十五 鬼神なき土地の行く末
風の強い日だった。
冷たい風が雲を流し、葉を散らす。豊かな秋を終わらせてしまうようなそれが、変わりつつある山中を駆け巡っていた。
寂しさの漂う墓場。鬼になる程の男達に愛された女蛇、十の墓前に信太郎達はいた。真摯に悼む優しげな顔で、囁くように言う。
「……十殿。太紋殿に代わり、報告します」
蛇と百足、両長の激突。そして楼奥の幕引き。それらから一月近くが経っていた。
信太郎が連戦で負った怪我はほぼ完治している。死んでいてもおかしくない惨状を考えれば、永も呆れる丈夫さだった。
その間の一月、土地全体が大騒ぎだった。
それぞれの長は後始末に追われている。戦の消耗があろうに、連日対応で疲労困憊らしい。なんなら戦闘よりも疲れるとの愚痴を溢しているとも。
信用と畏怖を失い、今まで支配されるだけだった妖怪にも一方的な命令は下せない。因縁との対立どころではなく、周辺地域を纏める事で精一杯。もう今回のような悲劇は起こらないはずだ。
更に言えば、いずれ力が弱まり、信仰も薄れ、他所と同じような人間中心の町になるのかもしれない。そうなれば復讐は成功といえるだろうか。
太紋はこの場にいない。
蛇と百足からのお咎めは無し。一族の殺害という罪は重いが、あまりの忙しさに捨て置かれている。
あるいは、長も自らの落ち度を認めたか、はたまた楼奥の死をもって許したか。真相はあえて質さない。人の法でなく、妖怪の理が優先される土地と事案なのだから。
だが鬼の力の代償か、太紋は今もまともに動けずに寝込んでいる。医者にも妖怪にも治す術はなく、今後も不自由な体になってしまうようだ。
それでも、父は生きていただけでも良かった、と涙を流していた。悲劇は辛く苦しく、罪に心を痛めても、満足の結果だと。
息子本人としては、不満が残っていたようだが。
「幾ら奴らが落ちぶれようと許す理由にはならない。ただ、もう俺にはどうこう出来ない。だから、終わりだ。……終わりに、してやるさ」
それが太紋の言葉。目には未だに憎悪が燻っていた。
強がりか、諦めか。受け入れようと己に言い聞かせているのか。
卑屈にならず、囚われず、ある意味前向きかもしれない。ふてぶてしく今後を生きていくのだろう。
信太郎としては同類の匂いを感じる。救済を願うばかりだ。
彼の代わりにはなれないだろうが、最低限の仕事は果たせた。
「あなたは、この結果に納得してくれるでしょうか……」
蛇と百足の長の現状。太紋の現状。
それらはそれぞれの罰に相応しいのか。判断を下せる者はいない。多くの考えがあるだろう。この土地の者が決める事が全てであり、今後に余所者は口を出せない。
信太郎としても、懸命に動いたが悔いはある。何かが違えば、より多くを救えたはずとの後悔だ。懺悔でもある。小さき人間には限界があるのだと。
ただ、隣の永は冷たく言い放った。
「死人に口無し。死人の考えなど、誰にも分かる訳ないじゃろうが」
「ああ。分かっている。全ては生者の自己満足だ」
それは信太郎の報告だけでなく、太紋と楼奥の行いもまた。死者の望みは確認しようがない。
復讐を望んでいるのか。望んでいないのか。勝手な代弁は傲慢だ。
それでも、救われて欲しいと、切に思う。故に人は行動を起こすのだ。
墓に供えるのも、この世ならざる場所にまで伝わるように、との願いだ。
小さくとも鮮やかな花は永が選んだもの。信太郎は太紋とよく食べていたという団子を供えた。
亡き女性への思いを胸に戦った男達について考えつつ、信太郎は自身とも重ねる。
「自己満足だからこそ、残された者は己が選んだ道をひた走るのだろう。例え地獄へ通じていようと」
復讐。
それは重く、苦しい試練。遂げきるには強固な意思と、己を捧げられる理由が必要だ。
それだけの純粋な熱意。結果が間違っていても、否定はしたくなかった。
「ほ。主もわしも似たようなものじゃがの」
「ああ。行き先は地獄だ。それまで有意義に楽しむがな」
「よく平然と言えるの。人としての心が壊れておらんか」
「当然かもしれぬ。なにせ人でなしだからな」
「ふふ。言いよる」
そう言って、永は団子を美味そうに食べた。はて何処からと見れば、直前に供えたものだった。
あまりに堂々としていたので反応が遅れたが、信太郎は気付くと即座に鋭い目を向けた。
「おい。何をしている」
「死人に口無しじゃからの。食えん物を供えておってもいずれ腐ってしまうし、そんな物があっては失礼じゃろ」
「む。それは、確かにそう、ではないだろう」
「この世のものはすべからく生者の為にあるのよ。あの世の死人にくれてやるものはない。先祖の因縁に従い生者の幸せをくれてやるなど、実に下らん事よ」
復讐、それから蛇と百足への痛烈な苦言か。皮肉げな笑みは侮蔑を隠していないが、凛然と美しい。
道理は通じる。
強い意思、覚悟。それらがある者はともかく、ない者にまで強いてはいけない。無論弱い意思やほのかな思いも尊いのだから。
「これからは、強さが全てでない町に変わると良いのだがな」
「この町の未来など知らん。それよりわしらの事が重要じゃ」
「そうもはっきり言うか」
「言うともさ。気ままな妖怪じゃからの。罪も罰も幸せも、地獄には持ち込めん。じゃから生きて、人でなしなりに楽しむのじゃろ?」
「ああ。開き直りだろうと、おれ達はそうして生きる」
強い風に着物がはためく。動じずに真っ直ぐ立つ信太郎は高い空を眺めて断言。
辛口な妻もお気に召す答えだったか。永は満足そうに頷いた。
そして妖艶な微笑を浮かべる。
「そういう訳じゃから、荒事ならば抵抗するぞ?」
振り返ったその先には、二人の人物。
気配はよく消していたが、永には通じなかった。信太郎も驚きはしない。
二人組は隠れていた木の影から姿を現し、挑発的な視線に応じる。
「失礼ね。墓場で騒ぐ程子供じゃないっての」
「こりゃあ失敬。話が分かるんなら、場所移しましょうや」
小柄で気が強そうな、そばかすのある少女。軽薄そうな、無精髭を生やした青年。服装は揃いの旅装束で、背には長い袋。
見た目だけなら子供とその保護者にも見える。
ただ、それでいて隙が無い。鍛えられた武人としての身のこなし。そして背負っているのは武器だ。
信太郎と永は目配せし、大人しく従う事にした。
「分かりました。話を聞きましょう」
「へへ。助かりやす」
ひとまずは揉める事なく移動。
二人組が話し合う場に選んだのは、町からも街道からも離れた、湖である。かつて末の蛇の亡骸が見つかった場所だった。
信太郎は警戒しつつ、問う。
「やはり蛇と百足の戦いについて聞きたいのでしょうか。それとも」
「いんや。あんたの罪を裁くつもりはありやしません。まあ、今日のところは、ですがね」
青年が先回りして否定。含みはあるが、敵意は感じられない。ただ胡散臭い印象を漂わせている。
続く少女は、逆に晴れ晴れと暑苦しく胸を張った。
「感謝するのね! あたし達が進言したんだから!」
「……いや、まあ、間違っちゃいやせんが、上の方々は元からそのつもり……」
「何よ。恩着せておけば話が早いでしょ」
青年の言葉に、彼女は口を尖らせていたくご立腹だ。微笑ましさすらあるやりとりに気が緩みかける。おかしな二人組だ。
妙に苦くなった顔の青年は少女を手で制して言う。
「まあ、ここらは蛇と百足があんまりにも強大で、長らく手を出せなかった土地でしてね。それがこうも弱まって、上の人も感謝してるんでさ」
「ではこれからこの土地はあなた方が取りまとめると?」
「いやいや、基本はここの人間、それから蛇と百足の方々にお任せして、今回みたいな時に口を出す程度ですよ。ま、安心してくださいや。悪いようにはせんと思いますから」
へらへらと笑う。その裏に何が潜むか分からない危うさを感じつつも、善良さもしっかりと感じとれた。
警戒していた信太郎だが信じる事にする。
「ちなみに横の山姥にも鬼になった人にも用はありませんのでね。んで、じゃあ用は何かっていうと、これがまた罪人だろうと手を借りないといけないような大問題でして」
軽薄な雰囲気に、真剣な鋭い感情が混ざった。
「鬼が暴れてとんでもない被害が出てやしてね。ここは力を貸してくださいや」
第四章 蛇と百足と執着 了




