三 化け物殺しは化け物を信ずる
「ふうん。思うたより地味じゃな。大層な名でありながらあまり儲けておらんのか」
「当たり前だろう。稼ぎよりも、世を守る事こそが使命だ」
「奇特な人間がこの世には多いんじゃの。人間なんじゃから、もっとがめつき、己の利を考えれば良いものを」
「信念にがめつくのもまた人間だ。これはその結果なのだろう」
永が期待外れを隠そうともせずに半眼で眺め回せば、信太郎はいつも通りに苦言を呈する。相変わらずのやりとりは流れるようで、文句を言った建物が何かなどまるで気にしていないよう。
同行してから六日程度。今やすっかり慣れたのか、銀之丞達もいつものやつかと黙して終わりを待っている。日差しは柔らかく、まだ過ごしやすい気候であるのも急ぐ気にならない要因か。
五人の旅はひとまずの目的地に着いた。
すなわち草薙衆頭領の屋敷。
都にも近く、通りがかりに立派な建造物を幾つか見てきた。しかし目の前の屋敷は質素どころか、修繕が必要な程に古い。永の言う通り、立場ある人間の住まいには見えないだろう。信太郎としてはむしろ好感が持てるのだが。
「まあ、食い物と寝床ぐらいは期待出来るじゃろうから良しとするかの。ほれ、さっさと門を開けんか。時間の無駄じゃろう」
「散々時間食ってたあんたに言われたくないんだけど?」
「やれやれじゃな。化け物殺しを生業にしておきながら、止めもせず指を咥えて見ておるだけだったのではないかえ。程度が知れるというものよ」
「はあ!?」
宝の正当過ぎる言葉にも永は何処吹く風で反撃。悪びれない妻の代わりに信太郎は謝っておいた。
だが宝は宝でほたるに大声を出してごめんねと視線を合わせて謝っていた。熱くなっても少女が第一なのが徹底している。
未だ門の前から進まない。
じゃあ俺の役目ですね、と銀之丞が呆れた風に前へ進み出る。
そうして内へ声をかけようとしたところ、その前に門が開いた。
「にげろー!」
真っ先に弾ける元気な声。門からは数人の子供がはしゃいだ様子で飛び出してきた。遊び盛りの年頃で、ほたるよりもずっと幼い。
急な出来事に一同は面食らったが、外へ駆けていくのは危険だと判断。信太郎は立ち塞がって止めた。
「待つんだ。外は危ないぞ」
「なんだよー」
「じゃまするなよー」
子供達は口を尖らせ一斉に抗議してくる。ひたすらに賑やかで元気がいい。大人としては困るが、そのくらいで丁度良い。
ただ、あまりの力強さに怯えたか、ほたるは青い顔で宝の影に隠れ着物にしがみついている。年下相手であっても性格的に苦手なのかもしれない。もしくは、勢いに惨劇を思い出してしまったか。気付いた宝が強く抱き寄せていて、それが救いになればいいと思う。
そちらは任せ、門からの子供達を抑えつつ、彼らについて銀之丞に尋ねる。
「避難していた方々ですか。明るいようでなによりです」
「ああ、まあ。前は酷く暗かったんですけどね。離れてた間にこうなったようで」
「こちらの方々による尽力の賜物でしょうか」
「こうまでくると手がかかりやすがね」
「ははは。いや、済まんね。少しやり過ぎたか」
二人の会話の中に、落ち着いた渋い声がゆったりと響いた。信太郎を含め全員が揃ってそちらを見る。
現れたのは、禿頭の偉丈夫。
鍛え上げた肉体は剛健で、一目で分かる達人の佇まい。それでいて穏和に微笑んでいる。強者の威厳と子供にも好かれる優しげな雰囲気が両立している。
恐らくは、彼こそが頭領。
その予想が正しいと示すように、銀之丞と宝はぴんと姿勢を正した。
「漆然様。申し訳ありません。御挨拶が遅れました」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「ん、構わんさ。楽にしてくれ。それより……」
掌をひらひらと振って部下に応じ、そしてじっと永を見た。
あくまで穏やかに、しかし揺るぎない瞳で向き合う。永も目を細めて相手を見定めようとしており、場が緊張する。
「銀、お宝。お客人と話したい。代わりに童らを見ていてくれないか」
「畏まりました」
「慎んでお引き受け致します」
「はは。だから俺は貴族でも武家でもないんだ。そんな態度はいいってのに」
「いいえ。そういう訳には」
銀之丞と宝はあくまでも敬意を表す。それだけ崇敬の念が強いのだ。漆然の人となりが見えてくる。
だから二人も素直に子供と遊び始めた。慣れているようなので以前からよく面倒を見ていたのか。
その様子を確認し、漆然は門の内へと入っていく。
「案内しよう」
「化け物と罪人に背中を見せても良いのかの」
「お二人は客人だ。警戒など必要ない」
永の挑発めいた物言いにも、不動。大きく頼もしい背中で雄弁に語っていた。
屋敷の中は古い印象の外観よりもしっかりしていた。
まず雰囲気が良い。華美さはなく、人が使いやすいような造り。廊下も傷などなく丁寧に磨かれている。
案内の途中、様々な人々を見かけた。草薙衆に、避難民。時に窮屈そうな程、人の数は多い。
皆が朗らかに話しかけてきて、その度に漆然への信頼を実感する。予想していたような信太郎達への否定的な視線もなく、時間はかかったがすんなりと漆然の部屋に着いた。
頭領と夫婦が向かい合う。茶と菓子がお盆に手足の生えた付喪神によって出され、永は喜んで手をつけた。
「贅沢じゃの。あれだけ多くの人を抱えておるのに、けしからん」
「無論彼らにも出しているとも。皆喜んでいたが、あなたの口にも合うだろうか」
「む。なかなかの美味じゃぞ。主は己の目と舌を信じればよい」
「ははは。それはなにより」
饅頭を頬張る永は確かに満足げであり、漆然もまた己の分を美味そうに口にする。
敵対する立場のはずの二人だが、この様は談笑といっていい。
本題に入る前に、警戒心を緩めるのが目的だろうか。
「そう身構えなくていい。俺は君達を罰するつもりはない」
心を読まれたように、先手を打たれた。
信太郎は少しばかり動じつつも、礼をもって返す。
「失礼致しました。では、私共を呼んだ理由はなんなのでしょうか」
「皆を守る為に君達の力が必要だからだ」
真っ直ぐに目を合わせ、きっぱりと告げてきた。
確かな信頼。確定した事実のように語る。
何故、と信太郎が言う前に、漆然は応えた。
「自覚がないようだからはっきり言うが、君達はこの国の中でも強者だ。山姥、河童、人魚、蛇と百足……調べて驚いた。俺達でも難しい件をも解決している。手放すには惜しい人材だ」
惜しみ無い称賛、評価。
確かに今までに関わった事件には規模が大きいものもあった。我ながらよく生き残ったとも思う。強者と言われればそうなのだろう。
しかし信太郎は否定する。
「嬉しいお言葉ですが、だからといって罪は帳消しにはなりません。他の者に示しがつかないのではありませんか」
「ああ、それはその通りだ。だから財産、支払うべき報酬を減額しよう」
「……軽過ぎます。只働き程度で納得するものでしょうか」
「はは。やはり自覚が足りない。君達が果たした功績を考えれば十分に重い。それに、罪があるのは君達だけじゃない。俺も、誰も彼も皆がそうさ。数え切れない程の化け物を殺してきた。数え切れない程の人々を見殺しにしてきた。だから俺達は寺社の下についているんだ」
重い考えを、漆然は穏やかな笑みのままで言い切った。
強い信念。深い覚悟。大きな存在として圧倒される。
思わず自問自答する信太郎。
いずれ地獄へ落ちる人でなし。
そう言う自分は果たして、口先だけではないのか。
と、その隣で永が、惚けたように重い空気を断ち切る。
「わしは人の罪や罰など知らんがの。そんなもの気にせず、好き勝手に生きて楽しむのが妖怪じゃ」
「ああ。妖怪にまで強いるつもりはない。だが……罰や償いでなく、恩返しならば話は別だろう?」
「……ほ。よう分かっておる。饅頭の分は働いてもよいかの」
口元に手を添え、微笑む永。
存外、この組み合わせは相性が良いのかもしれない。信太郎としては妙に複雑な気分だった。
「納得してくれたか。では説明しよう……昨今暴れている鬼について」
漆然の声に重量と威厳が乗る。
「斥候をしてくれた皆の働きにより、近頃鬼の活動が増えた理由は分かってきた。新たな首魁の誕生だ」
「鬼の首魁、ですか」
「ああ。集団は過去伝説に残るような規模になりつつある。首魁は辛喰童子と名乗っているらしい」
鬼は単体から少数で現れる話が多く、中には人に福をもたらす場合もあるが、集団を成せば英雄譚の敵手だ。
中でも有名な伝説といえば、酒呑童子。源頼光らによって退治されたが、その再来というのか。
事態の重大さに息を呑む信太郎。
「その目的は鬼の国を造る事だという。より多くの鬼を集め支配し、より広く人間の領域を侵そうとしている」
「ほ。鬼の癖に人間らしい事を考えよるの」
「増えた仲間を維持する為の略奪ですか」
「それだけじゃない。人間を憎悪によって鬼へと変えたいのさ」
淡々と語られた目的に、信太郎は背筋が冷えるのを感じた。
それは蛇の里で体験したばかり。人は切っ掛けさえあれば容易く鬼へと変じる。憎悪はその筆頭。
惨劇を繰り返せば、確かに仲間が増える可能性はあるだろう。残虐で恐ろしく、それだけに得難いものさえ望める手だ。
しかし理屈は合わない。
「憎悪は鬼に向けられるでしょう。仲間にするつもりなら不都合なのではありませんか」
「そこは鬼のやり方だろう。力だ。力で打ち負かして支配するのさ」
殺戮と、暴力による支配。
鬼の理ならば常道なのだろうが、人としては許容出来るはずもない。いや、永も不快そうな顔をしている。妖怪であっても意見は異なるのか。
「一刻も早く解決せねばなりませんね」
「ああ。だから君達は先遣隊だ。各地の草薙衆を召集してはいるが、集うまで待っていては遅い。斥候の報を下に、先んじて動いていて貰いたい」
顔色を変えず、漆然は命を下した。
鬼の軍勢に、少数で挑む。極めて危険な役目。
だがそれは、これまでにもよくあった話。忌避する理由にならない。むしろ信太郎は心中の闘志を滾らせる。
「畏まりました。喜んでお引き受け致しましょう」
「仕方がないの。わしも不粋な鬼共は気に食わん。灸を据えてやろうぞ」
珍しく永も乗り気。不敵に微笑み、敵意を覗かせる。
不思議に思ったが、それ以上に信太郎は心強くて、意識せずに笑みが漏れた。
きっと自分達ならば、鬼の軍勢だろうと打倒出来る。




