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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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八 反撃の狼煙を高く

 痛い沈黙が場に満ちていた。

 漆然の奮闘。破壊の経緯。壮絶な戦いの報告は鬼の恐ろしさを改めて知らしめた。


 そして、それに並ぶ衝撃的な出来事が、残る者を苦しめる。


「嘘でしょ……あの子が……なんで……」


 顔面蒼白。

 話を聞いた宝は力なく項垂(うなだ)れている。気の強さはすっかり影を潜めていた。

 悔いや哀しみもあるが、なによりも不可解が勝った。


 そんな状態も気にせず冷たく答えるのは、やはり永だ。


「なんでも何も、人が憎いからじゃろう」

「なんで? 鬼に滅ぼされた村の子なんじゃないの?」

「見て分からんかったかの。傷だらけじゃったろうが」

「鬼から逃げる時の傷でしょ? それがなんなのよ」

「阿呆。鬼にやられたのならあの程度で済まんわ。あれは人がつけた傷じゃ」


 目を見開き、息を呑む宝。程度の差はあれど他の者も同様。曇った顔が並ぶ。

 永の推測が真実なのだと納得してしまった。嫌な沈黙が場にどんよりと溜まる。


 人が人を害する。

 そんな話は何処にでも幾らでも転がっている。それこそ、妖怪がする以上に、人は残酷に成り得る。

 話を聞くに、ほたるは鬼の首魁に対して非常に好意的だったという。屋敷での姿とは別人のように、感情を隠そうともせずに振る舞っていたと。

 それは、地獄から救われたからだろうか。


 長い黙考を挟み、宝は永を弱々しく問いつめる。


「……ねえ、いつから? まさか最初から気付いてたの?」

「無論最初からよ。見れば分かるじゃろう。まあ、鬼に味方するとまでは思っておらんかったがの」

「……そう。私の目が節穴だったっていうのね」

「いや、小娘はようやっておったと思うぞ? 懐いておったのは演技ではなかろう。人がどれだけ憎くとも主だけは見逃してくれるやもしれん」

「そんなの、どうだっていいわよ……!」


 勢いよく顔を上げる宝。

 永を正面から見据える、その目付きは気の強さを取り戻していた。


「もう決めた! 今度こそあの子を助ける!」

「ほ。我が儘じゃの。鬼の仲間の方が幸せかもしれんぞ。あの憎悪なら鬼になると期待されておるじゃろうし、悪い扱いはされんじゃろ」

「そうだとしても! ……わたしは、諦めないから」


 宝は強気に言い切った。静かな決意の中には強固な覚悟。顔付きに最早幼さは見えない。

 お節介も過ぎれば害。他人の望みは他人には分からない。幸せの形も数多い。

 それでも助ける、とは傲慢な考えかもしれない。

 それでもこの思いは好ましいと信太郎は思う。


 それに、ほたるの事を抜きにしても、元から選択肢は一つだ。

 鬼の軍勢は放置出来ない。このままでは被害が大きくなるばかり。

 人と鬼が分かり合う事は難しい。正にそれをしている少女を引き離すのは忍びないが、より多くを救う為には厳しい手段をとらねばならない。

 せめて後の幸せを願い、手を尽くす事で償うしかないだろうか。


 更に熱く、身を乗り出して宝は永に詰め寄る。


「さああんた、鬼の場所は!?」

「ふむ。確かに先祖の首とやらで気配も濃くなったがの。少々遠過ぎるようじゃ。細かく追えはせんの」

「なんとかしなさいよ!」

「いえ、推測は出来るかと思います」


 横から口を挟む信太郎。宝とは対照的に、あくまで穏やかな調子。

 使命感は揺らいではいない。

 冷静に、すべき事を為す。

 これまで聞いた話から整理した情報を、滑らかに口にする。


「先祖の首を狙い、国を造ると豪語する。話を聞く限り、鬼の首魁は鬼の歴史に拘っているのでしょう。でしたら、やはり本拠地にも拘りがあるのではないでしょうか。温羅(うら)大嶽丸(おおたけまる)、名のある鬼は数多いですが、この都に近い土地ならば」

酒呑童子(しゅてんどうじ)。大江山ですか」


 信太郎の言葉から青次が引き継ぎ、重々しくその名を口にした。


 酒呑童子。

 かつての鬼の首魁。軍勢を率いて都を襲い、恐怖と死を撒き散らした災厄の鬼である。

 源頼光らにより討伐された話が有名だ。

 その伝承によれば、都の北西に位置する大江山に城を構えていたという。


 草薙衆としては当然の知識。故に、青次はわずかに怯えた表情で問うてくる。


「待ってください。となると、次の狙いは都ですか?」

「勿論そうと考えられます」


 信太郎は意識的に落ち着いて答えた。静かな中に周りの息を呑む音がよく聞こえる。


 都への襲撃。

 相手が何処まで拘るのかは未知数だが、もし的中してしまえば最悪の未来だ。

 この屋敷の惨状が、より大きな形で世に現れてしまう。


「……急ぐ必要がありますが、今居る人数では厳しいでしょうか。各地からの援軍もまだ時間がかかります」

「我々だけでなく武士の方々にも協力して頂きますか」

「……この件を報告はしますが、都の防衛に専念する事になるでしょう」

「そうですね。戦力は離せません」


 草薙衆は武家組織とはあくまで協力しているだけの立場だ。狙いが都だという事も推測。打てる手は限られる。

 絶望的。悪かった場の空気が更に淀む。


「わしらなら頭数が少なくとも良いぞ?」


 そこに空気を壊すような永の発言。あくまで飄々と、自然に、無茶な案を出す。


「鬼を相手に恐れる訳にはいかん。攻めこんで見せるのも悪くなかろう。のう旦那様」

「む。まあ、主とならばやぶさかではない」

「……正気ですかい? 相手は軍勢ですよ? しかも首魁はこんな大穴を作っちまうような奴だ」


 当然のように受け入れた信太郎。

 そんな夫婦に、銀之丞の苦言。理解不可能な何かを見る目をしている。実際他人には立ち入れない考えだろう。

 永は小馬鹿にした笑みを浮かべる。


「ほ。わしは山の女神じゃぞ。人の理で量るでないわ」

「女神様だろうと負ける時は負けるでしょうよ」

「ご安心下さい。もし敗北しようと、各地の草薙衆が集うまでの時間稼ぎにはなるでしょう」

「いやいやいやいや、犠牲精神なんて止めて下さいや。普通に到着を待ってからでもいいでしょうよ」

「それ、私も乗るわ!」


 銀之丞の言を無視し、大きな声で信太郎達に同調する宝。苦い顔が向けられた。


「お宝サン。無茶を言うもんじゃ……」

「さっき言ったばっかりなのにもう忘れたの? 私はもう決めたんだから」


 宝は凛々しく発言する。芯の強さを感じさせる声から、普段の調子を取り戻せたのだと窺える。

 銀之丞は深い溜め息を吐いた。説得は潔く諦め、助けを求めるように尋ねる。


「どうしますよ、青次殿」

「……無謀に過ぎます。しかし都に被害を出す訳には……」

「いや。犬死にを許す事は出来ない」


 急に割り込んだ太い声。

 全員が驚きに声の元を見れば、なんと漆然が目を覚ましていた。

 寝たままの体勢であり顔色も悪いが、気力で声を張っていた。


「漆然殿!」

「頭領!」

「むお。これは頭に響く。……が、丁度いい気付けだ。もっと騒いでくれ」


 おどけた様子で笑う漆然。弱気は全く見えない。重症にもかかわらず毅然としていた。

 周囲の雰囲気が明るくなる。

 非常に喜ばしい。信じ難い事態だが、これが上に立つ者としての強さか。


 ただ永だけは不機嫌そうに口を尖らせた。


「なんじゃ。わしらが犬死にするとでも思っておるのかえ?」

「ああ。辛喰童子と直に対面した上でそう判断した」

「ほう? まあ、その奮闘振りに免じて無礼は許してやるかの」

「はは。それは有り難い」


 惨状とは似つかわしくない、気の合う会話。

 あえてこのような振る舞いで和ませ、健在振りを誇示しているのだろう。永は考えていないだろうが。

 その漆然が目を鋭く細めた。声に真剣味が乗る。


「戦には戦略が必要だ。だが我々は武士ではない。相手もそうだ」

「ふむ。当然の話じゃの。妖怪に人の戦の常道は通用せん」

「ああ。故に、必要となるのは妖怪退治の常道だ」


 漆然は語る。

 酒呑童子も力押しで勝利した訳ではない。

 神仏の力を借り、酒を呑ませて討ち取ったのだ。

 強大な妖怪相手には、より強大な力を用いるか、弱点を突かねば人は容易く負けてしまう。

 それは永、妖怪同士であっても例外ではない。蛇と百足の一件でも実感している。手があるのなら躊躇いなく利用する。


 漆然は上半身を起こし、不自由な状態なりに礼儀を正して言った。


「あなたはまだ女神としての格が足りない。我々がそれを補おう。そして、改めてその力を貸してもらいたい」

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