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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第五章 鬼と大望

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一 性悪の化け物、災厄の化け物

「つまらん。なんとつらまん世になったものか」


 永はこれ見よがしに溜め息を吐いた。悲しげで、儚げで、美人が世の無情を憂いているかのようにも見える。

 しかし実態は違う。

 街道筋の宿場町。料理屋にいながら不満たらたら。白飯に漬け物、焼き魚。ここで出せる一番の料理を、と頼んだが少々古いのかいまいちな味の上に量も少なく、その食事について嘆いているのだ。

 厄介な雲行き。信太郎はなだめようと努力してみる事にした。


「仕方ないだろう。鬼の被害のせいで人や物の流れが滞っているのだ」

「何度も聞いて分かっておるわい。それでも創意工夫をするのが人間じゃろうが」

「そうは言うがな、この情勢では限度がある」

「肝の小さな奴らじゃの。生を楽しもうという気概が足りん。これで人とは片腹痛いわ」

「まあまあまあまあ、お二人さん。もっと和やかにいきましょうや」


 夫婦の間に、広げた手とへらへらした笑顔が入った。

 口を挟んだのは草薙衆の青年。無精髭で老けて見えるが二十五才らしい。名前は銀之丞(ぎんのじょう)と言った。

 蛇と百足の里を離れ、行動を共にして数日。目的地までの道行きの中、多くの情報交換や雑談をしてきた。永はどうせ正体が知られているのなら、と猫を被った言動はせずに本性で会話している。会話量はそれなりに多いものの、互いの距離は未だにある。

 特に銀之丞の考えが読めない。軽薄な言動には慣れてきているし信用もしているのだが、どうにも胡散臭さが残るのだ。

 彼はへらへらとしつつも、真剣な声音で続けた。


「なんせ、鬼が洒落にならない程暴れてる。こんなところで仲良く喧嘩してる場合じゃないんで」


 鬼。

 河童の長や先日の蛇と百足の件では鬼と化した者と関わったが、今回は元からの鬼だ。人を襲い食らう、妖怪の中でも代表的な存在。

 草薙衆の彼らの話によると、襲撃は半月前辺りから始まったらしい。

 既に幾つもの集落が襲われ、滅んでいるのだとか。酷い殺戮に略奪。惨劇の数は片手の指では足りない。

 草薙衆は事態を非常に重く見た。

 だからこそ、罪人である信太郎と人間ですらない永にも、利用価値があると判断されたのだ。無論、協力的であるとの見立てが前提であるが警戒もされており、二人は監視の役を負っている。

 その役を任されるだけの実力者だ。見た目や言動に強者らしからぬところがあろうと。

 

 そんな事は無視し、銀之丞を不機嫌そうに見返した永はあからさまに鼻を鳴らす。


「ふん。こんな所におっては説得力がないがの」

「言ったでしょうよ。事が事なんであちこちから人を集めてて時間がかかるって」

「だとしても暇ではあるまいに。なにかしら備えるべきじゃろう」

「いやいやいやいや。備えるってんなら、そこの彼は死にかけてたんでしょうよ。大人しく休ませときなさいって」

「む。心配をおかけしていましたか。これは済みません。しかし私はもう大丈夫です。どうかお気になさらず」


 信太郎は平然と言い切る。気遣いではなく本心であり、怪我人の調子ではない。

 激戦による負傷は確かに深かった。

 それでも既に怪我は塞がった。確かに万全ではないかもしれないが、それに近い。八幡神の加護か、もしくは永のおかげか。とにかく問題なく戦闘は行える。

 呆れた風に銀之丞は半眼を向ける。


「本当に今後に支障を来しません? ならいいんですけど、流石に人間離れしてるでしょうよ」

「ほ。主らの粗末な物差しで量るでないわ。わしの旦那なのじゃぞ?」

「ねえ、あんた。あたしたちを馬鹿にしてない?」


 妖しく笑う永へと、少女が刺々しい声を投げかけた。

 こちらの名前は(ほう)。銀之丞と比べて言動も考えも分かりやすい直情的な少女だ。小柄で幼く見えるが十七才だという。

 今も敵意を剥き出しにしつつ睨んでくる。


「ホントに分かってる? あんまり文句言うならやっぱり退治するからね」

「ほ。言いよるの。小娘に出来るとは思えんが」

「はあ!? 侮らないでくれる!? ただの小娘じゃないんだから!」


 身を乗り出し、指を突き出して挑発に乗る宝。頭に血が上りやすい性格なのはこの数日でよく分かった。

 すると永は、にいい、と人の悪い顔で笑った。


「ではやってみい」

「ひっ……!」


 そして瞬く間に蛙に化けた。

 目の前、それも突き出した手の甲に乗られ、宝は怯えた顔で後ずさった。一流の身のこなしであるが故に、一歩で壁際までの跳躍。それだけ苦手なのだ。

 この嫌がらせは何度も繰り返されているが、その度に驚いている。

 残念ながら永はそれを気に入ってしまっていた。お気に入りの玩具のように。悪い楽しみを存分に味わうように、口元を隠しつつ笑う。


「ふふふふ。たかが蛙でそれ程の無様。よく化け物退治をやっていけるものじゃの」

「小さいから気持ち悪いの! 大きい化け物なら平気なんだから!」

「くふふ。口ではなんとでも言えるの」

「止めぬか、永。喧嘩している場合ではないと言われたばかりだろう」

「ほ。これは喧嘩ではない。愉快な余興じゃ」


 苦言にも全く悪びれない。宝には気の毒だが、改善はされないだろう。信太郎は旦那として詫びつつ、せめて仲裁に入る。

 信太郎としては、こんな無邪気な悪意が自分に向けられるのは構わない。妖怪の性質と理解しているからだ。だが他人に向けるのは旦那としてよく言い聞かせなければとの責任感があった。これもある種の嫉妬心なのではと当の本人に指摘されて以来、言い難くなっているが。

 永と宝が子供のようにいがみ合う。そんな緊張感の欠如した空気の中、銀之丞が手を叩いて注目を集めた。


「はいはいはいはい。話し合いが無駄なのは、もう分かりやした。余興はここまでにしましょうや」

「ふむ。ではどうするのかえ?」

「滅ぼされた土地を見てみりゃ、嫌でも気は引き締まるでしょうよ」


 その提案に空気が変わった。鬼退治の緊張感がようやく場に現れる。

 信太郎に異論はなく、即座に乗る事にした。


「はい。確かに必要でしょう」

「ま、断る理由はないの」

「じゃ、決まりという事で」


 一同は食事を手早く終わらせ、惨劇の地へと向かう。

 気負いのない会話。それぞれの顔つきに変わりはなくも、心持ちは戦いに臨む際のそれだった。






 宿場町を出て、街道から外れた農村に到着。ここまで一刻もかからなかった。それなりに遠くとも特殊な身体能力を持つこの一行が本気を出せば気軽な距離である。

 その着いた土地が、酷い廃墟だった。

 焼けた家、踏み荒らされた畑、抉れた地面、血の跡。悲鳴や怨念までが見えるよう。

 冷たい風が吹き抜けて枯れ葉を散らし、一層哀しさを深める。晴れた空がかえって寒々しい。

 手を合わせる信太郎、銀之丞、宝。真摯に被害者の冥福を祈る。

 ただ山姥である永は平然と観察していた。


「ふむ。こんなものかの。随分と粗暴な鬼のようじゃ」

「ちなみに気配は残っているか?」

「少し古いの。薄い残り香じゃな」

「ここは五日程前、三番目に襲撃されていやすね」


 祈りを終えて、調査に加わる。無遠慮になってしまうと内心で謝りつつ、仕方がないと割り切って。

 銀之丞の補足は助かる。すらすらと口に淀みはなく、一通りの情報は頭に入っているようだ。それが命運を分ける事もある。

 彼は軽い笑みのままにぴりっとした怒りの気配を混ぜて、続ける。


「当時は二件の襲撃で警戒してたんで、草薙の人間も数人いたんですがね。そのおかげで幾らかは逃げられたようで」

「戦った彼らは」

「見つかってませんや。恐らく食われたと判断されてやすね」


 淡々とした言葉に空気が重くなる。

 その彼らも強者だったというが、及ばなかった。

 信太郎達も無事で済む保証はない。無論中途半端に生を終わらせるつもりはないし、永は自信満々だ。それでも死の気配には敏感であらねばならない。


「これで分かったでしょ? ふざけてる場合じゃないの」

「ほ。わしに何を期待しておる。こんなもの、よくある話じゃろうが」


 じろりと睨んできた宝に対し、永はあくまで世間話めいた調子で語った。それは誇張もない、事実。

 妖怪の理。

 銀之丞と宝はわずかに顔色を変えた。

 その変化を意に介さず、明後日の方向を見て、山姥は警告を発する。


「ほうれ。ここの陰気に寄せられ、来たぞ」


 示した先には、人と獣が合わさったような姿の存在が複数いた。人を化かし祟る妖怪、魑魅。山の瘴気から生まれる化け物である。


「どれ。主らが口だけでないと証明してみせよ」


 と、永が言うその最中に、鋭い風切り音が鳴った。

 見れば魑魅の一体に、見事矢が命中していた。

 致命傷。あえなく崩れ落ちる。


「満足しましたかね」


 銀之丞の声が淡々と響いた。技は早く、正確。姿勢と構えには美しさすらある。

 達人の域だと信太郎は感服し、永も納得した風に頷く。

 続いて流れるように二射、三射。全くぶれない姿勢は真っ直ぐに矢を飛ばす。一拍の後、鋭く力を備えた全てが魑魅に的中。危機は去った。

 が、最後にまた異変があった。


「待って。なにか声が……誰かいる!」


 気付いた宝が血相を変えて真っ先に飛び出し、続いて残りの全員で警戒しつつ駆け寄っていく。


 そこには人影。崩れた柱に隠れて、傷だらけの少女がうずくまっていたのだった。

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