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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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四 見守るは守護の童子

「出立は明日。今日のところは準備してくれ。欲しい物は言ってくれれば都合しよう」


 漆然はそう話を締め括った。

 手厚い支援。これまでと比べれば天と地の差がある。有り難い。永が無茶を言わないかとの心配はあるが、それを抑えるのは自分の役目だ。

 自分達は恵まれ期待されている。その重さを自覚し、応えなければと胸に刻む。


 そういう訳で現在、信太郎達は賑やかな空気の只中にいた。


「おいしい!」

「もっと食べたいよー」

「こらこら。大人しくしなさい」

「ははは。俺のならいいから食べなさい」

「私にも頂けますでしょうか」

「……ここは大人しくしておけ」


 日も落ちた屋敷の夕食時。広間にて。

 草薙衆も避難民も、皆揃って食事を味わっていた。

 麦飯、漬け物、汁物、煮物。どれも確かに手間がかけられている。敷地内に畑があるらしく、今のところは量が不足するという事もないらしい。

 食器類の付喪神がちょこまかと動き回っており子供達は興味津々。大人が(たしな)める場面も多かった。

 罪人も追われた者も戦いに臨む者も、あらゆる者が混ざっていて、かつ平穏。人々が満足し、温かくなる光景であった。


 ただ、来たばかりで慣れない様子のほたるは距離を置いていた。顔は暗く、気は沈んでおり、箸も進みが遅い。心配している宝が今も付き添う。


「ね。お腹いっぱいになるまで食べていいんだよ」

「うん……」


 声だけでなく、存在そのものが消え入るような弱々しさ。

 やはり傷が深く、時間が必要か。あまりじっと見ていても怖がらせてしまうだろう。

 だから二人きりが望ましい。信太郎はちょっかいをかけにいこうとしたやんちゃな子供を押さえた。


「食事中に立つんじゃない。はしたないぞ」

「えー、なんだよー」

「こら、迷惑かけないの。お騒がせしました」


 すぐに気付いて、大人が引き取り連れていった。親、ではなく、ここに来て知り合ったばかりの間柄らしい。

 鬼から助けられた人数は僅かだ。家族が揃っている場合はまずない。皆が死と恐怖と孤独を内側に抱えている。

 温かな平穏。しかし一歩引いて見れば、そこかしこに色濃い影がある。この世とは、平穏がいつ引っくり返るか分からない不安定なものなのだ。




「さて、何処から回りましょうかね」


 食事の後はいよいよ準備にとりかかる。

 満足した子供達はすっかり大人しい。静かになった屋敷を銀之丞が先導していく、その背中に信太郎は後ろ向きな声をかけた。


「申し訳ありません。あなた方まで危険な役目を負う事になったようで」

「ん。気にしなさんな。ま、こんなおれでも草薙の一員なんでね。危険は最初から百も承知なんですよ」


 真剣な言葉にも銀之丞はあくまで飄々と応えた。そんな態度から本音が垣間見える。外には見せないだけで、内には強固な覚悟がある人物なのだろう。

 先遣隊は四人。銀之丞と宝は引き続き同行する。

 宝は危険な役割よりも、ほたると離れる事の方が心残りのようだった。だが他にも信頼出来る大人はいる。渋ってはいたが最後には任せる事になった。

 今いないのは別れを惜しんでいるからだ。皆そこに異論はない。


「武具は必要ですかね。なんせ時代だけは古いんで、名匠の作もあるんでさ」

「興味はありますが、不要です。既に名刀は持っていますので」

「わしが要る訳なかろう」

「そりゃあ確かに」


 銀之丞がまず案内した先は武具庫だった。数々の妖怪を討ち果たした草薙衆の、これまでの戦果を支えてきた武具が並ぶ。

 武具そのものにも覇気が宿っているように、見ているだけで呑まれそうになる。伝説に残る代物もあるのだろうか。

 ただ、有り難い支援の一つだが、信太郎は惹かれない。滝姫から賜った得物はしっくりと手に馴染んでいるのだ。今更替えはきかない。


「んじゃあ俺だけですね。といっても、手入れは必要でしょう。職人を後で紹介しましょうかね」

「有り難う御座います」

「いちいち言いなさんな。それじゃ、すぐ見繕ってきやすよ」


 言葉通りに速やかに武具庫から弓矢や防具を持ち出してきて、銀之丞は足早に廊下を進む。


「さて、後は何がありましたかね。薬に保存食……」

「不味ければ要らんぞ。美味い物を持ってくるんじゃな」

「贅沢言わんで下さいや……」

「山菜ならば新鮮で美味い物が採れるだろう」

「じゃからすぐに世捨て人になろうとするでないわ」


 少々おかしな、いつも通りのやり取りを交わしながらも、屋敷の各部屋を回って準備していく。

 地図。資料。周到にしておいて損はない。一歩の遅れが命取りになり得るのだから。

 信太郎からも提案する。


「立ち回りや連携の確認もしておきましょうか。鬼の軍勢が相手となれば、少数の私達にはそれらが肝要です」

「ま、異論はありませんや。お宝サンも呼んできましょうか」

「そうならわしは抜けるぞ。化け物の動きに合わせられんじゃろ。月でも眺めておった方が有意義じゃ」

「だから目を離せらんないんですってば。外に出てやりゃあ、月も見えるでしょうよ」

「ふむ。ならばよいかの」


 穏便に永を納得させ、銀之丞は胸を撫で下ろした。扱いがややこしいのは己にも責任もあるだろうかと自問しつつ、信太郎は真摯に謝っておいた。




 他の準備を終え、屋敷の庭に出た一同。

 既に空は藍色に染まっている。宵の初め。永のお望み通り、雲の狭間に月が浮かんでいる。

 庭は普段から修練に使うようで、広く整備されている。

 信太郎と銀之丞、呼んできた宝が並び、永とほたるは縁側に腰かけている。


「いい!? 怖がらせるんじゃないわよ!」

「それをわしに言うのかえ? 童すら怖がらせられんとは山姥の名折れじゃろうが」

「大人しく折れときなさい!」


 女の口喧嘩が盛り上がる。男達は口を挟めない。

 何故ほたるまでここにいるのかと言えば、どうやらほたるの方が駄々をこねたらしい。すっかり懐いているようで微笑ましい。


 だが今は庭の奥をじっと見つめていた。集中して見定めるようで、今までとは雰囲気がまるで違う。

 気になって信太郎は視線を追った。


「祠、ですか」


 その祠は庭の一角に、木々に囲まれるようにして在った。丁重に扱われ、敬われているのが見てとれる。


「童子様の祠ね。屋敷の守り神よ」


 宝がさらりと応えた。

 話を聞くと寺社に奉られるような神仏ではなく、独自の民間信仰のようだ。確かに強い加護や魔除けの力があり、草薙衆の信仰を集めているのだとか。由来も含めて大いに興味が湧く。


「出立前にしようと思ってましたがね、今の内に武運を祈りましょうか」

「はい。あなた方の守り神というなら否とは言いませんとも」


 信太郎は祠の前で手を合わせた。

 鬼との戦いに身命を懸けて挑むので、どうか屋敷の無力な人々の平穏を守る助力を、と。

 ただ、なにやら永は蔑みの気配を漂わせて笑っていた。


「ほ。守り神。あれがかの」

「何? 文句でもある訳」

「なんじゃ、気付いとらんのかえ。ふふ。程度が知れるの。もうちいとばかり主らの記録を活用すると良い」


 永は口元に手を当て、浮かべる笑みを深くした。単に知識不足を馬鹿にするようであり、それでいて思考を促すようにも思える。嫌がらせと助言が気紛れに入り交じるのは妖怪の性質故なのか。

 ただ、信太郎にも何に対しての発言か分からない。妖怪としての感覚がなにかを捉えたのか。それとも単に守り神への敵対意識のようなものか。

 聞けば早いのだが、その前に宝が声を張り上げた。ほたるとの時間が待ちきれないのだろう。


「もういいでしょ! ほら、さっさと終わらせるわよ!」

「はい。始めましょう」


 それぞれに得物を構える。

 信太郎が刀、銀之丞が弓矢、宝が薙刀。どれも一流の腕前だ。

 手合わせをし、互いに実力を把握。敵を想定しての実践形式のような形で動きを確認。

 やはり集団での戦闘は慣れており、滞る事はない。信太郎にも適切に合わせてくれる。体が滑らかに動き、綺麗に繋がる。

 目配せや合図を決めれば、更に一体感は増す。本番でも成功する保証はないが、心配無用と思える。

 改めて頼もしく感じ、信太郎は鬼が相手であっても遅れはとらない、と自信が溢れるのだった。


 ただ、その様子を眺める不穏な色を湛えた瞳には、気が付いていなかった。

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