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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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二 傷だらけの童は

「もう大丈夫だからね」


 物陰に隠れていた少女は身体も着物も傷だらけで気を失っていた。

 真っ先に駆け寄った宝が手際よく手当てをする。彼女と背丈は同じ程度。顔立ちも踏まえれば年頃は十三、四才辺りだろうか。

 よく見てみると新しい傷は少ない。多くの傷は古く、既に塞がって痕になっている。ひとまず命に別状はないようだ。失神した理由は怪我ではなく、目の前に倒れてきた魑魅を見て驚いたせいなのだろう。


 そもそも何故こんなところに一人でいるのか。

 鬼の襲撃の際に負傷しながらもなんとか生き残り、そのまましばらく隠れていた。そう考えるしかない。この集落か、はたまた別の集落からここまで逃げてきたか。

 詳しく事情を知りたいが話を聞くのは後になる。

 代わりに信太郎は注意深く辺りを見回した。


「他にも生き残りの方がいるのでしょうか?」

「どうでしょうねえ。望みは薄いと思いやすがね」

「そんな事言うんじゃないっての。とっとと探す!」

「へいへい。分かってやすよ」


 少女を優しく抱える宝に睨まれ、銀之丞は歩を進める。口調や雰囲気の割に眼光は鋭い。相変わらず心根が読めない男だ。

 集落の外に広がる森は見通しが悪く、廃墟の陰気な空気もあり、いかにもよくないモノが潜んでいるように思える。惑わされぬよう集中し、磨いた感覚を発揮する。

 しんと静まりかえり、動くものの気配は皆無。獣すらいない。先程倒した妖怪で全てだったのだろうか。


「近くにはいないようですが、念の為に深く探るべきでしょうか」

「面倒じゃな。そんな事せずともこやつに聞けば早いじゃろうが」


 呆れたように言いながら、永が少女の頬をつんつんと突いた。

 瞬間、宝が少女を守るように抱え直し、目を吊り上げて怒鳴る。


「なにしてるの!? 情けってもんがない訳!?」

「言うたばかりじゃろう。聞けば早い。もし他にも人がいるのならば、それだけ早く救えるじゃろう。こやつを気遣ったせいで手遅れになったらどうするのかえ?」

「そんなの分かってる! だから急いで探せばいいんじゃない!」

「その状態の童を抱えて騒ぐとは主こそ無神経じゃのう。ほれみい、起きたようじゃぞ」


 永の指摘に、熱くなっていた宝も悔しげに黙り、腕の中を見る。

 目を開けた少女は虚ろな目でぼうっとしている。まだ状況が掴めていないようだ。取り乱さないのは助かるが、それすら出来ない程の深い傷にも見えた。

 宝が落ち着いた優しげな声音で話しかける。


「もう怖くない。鬼はいないから大丈夫だよ」

「……え、と。……ここは」

「ここは安全だから、焦らなくていいからね。ゆっくりでいいんだからね」

「……鬼じゃ、ない」

「そうだよ。わたし達は味方だよ」


 宝の気遣う対応のおかげか、徐々に少女の瞳に小さな光が灯る。か細い声にも、ほのかな熱が感じられた。


「あ、ありがとう……」

「うん。助けられてよかった。ところで、他に誰か一緒にいた人はいる?」

「ううん。……うちは一人だったよ」

「そう。よく頑張ったね」


 慈しみを持って微笑みかけた宝。

 子供の扱いに慣れている。弱い者に優しい。これが元来の性格で、銀之丞にも信太郎達にも当たりが強いのは対等以上の相手だからか。

 少女は宝に任せるのが最適だろう。

 信太郎は今後の話を考える事にする。


「とりあえずあの子を安全な場所に送り届けなければいけません。避難した村人は何処にいるのでしょう」

「ああ。それなら、草薙衆頭領の屋敷が解放されてましてね。今じゃあ人でぎゅうぎゅうになってんですよ」


 草薙衆の頭領。その言葉に背筋が伸びる。

 雲の上の存在だ。信太郎は所属していながら会った事はなく、強者だという話しか知らない。

 ただ、自分の屋敷に人々を受け入れる事から、立場に合った人格者らしい。寺社の影響下にある組織なのだからこの活動は当然ではあるのだろうが。

 ただし、今からそこへ向かうというなら問題がある。


「ふうむ。わしが入ってよいのかの」

「ああ……まあ、普通なら流石に厳しいと思いますがね、今は許されるでしょうよ。個々人の好悪についちゃあ知りませんがね」


 銀之丞はばつが悪そうに頬を掻いた。

 草薙衆の屋敷に妖怪が招かれるのは前代未聞だろう。とは思ったが、どうやら付喪神や害のない小さな妖怪は棲んでいるらしい。

 ただ、永はかつて人を殺した。今では人間に味方しており、そんな妖怪は過去にもいたはずだが、やはり特異だ。

 しかし、そもそも今の四人旅もかなりの掟破りである。草薙衆から罪人と妖怪への、鬼退治への協力要請から始まったのだ。

 これ自体が頭領の判断なら、案外心配は要らないのかもしれない。性格や価値観も窺える。優先すべきものを判断できる人物だ。

 だから問題なのは、個々人の考え。全員が納得している、とは思わない方が自然だ。

 そんな信太郎の考えを他所に、永は森の奥深くへ目を向ける。


「なんだか歓迎されなさそうじゃの。ではここを襲った鬼どもが何処に向かっていたか探ろうかの。足跡も匂いも残っておる」

「確かに。鬼の拠点に行き着けるのなら有用な情報ではあるな」


 信太郎も案に同意。同時に自分でも足跡や気配といった手がかりを確認しようと神経を尖らせた。

 が、銀之丞が慌てて割って入る。


「いやいやいやいや。あんたらは一応監視対象なんですって。勝手な真似は止めてくださいや。あの子を連れてく訳にいきやせんし」

「二手に別れるのはいけませんか」

「だから一人じゃあんたらは手に負えませんって。拠点探しならもうとっくに大人数が動いてますし、その内見つかるはずなんで」


 早口に焦りが見える銀之丞。余裕も少し崩れかけ、本気で困っているようだ。

 草薙衆も無策ではない。心配無用だと言うのなら確かにその通りだろう。

 永は端正な顔に憂いを乗せ、真剣に考え込む素振りで答える。


「仕方ないのう。天ぷらで手を打ってもよいぞ」

「分かりやしたよ。食い物で釣っておきやす」


 銀之丞は大袈裟な動作でがくりと脱力した。

 とにもかくにも交渉成立。もしや初めからこれが狙いだったのかと思わないでもない。

 信太郎はそう思いつつも、嬉しそうなのでよしとする事にした。


 そうして話が一段落したところで、宝がこちらに合流してくる。


「で、言い負かされた訳? 口が取り柄じゃなかったの?」

「いやあ、お宝サン。面目次第もありやせん」


 相棒に半眼を向ける宝は少女──名前はほたるというらしい──としっかり手を繋いでいる。衰えた動きに合わせた、ゆっくりとした歩調。面倒見の良さから、背丈はそう変わらないのに、年の離れた姉妹のように見える。

 時間はかかるが、急ぎの旅路ではない。このまま同行すればいいだろう。


「……ねえ」

「うん? なにかな」

「うちはもう、怖がらなくていいの?」


 ほたるは弱々しく宝に喋りかける。

 空虚な目。恐怖にも疲れ、感情が削られたような顔。

 深い絶望、見えない傷の大きさを窺わせる。

 宝は一瞬息を呑んで、しかしすぐに安心感させようと笑った。


「大丈夫。大丈夫だから。鬼はもうわたし達に任せておけば安心だからね」

「……そう。鬼は、怖がらなくていいんだ」

「うん。もう大丈夫だよ」


 温かい言葉に頷き、ほたるは下を向く。照れ隠しのような仕草。

 少しは声にも力が戻っただろうか。

 銀之丞もしゃがんで顔の高さを合わせ、へらへらと笑いかける。


「そうそう。子供なんだから笑って笑って」

「ああ。今は存分に甘えるといい」

「うん……」


 小さな笑みを浮かべたほたる。大人達もまた喜びに微笑んだ。

 惨劇はなかった事に出来ない。せめて生き残りには幸せを与えようと、彼らは努める。


 ただ一人、永だけは浮かない顔をしていた。

 信太郎は前の三人から離れ、声を潜めて問いかける。


「どうした。なにか気付いた事があるのか」

「む、いや。あの童から少々嫌な気配がしての」

「……鬼の残り香か?」

「そうかもしれんが……どうもあの童の中から匂うようじゃな」


 そう言われ、信太郎はほたるを再び見る。よく観察する。

 妖怪が化けている訳ではない。確かに人間だ。

 だとしたら、可能性は何があるか。


「呪詛をかけられている? もしくは……惨劇、鬼への憎悪で自身も鬼になりかけている?」

「……まあ、その辺りじゃな。それらも有り得ると覚えておくといい。化け物は常に気紛れで何をしでかすか分からんのじゃからな」


 永の警告に、信太郎は真剣な顔で頷いた。

 少女は未だ救われてはいない。

 明るい未来は遠い。そこに近付ける手助けが出来るのは自分達だけなのだと、強く己に言い聞かせるのだ。

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