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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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五 火種は何処へ飛ぶ

 天からは雲を通した淡い陽光が降ってきていた。冷えた風が下草をそよと揺らし、枯れ葉を落とす。高い山の上では既に冬の気配が感じられた。

 そして、荒事の気配も、また。


「南無八幡大菩薩」


 山中の木々に隠れつつ、草薙衆は祈る。短い間に集中し、願いと信仰を込め、力を借り受けた。

 目を開け、銀之丞と頷き合う。

 彼らの視線の先には、鬼。車座になって座り、何処かの農村から奪ったであろう牛を豪快に食らっていた。

 闘志を促す一呼吸。

 それから宝と共に音もなく駆け出した。速く、かつ静かに。他者に気取られない技術をもって、目標に接近していくと、やがて背後から放たれた矢が追い抜いた。


「グガアッ!」


 一番手前、背中を向けて座っていた鬼の後頭部に確と命中。

 深々と突き刺さり、前へぐらりと傾く。しかし、やはり頑丈で、倒れない。首だけで振り返り、敵意が燃える瞳で睨んでくる。

 だから即座に、追いついた信太郎が切りかかる。肩口から腹にかけて真っ直ぐの一撃。深い傷に、今度こそ鬼は倒れ伏す。

 他に数は四。呻き声によって気付いて臨戦態勢をとったが、その頭部に次々と矢が刺さっていく。

 怯むのは一瞬。すぐに立て直されてしまう。そのわずかな隙を逃さず、二人で攻勢をかけた。

 宝は薙刀を軽々と振り回し、鋭く切り払う。鬼の肉体にも通る、流麗な技。初めは回転を活かして舞うように切り刻み、次の鬼も振り上げた腕が降ろされる前に切り飛ばしていった。

 信太郎は一刀両断。鬼にも負けない、力強い気迫で仕留める。一振り毎に高い風切り音を響かせていく。闇雲に突進してきた鬼は右に避けすれ違いつつ、胴を薙いだ。

 そうして三人の連携により、反撃もろくにないままに制圧した。後には鬼と牛だったものが残るばかり。

 相手は複数の集落を滅ぼした残虐な鬼なれど、地獄行きは同じ事。信太郎は手を合わせ、冥福を祈った。


「さて、ここらは終わりましたかね」

「はい。気配はありません」

「さ、次に行くわよ。どっち?」

「ふむ。こちらの方じゃの」


 一行は集まり、手早く体や得物の確認と鬼の検分を済ませると移動を始める。

 先程は眺めていただけの永だが、山中は山姥の縄張り。誰よりも優れる察知能力を活かしているので不満はあがらなかった。


 朝方に出発した先遣隊は順調に役割を果たしていた。

 山中を巡り鬼を発見次第、討伐。

 今のところは上手く先手を打てている。息を潜めて鬼の痕跡を探し、追う。皆その手の行動には慣れていた。

 とはいえ山の奥地。人ならざるモノの領域。

 意識していなければ鬼を探すどころか迷ってしまう。精神力、集中力の維持が問題となる。また寒くなる気候も難敵であり体力が削られる。

 あくまで今が上手くいっているだけ。油断しないよう、緊張感を保つ。


 無人の赤く染まった集落を通れば、荒らされた畑や穴の空いた家屋に鬼の姿があった。

 森の中には獣の死骸がちらほらと見つかり、捜索の手がかりとなった。

 それらを見てきて思うのは、河童の長や太紋といった例とは全く異なる、という事だ。

 憎悪によって動く存在ではなく、単なる獣、化け物。そんな印象が強い。

 鬼の軍勢には憎悪により変じた者もいるらしいが、この日遭遇したのは、恐らくどれも生来の鬼。対話を試みてみたが、まるで通じなかった。馬鹿にしたように笑うばかり。

 深手を負わせても逃げようとせず、最後まで殺意を剥き出しに抵抗してくる。命を取らねば取られる、死地の連続だった。

 これだけの数を何処からどうやって集めたのか。


 幾度か戦闘を繰り返した後、安全を確保した上で休憩にする。崖際で反対側は見晴らしが良く、奇襲がすぐに把握出来る場所だ。

 笹の皮にくるまれた握り飯。漬け物。水。警戒をしつつ食事をとる。

 案の定、質素な内容に永が不満を漏らした。警戒から火も起こせない。なんとかアケビを見つけられたのは幸運だった。

 そんな場違いな空気の中、地図を広げて確認する。


「もう少し西に集落がありますね。大丈夫でしょうか」

「ああ、そこは既に避難してますよ。ここら一帯に人はいません」

「ならば安心です。しかし、だとすれば鬼は何故この辺りにいたのでしょう」


 信太郎は疑問を投げかける。

 戸惑いは今日これまでの道行きで常にあった。何かがおかしい、と。

 銀之丞も同じく不可解だったようで首を傾げた。


「これより奥に集落がないってのは分かってるはずですしねえ。かといって里まで降りようとしてる訳でもなかったような」

「鬼は元々この辺りには居なかったのですよね?」

「当たり前でしょ。もし居たらとっくに鬼の国が出来てるわよ」

「では、首魁から待機の指示が出ているのでしょうか。やはり何故か、という疑問は残りますが」

「ほ。そんなもの決まっておる。主らの屋敷が狙いなんじゃろう」


 永がなんて事のないように断言。

 すると真っ先に宝が顔色を変え、叫んだ。


「なんでよ! 屋敷には子供達もいるのよ!」

「ほ。だからじゃろうよ。鬼殺しが群れていようと、まあ鬼ならば気にせん。恐がるより、恐がらせるのが本分じゃからの」

「……戻りましょうか」


 屋敷を案じた信太郎の提案。顔は曇り声も低い。心配が募る。

 しかし銀之丞は毅然と反対した。


「いや、このまま各個撃破していきましょうや。それが屋敷への助力に繋がります」

「分かりました。しかし屋敷に報告はしておきましょうか」

「頭領はそれも予想出来ん程無能なのかえ?」

「……ま。それはそうね。想定はしてるんでしょう」


 漆然を思い出し、落ち着いたのか、宝が若干強張りが緩んだ顔で言った。評価の高さが安心感を生んだのだろう。

 襲撃の準備が整う前に、戦力を削っておく。それが初めから彼らの役目だ。

 防備なら任せられる。各地から到着すれば人員も増える。

 となれば、方針は定まった。


 再び地図に目を落とす。

 現在地は屋敷から真北の方角。鬼の位置を予想する。


「これまでの報告によれば、拠点の位置は分からないまでもずっと北西らしいんですよね」

「だったらそっちに向かう?」

「それが良いでしょうか。しかし集団でなく分散している意味はなんなのでしょう」

「撹乱、陽動……こっちも分散させたいんじゃないの?」

「考え過ぎは毒になるぞ。相手は鬼じゃ。好きに暴れさせておるだけやもしれん」


 永の意見は妖怪視点として参考になる。真面目に取り組んでくれる辺り、信太郎に仕方なく付き合うという感じではない。今回の件は彼女にとっても解決すべきもののようで、有り難い。


 闇雲に探すのはどうしても効率が悪い。そこで食べ物が豊富な場所に絞る事にした。食らうのが鬼の本能である。

 集落跡の畑、動物の生息する地点などをあげていく。


 だが、折角の絞り込みも、その必要はなくなってしまった。


「っと、作戦会議は中断にするしかないですかね」

「喋ってないでさっさと構えなさい!」


 立ち上がり、食事も地図も放って武器を取る。

 姿は見えないが、木々の向こうには、濃厚な殺気。

 鬼の襲来である。今度は先手を打たれてしまった。

 先を見つめ四人が身構える。

 徐々に見えてきたその数は、とりあえず八。他にもいるだろうかと、念の為に警戒は残しておく。


 目配せし、準備を確認。

 銀之丞の矢を先頭に、二人が木々の間を駆け抜ける。


「せい!」

「やああっ!」


 矢に動きを止めた鬼に、刃。肉を引き裂き、血飛沫が舞う。黄色い銀杏を赤く色づける。

 倒れる仲間の怒りに燃え、鬼からの反撃。

 豪快に振るわれる腕は人間の体など容易くへし折る。緊張感の中で冷静に見極め続けなければならない。

 左右に分かれ、死角を補い、付かず離れずの間合いを意識。宝が広く纏めて薙ぎ払えば、すかさず信太郎が前に出てとどめの一太刀。更に切り返して二体目を下したところで、素早く屈んで薙刀の軌道を空けた。血の香る風が頭上で唸り鬼に呻きをあげさせる。

 しっかりと連携が活きていた。


 そこに永も加わった。神出鬼没の早業で離れた位置の鬼を爪で引き裂き、おかめの面に返り血を浴びる。


「ほれ、旦那様。妻の力は助かるじゃろう?」

「済まぬ。大いに助かるとも」

「ふふ。のう鬼ども、醜いとは思わんのかえ」


 笑いながら放たれた永の投石が、樹上の鬼に命中。ひっくり返り、その隠れていた姿が露になった。

 追加が更に五体。

 その確認に気をとられて反応が遅れた。攻撃を無理に避けた不安定な体勢では攻め込めない。防戦一方。

 だが永の手により余裕が生まれた。鬼を投げ飛ばして妨害したのだ。この間に呼吸と姿勢を正し、お手本のような袈裟懸けを浴びせる。

 攻撃を見切り、弾いて、斬る。それでも両手を揃えて叩きつけられれば地面が弾け、枝葉や石が凶器となって負傷してしまう。重い踏み込みは大地を揺らして体勢を崩してくる。油断は出来ない。


 こちらには心強い八幡神と山の女神の加護がある。痛みを呑み込み、踏ん張って目の前の敵に立ち向かう。

 矢が刺さってもお構いなしに暴れる鬼も、横合いから首を切り離せば止まる。圧と豪腕には間合いの利を存分に活かした。

 怒号。破壊。荒れ狂う鬼は最後まで鬼として痕跡を残していく。

 終わった時、そこは一面が赤に染まる場所となっていた。


 受けた負傷は軽くはない。祈り、それぞれに手当てをしつつ、再びの作戦会議。


「流石に暴れ過ぎましたかね。警戒心を高めちゃいましたか」

「ここからが本番ですか。気を一層引き締める必要がありますね」

「仕方ないわね」

「いんや。これは前座じゃろう」


 疲労が濃い三人の話に、一人知っているような物言いで永が割り込んだ。傷一つなく余裕のはずが、妙に不機嫌な顔つき。

 信太郎は問い質そうと口を開きかける。


 その時。

 遥か遠くから、音が轟いた。地震かと思う程、大地が揺れる。鬼の襲撃より恐ろしい何かが起きた。

 麓が、そして朝に出発した地点が、その発生源。


 嫌な予感に突き動かされ、屋敷の敷地がある方角を見やる。


「これは…」

「まさか」

「なんで、どういう事なの!?」

「来おったようじゃな」


 遠く離れていても見える、高く舞い上がった土煙。それが屋敷のあるはずの場所を覆っている。

 考えるまでもなく、鬼の仕業。惨劇の気配があった。

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