍らにほたる。片手に新たな盃、割った先祖の骨がつまみ。観劇でもしているように、堂々と眼下の激しい戦いを楽しんでいる。


 信太郎は無数の鬼と戦い始め、既に十体以上は斬った。

 相手は何故か順番に、常に一対一を繰り返す。凄惨な殺し合いというより、まるで楽しむような争いの形。それを指示したのであろう首魁は、仲間の鬼にも被害が出ているのにまるで気にしていない。

 信太郎は横目で見て、顔をしかめた。

 仲間は大事にすると言っておいて、この態度。妖怪の理を、人の常識で考えるからおかしいと感じるのだろうか。


 と、そんな思考の隙に、金棒が上より降った。

 危なげなく横に避ける。が、頭上から苦言が刺さった。


「阿呆。何をしておる」


 あくまで冷たい声だけであり、背中しか見えない。永は今、高台で辛喰童子を見張っている。

 初めは二人で戦っていたが、襲ってくるのは一体ずつだけと把握して別れたのだ。

 有利を活かさない戦法は何が目的なのか、いつ気紛れで何を始めるか、と警戒しての判断である。互いに信頼しているからこそ、一人でも戦えている。


「済まぬ。集中せねばならんな」

「口より手を動かさんか」

「全くその通りだ」


 軽口混じりでも、的確に鋭く刀を振るう。

 この鬼達もそれぞれ強敵に違いないが、刃は通る。一刀の下に胴を切り裂いた。


「があああっ!」


 断末魔とともに倒れると、反対側から間を置かずに次の鬼が突進してくる。

 横手から振り回される金棒。一旦後退すれば目前を殺意が通過する。直後に斜めに進みながら腕を切り飛ばし、返す刀で袈裟懸けに再び切った。今度は真っ二つ。

 安心している余裕はない。

 大きく飛び込んできた鬼に対しては、身を低く屈め、そのまま起き上がる前に足を両断。

 しかし鬼は足を失って尚、手を突いて跳ね飛んできた。腕力だけの無理矢理な一撃であっても、強力。的確に一歩横にずれれば、顔の横を金棒がかすめる。そして通り過ぎたところで下から切り上げた。

 途端、背後に殺気。

 即座に前進して伏せれば、人間を軽々吹き飛ばしかねない金棒の大振り。風を巻き込んで荒れた空間を造る。踏ん張らなければ空に舞ってしまう。

 だがそれもすぐに収まった。追撃の気配を読めば、起き上がると同時に一足飛び。間合いを瞬きの間に埋め、垂直に切り伏せる。

 そしてまた、次の鬼。


「多いの。わしの手は必要かえ?」

「いいや。そちらをしっかり見ていてくれ」

「分かっておるわい。褒美を考えておくが良いぞ」

「分かっているとも。しかしそこらの肉や酒は要らぬのか」

「要らん。鬼の匂いが臭くて敵わんわい」


 話が出来る程余裕、という訳ではない。むしろ昂り過ぎる闘争心を鎮め冷静にさせる為に必要だった。熱と勢いに寄れば、たちまちに死に繋がる。

 永は永で会話を続けつつ、緊張感に満ちた対峙。おかめの面はまだ用意していない。本性を出さずとも気迫は互角。

 こちらの切り札だ。温存というならそれもまた有効だろう。


「心配させぬように戦わねばな!」


 信太郎は身軽な動きで鬼をかわし、手玉にとり、強力な一撃を打ち据える。

 金棒を握る手を切り裂き、落とした得物を蹴りどかして、確保した足場に踏み込んで一刀。

 次いで真上に跳ぶ。ぶちかましをしてきた鬼の頭を踏みつけ、そこから更に跳んで、高みから振り下ろしつつ着地。不安定な空中でも揺れる事のない太刀筋は背を向けていた命を断ち切った。

 次の金棒を振り上げた鬼は鈍重。先手で腹を切り払い、直ぐ様視線は奥から続く新手へ。

 無手、そして素早い。翻弄するような足さばきをしてくる。集中し、動きを読む。相手と同時に踏み込み、体をひねり、張り手をかわして首筋に刃を通す。また地面に鬼が転がった。

 危なげない戦い。

 鬼の数は確かに減っている。息が少し切れてきたか。意識して呼吸を整え、血を振り払う。火照った体に冷たい風が心地よかった。


 鬼の群れは分が悪い。にもかかわらず、辛喰童子は相変わらず楽しげに観戦している。


「ぎははははっ! いや愉快! なあほたる、倒れた者達に覚えはあるか?」

「はい、辛喰様! 先程切られた鬼は着物を整えて下さった方ですし、今切られているのは嫌らしい村の男を潰して下さった方です!」

「そ奴らが切られたのだ。さぞかしあの男が憎かろう?」

「はい! ほたるに殺す力がないのが残念でなりません!」


 監視中の永は目的を特定すべく話に耳を傾けるが、その顔はより険しくなっていた。

 傍のやり取りには既に人間らしさが欠けている。ほたるの憎悪をかきたて鬼に変じさせようとしているのだろうか。それにしてはあまりに軽い。憎悪より恋慕の方が大きいが故に失敗しているだけとも考えられるか。

 更に言えば妙にわざとらしい。

 そこで違和感を覚え、意識を首魁から辺り一帯へと変えた。すると、的中。


「そ奴らは捨て置け」


 下で戦う信太郎へ、鋭く声を通す。

 流石の永の顔にも緊張感が生まれていた。


「鬼はここ以外にもおる。山を降りておるぞ」


 延々と続く一対一は陽動。本命の群れが町を襲うという事だ。

 しかし、何故わざわざ隠す。堂々と初めから襲わせればいい。

 もしかすると信太郎に憎悪を抱かせる為かもしれない。気付いていれば、罠を見破っていれば。その後悔を肥やしに憎悪を育てようとでも考えたのか。

 確かに重く深く胸の内に響くだろう。

 戦慄が走る。そして、必ず止めなければならないと決意する。足を別動隊のいる方向へ向けた。


 が、戦場にも変化が。狙いの看破も何処吹く風とばかりに、笑う辛喰童子は楽しそうに叫ぶ。


枯猪(かれじし)! 濃鹿(こきじか)! そろそろ出たらどうだ!」

「御意ぃっ!」

「はぁあい」


 呼び掛けに応じ、信太郎の前に二体の鬼が躍り出た。

 どちらも他の鬼とは見た目から違う。片や他の鬼より二回りは大きい、筋肉で膨れ上がった鬼。片や細身で女物の着物を纏った、危うい気配を漂わせる鬼。

 名のある鬼は、それだけ力がある。

 追わせまいと立ち塞がるべく現れた強者に、信太郎は警戒を強める。


「辛喰様、見てて下せえ!」


 まずは大きい方が、低く構え、そして爆発的な加速。

 豪快に過ぎるぶちかましに、周囲の鬼も巻き込まれて軽々と吹き飛ぶ。


 信太郎は真っ向から受けてはいけないと、更には大きく避けるべきだと判断。強く踏み込んで横っ飛びする。

 何もない所を通過した大柄な鬼は轟音を立てて強引に止まった。それから空気を揺るがし、吠える。


「何故正面から来なぁい!? それでも武者かあっ!」

「いいえ。私は武者ではありません」

「知った事かぁ!!」


 再びの猛烈な突撃。全く同じ単純な力の解放は、だからこそ対応が限られ厄介だ。

 今度は避けながら反撃をしようと身構えるが、そこに永の声が届く。


「何をしておる、上じゃ!」

「っ!」


 慌てて空を見上げる。が、何もない。

 しばしの困惑の後に騙されたと気付き、やはり慌てて転がるように突進から逃げ出す。安全を確保し、声の出所を睨んだ。

 もう一体の新手は永に化けていた。

 岩へ優雅に腰かけた鬼は妖艶な笑みで語りかけてくる。


「ね。こんな美人はどう? あんな婆臭いの嫌になるでしょおう?」

「いいえ。永は婆臭くなどありませんし、嫌にもなりません」

「つれないのねぇ」


 場違いな会話。暴力的な気配は皆無。

 それが瞬時に切り替わり、刀と爪が交差する。赤い飛沫が派手に舞った。


「酷い人ね。これ、あなたの良い人なんでしょう?」

「あなたは鬼ですので」

「ええい濃鹿!! それは我の相手ぞ!」

「うるさいわよ枯猪。ちょっとくらいは分けなさいよ」


 片方がうるさく叫べば、もう片方はつんと口を尖らせた。

 口喧嘩の様子からすると、大きい方が枯猪童子、永に化けた方が濃鹿童子という事だろうか。

 二体の強者。それぞれ性格は異なるが、目的を優先している。仲間割れはあり得ない。別動隊へ向かうのは難しい。

 力任せの枯猪童子。

 化けて惑わす濃鹿童子。

 どちらにも対応すべく視野を広く保ち、信太郎は挑む。




 一方、永は正面に鋭い目を向けていた。


「……自ら動きはせんのかの」

「ぎははは。首魁ともなれば辛いのだ。下を鍛えねばならんのでな」

「ではわしが鍛えてやろうかの」

「それは困る。あ奴らでは荷が重い。座って酒でもどうだ?」


 まだ警戒は外せない。永は高台に釘付け。

 妖怪の意地の勝負でもあった。




 故に信太郎は孤軍奮闘。

 息も詰まるような睨み合いが続く。


「押し通ります」


 強い言葉を放ち、信太郎は攻めかかる。

 まずはより厄介な枯猪童子。

 分厚い肉体はまともにやれば刃が通りそうにない。


「山の女神よ。どうかご助力願う」


 まずは信仰の加護。突破に必要な力を得る。

 すると即座に、人間離れした風より速い駆け出しで仕掛けた。

 速度と体重を乗せた、上段からの振り下ろし。こちらも基本通りの、力強い一撃。

 その前に、急に永が立ちはだかった。

 濃鹿童子だ。頭では偽物だと分かっている。止まらずに振り切った。だが確かに若干速度が緩んでしまった。

 濃鹿童子の広げた掌を切り裂き、肩を通過し、止まる。偽の永はいやらしく笑った。引き抜きつつ、焦りがあったと歯噛みする。

 その隙に蹴りを食らって吹き飛ぶ信太郎。

 追い打ちをかけようと巨体が突っ込んできた。巨体にそぐわぬ猛烈な速度は瞬く間に迫る。時間の余裕はない。

 急いで体を起こし、刀を盾のように構えた。

 そこに、風切り音。


「ぬぅっ!?」


 枯猪童子の首筋に矢が突き刺さった。分厚い首は致命傷を防ぎ、引き抜いた矢は憎々しげに折られる。効果は薄いが、足は止められた。

 怒り心頭の枯猪童子を含め、場の全員が矢の飛んできた方向に目をやった。


「いやはや。間に合っちゃいやしたねえ」

「残念そうに言うんじゃないわよ!」


 銀之丞、そして宝である。森にいた人々の避難を終えてから無理をして駆け付けてきたらしく、汗にまみれて息も荒い。その状態で矢を命中させたのだから大したものだ。

 心強い味方の登場に、信太郎の顔は自然と微笑む。


「よくぞ来てくれました!」


 局面は次々と変わっていく。

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