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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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十二 嵐の前に鬼と対話す

 山の中腹に構えられた鬼の本拠地。宴の会場。さらにその奥。

 寒空の下、信太郎と永は首魁である辛喰童子と相対する。

 歌えや踊れやの騒ぎは収まり、周囲の数多の鬼は、酒や肉を片手にじっと注目していた。

 居心地は悪いが、信太郎は目付き鋭く鬼の首魁を真っ向から見据える。肩書きに見合うだけの威圧感や存在感があった。笑っていても鬼は鬼。いつ話を止めて暴力を用いるか分からない。


「さ、まずは呑め。遠慮は要らん。客だからな」

「いいえ。お断りします」

「話をするのだろう? そんな態度は感心せんぞ」

「はい、話に来たのです。宴を楽しむ為に来たのではありません」

「はっ。お堅い事だな」


 信太郎への嘲笑を見せつけ、辛喰童子は盃を呷る。

 黙っているが永も手をつけない。ただ蔑みの視線を返している。食欲よりも優先されるものが確かにあるのだ。


 ただ、辛喰童子の盃には角があり色や形からしても頭蓋骨の上部に見えた。奪った鬼の首である。

 信太郎は怪訝な顔で問う。


「先祖の恥辱を晴らすべく取り返したのではないですか」

「ぎはは。何故負けた弱い先祖の為に動かねばならん。弱いなりにそこそこある力を喰らう為よ」


 盃を呑み干せば、そのまま骨の縁をばりばりと噛み砕いた。

 先祖への畏敬は欠片もなく、ひたすらに自分自身だけの為に振る舞う。


「では人への恨みはないと?」

「ある訳がなかろう。己はそんな下らんものなど知らん。ただ楽しく快く、好きなように暴れるだけよ」


 にやり、と辛喰童子は口が裂けたように笑う。

 過去の因縁など気にかけず、傍若無人。それがこの鬼の強さか。


 危険性を承知した上で信太郎は恐れず、動じない。そしてやはり堂々と、人に対するように、問いかける。


「では何故鬼を集め国を造ろうとしているのですか」

「無論我の幸いの為よ。仲間が集まればなにかと助かる。人間とて同じであろう?」

「確かに人間も助け合うべく集まります。しかし暴力で支配する国など受け入れられません」

「ぎはっ。弱き者を暴力で従わせるのは悪行か。それで結構! それを押し付けるのが鬼よ。悪しき化け物よ! 己は堂々と悪を為そうぞ!」


 嘲笑と共に宣言する鬼にはそれだけの格があった。

 恥じる事なく悪を主張。弱肉強食の理屈。

 悪である事に誇りすら持つような態度は強者にしか許されない。到底認められないとはいえ強い信念に変わりはなかった。


 だが信太郎は深く突き刺されたような感覚を覚えた。

 人がどれだけ違うのか。


 かつての、乱世。

 彼が生まれるより過去に、確かに死が満ちる時代はあった。いや今も数が減ったとはいえ、人の悪意は生きている。

 妖怪の被害とは無関係に、それ以上の数が人間の手によって、嘆き苦しみ死んでいる。

 人の罪。残酷さ。

 棚に上げる愚かさを自覚しつつ、信太郎は応える。


「……それは罪であり、罪人は法の下に罰を受けます。確かに妖怪がした場合は罪ではないでしょう。しかし、抵抗はします。やってはいけないからではなく、私達の幸せの為に」

「傲慢だな」

「はい。あなたと同じく」

「ぎははっ。傲慢な人間らしいわ」


 辛喰童子は満足げに笑い、一気に酒を呷った。即座にほたるが空いた盃に酒を注ぐ。

 旨そうに息を吐き、続ける。


「つまらん問答だが、まあ良い。己は呑むぞ。ほたる」

「はい」


 呼ばれたほたるが酌をした。朗らかな笑顔は、自ら望んでやっているのだと伝えてくる。やはり彼女の心は鬼の側にあるようだ。

 だとしても約束があり、自身も救いたいと思っている。


「……その娘をどうするつもりなのですか」

「んん。気になるか? ほたるは良い憎悪を抱えておる。いずれ鬼になるだろう。心配せずとも仲間ならば悪いようにはせん」

「はい、辛喰様! ほたるはそのご期待に必ずや応えます!」


 信太郎は絶句する。

 少女の輝かんばかりの顔が物語っていた。

 本気で鬼になる事すら厭わない。それは人への憎悪の裏返しか。真に辛喰童子を慕っているのか。

 刺激してはまずい。説得は逆効果になり得る。

 鬼への敵意も同様。自身への敵意以上に反応するだろう。

 救う事は、人の手では無理なのか。


「ほ。何が期待に応える、じゃ。そんなもの、遊ばれておるだけじゃろうが」


 永が辛辣な発言を投げ込んだ。

 急激に冷えた空気に、思わず隣を見る信太郎。すると任せよと言わんばかりに妖しく微笑まれた。

 キッとこちらを向き、ほたるは抱えた闇を表に出す。


「……失礼な事言わないで。辛喰様は遊びなんかじゃ……ううん。遊びでもいいの。辛喰様なら」

「下らんの。もうちいと自分を大事にせんか」

「大事にしてるから言ってるの。何も知らない癖に」

「知る訳なかろう。そこまで言うのならば言うてみい。その辛喰様の良いところを」

「じゃあ言ってあげる!」


 永に乗せられ、ほたるは身を乗り出してきた。慕う相手の事となればこうも積極的になるか。永は上手く読んで弱い点を突いているらしい。

 当の辛喰童子は心底おかしそうに、腹を抱えて笑っていた。その前で、ほたるはうっとりした表情で熱く語る。


「辛喰様はね、まず強いの。とっても。その強さで助けてくれたんだから」

「強くて、助けられた、と。ただ村人を殺しただけじゃろ?」

「当然! そうでなきゃここにいないもの」

「ふむ。まあ、人でなし共に囲まれておれば仕方ないかの。それ程酷い奴らじゃったか?」

「辛喰様は酷くない! 素敵な方なんだから!」

「ほおう。それはまた熱い慕いようじゃな。では強さ以外には何が良いのじゃ。それとも他にはないのかえ?」

「そう! 熱く熱くお慕いしているの! とっても素敵!」


 止まらず高速に会話は進む。

 信太郎は深刻な顔で必死に整理する。

 問いと答えが噛み合わない。興奮している精神状態のせいなのか、元の暮らし振りがあまりに酷かったせいなのか。語ろうとしない辺りがそんな想像もさせる。

 ただ、屋敷が襲撃されるまでの旅の間は会話が成り立っていた。環境によって会話の能力が育まれなかったという事はない。

 やはり辛喰童子への思いが彼女を暴走させてしまうのか。芯として居座っているのか。

 救うには、鬼と切り離した上で時間をかけた説得と代わる芯を見つけさせる必要がある。

 だが、それは本当に救えているのか。このままの形が一番の幸せなのではないかと思えてくる。

 その結論は、つまり敵となるという事だ。


「一つ、聞かせてもらいます」

「断りなんて要らないのに。勝手に聞けばいいじゃない」

「では。私達が、ここの鬼達を退治すると言ったら、どうしますか」

「無理よ、そんなの。辛喰様に人間が勝てる訳ない。……でも、もしも、万が一そんな事になったら、わたしもご一緒するわ」


 少女の冷え冷えとした声が届く。本音だ。そう確信させるだけの情念があった。

 細く息を吐き、信太郎は腹を決める。実行するには恨まれる覚悟が必要だ。ならば受け入れるしかない。


 そんな覚悟の表情を馬鹿にするように、鬼の笑い声が響く。


「ふははははっ。それでこそ俺が見込んだ女よ!」

「ああ! なんと嬉しいお言葉!」


 陶酔するほたる。彼女にとっては、やはり鬼こそが理解者であり救い主。

 複雑な思いを胸に沈黙する信太郎と永に、辛喰童子は嘲りの顔を向ける。


「……さて、話は終わりか?」

「いいえ。まだ、あなたとの話は済んでいません」

「おう、そうか。今更何が聞きたい?」

「今の国の規模で満足して頂けませんか。人里への襲撃を止めて下さるのならば、私もこの国には不干渉とするように致しましょう」

「ぎっ、はっはははははっ! そんな話に乗ると思うておるのか。存外に面白い人間よ!」


 大口を開け、豪快に笑い飛ばす。持っていた骨の盃から酒が飛び散り、遂には落として割った。ほたるが甲斐甲斐しく布で拭いている。

 永すらも怪訝な目で見ている。信太郎としても、あり得ない発言だという自覚はあった。


「人間の言葉とは思えんな。そもそもそれは人間の総意か? そうではなかろう」

「はい。私の独断です」

「はっ。ならば何故こんな戯言を宣うのだ」

「被害を無くせるのならば手段は選びませんので」


 妖怪も、退治だけが対処法ではない。

 人間ならば、争う間柄でも、互いが話し合い手打ちにするのはおかしくない話だ。


「面白い。だが、それ以上の利はないな。弱い者に従うなど馬鹿らしい。争いもむしろ望むところよ」

「ならば勝利した後にもう一度問いましょうか」

「我らの戦いはすなわち殺し合いだ。終わった後に問答の機会など、ない」


 笑みを浮かべたまま、物騒な発言。平坦な口調は生き死にが日常の中にある者らしい。

 そしてあくまで穏やかな雰囲気のまま、ゆっくりと立ち上がった。


「面白い話だったぞ。誉めてやる。故に仲間にならんか? 人間のままでも許してやる」

「残念ですが、お断りします」

「そうか。では死体は丁重に奉ってやろうか。鬼を奉れば魔除けになるのだ。さぞかし良い人間除けになるだろう」

「阿呆。わしがさせんわ、そんな事はの」


 永が割り込んだ。凶悪な目付きで睨んでいる。山姥の本性を隠した美人の姿であっても、迫力は十二分にあった。


「戯言だ。人間を奉るなどという恥知らずな真似をする訳なかろう」

「今の時点で恥知らずじゃろうが」


 鋭い罵倒。冷えた声には殺意の響きがある。

 辛喰童子は永をまじまじと見て、首を傾げた。


「山姥。貴様は何故憤っておる。化け物ならば我の言葉にこそ通じるものがあろう?」

「恩返しの為よ。わしの楽しみの為よ。主らのような荒くれ者がおっては、食い道楽が出来んし、堅物の旦那様がお堅いままじゃ。わしらが夫婦らしく睦み合う邪魔をするでない」


 永は強気に言い切った。ふざけた調子はありつつ、しかし真剣な敵意を相手に突きつけていた。

 思いは分かりにくく、人間とは外れた感覚だが、確かに信太郎との繋がりがある。それを大事にしている。

 旦那としてこれ以上に嬉しい事はない。


「ぎはは。夫婦。化け物が夫婦か。ならば致し方あるまい」


 交渉は決裂。残念ながら言葉は尽きた。

 後は、力により解決する時間である。

 辛喰童子は笑みをより深く、より荒々しく、鬼の本性をさらけ出す悪逆の表情で、笑う。


「さあ、皆の者! 次なる宴だ! この者らで、存分に楽しむが良い!」


 首魁の号令に、配下の雄叫びが応えた。山が震えるような声が重々しく反響する。

 臨戦態勢。戦意の圧が山の空気を熱くさせる。

 いつの間にか辛喰童子はほたるを抱えて高台に飛び上がり、高みの見物を決め込んでいた。


「永。苦労させて済まぬな」

「ほ。今更じゃな」


 夫婦は背中合わせに構える。

 苦境の中でも不敵に笑い、鬼の軍勢に立ち向かうのだ。

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