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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第四章 蛇と百足と執着

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十一 鬼の行方

 赤く、硬く、大きく、狂暴な拳。

 力ある妖怪すら殺す毒牙。

 技術なく力任せに振るわれるそれを見切る事は容易いが、しかし防ぐ事は困難だ。

 力の強さは余波を生む。直接当たらずとも、風圧に揺らされ、頬が裂ける。これで態勢が崩れてしまえば待つのは肉塊となる未来だ。

 それが、怒涛の連打。右に左と吹き荒れる。しかも無尽の体力に支えられ、休まる事はない。

 これぞ鬼の暴力。

 対抗するには、人の力だけでは到底足りない。


「南無八幡大菩薩」


 信太郎は死地の中でも真摯に祈り、力を借り受ける。本来は集中したいところだが、それでも信仰に不足はない。

 満ちた力で乱打を受け流すと、太紋の険が深くなった。警戒というより、信仰への嫌悪感だろうか。憎悪は根深い。


 この隙に仕切り直す。まずは一足飛びで大きく距離をとった。深呼吸し、感覚を研ぎ澄ませる。

 そこへすぐに追ってくる太紋。

 駆け引きもなく一直線に迫る彼を狙い撃つ。基本に忠実な、上段からの振り下ろし。

 真っ向から拳が迎える。力と力のぶつかり合いとなれば、不利に過ぎる。最悪折られるだろう。

 故に、直前で引く。

 空振りさせ、無防備となった隙に横薙ぎの一撃。刃は立たずとも、確かに内へと痛打が響いたようだ。苦悶に崩れたところを更に追い打ち。今度はこちらが攻め立てる。

 頭、首、腹、流れるように打ち込みを重ねていく。しかしそれら全てが頑丈。痛みは確かに感じているようだが、決して挫けも倒れもしない。

 と、力任せの反撃が顔の横を通り過ぎた。攻めを受けながらの苦し紛れであり、勢いも体重も乗っていない。

 しかしやはり強大。傍を抜けた勢いだけで頭が激しく揺さぶられる。片耳も聞こえない。だがこちらも痛みや負傷は無視し、挑み続ける。


 そこからは、互いに攻撃を繰り出し合う激戦だ。

 致死の豪腕と毒牙、それらと共に太紋は激情をぶつけてくる。


「解らないのか!? 解るはずだ! 正しいのは俺だ! 綺麗事で邪魔をするな!」

「はい。その通りだと私も思います」

「……何を言っている? ならば何故邪魔をする!?」


 避け、打ち、器用に上手く立ち回りながらも、真剣に思いを込めて信太郎は述べる。


「あなたの主張は正しいのです。手段が問題であるので、他の手段を取るべきだったのです」

「他!? そんなものはない! ないんだ! なら、どうすればよかったんだ!」

「あなたは無力ではありません。これだけの力がある。ですから、正面から戦えたはずです」

「は、なんだそれは!? そんな事が出来るものか! そんなものが正論のつもりか!?」

「私は百足の長と手合わせをしました。ですから、私と互角のあなたも、蛇の長と渡り合えます。単なる親子喧嘩だったならば、私も喜び勇んで助力していたでしょう」


 目を見据えての、本心からの断言。

 伝わったか、太紋の拳がぶれ、動揺が見える。かすかに意識が逸れた。

 感じ取ってくれたところに悪いが、今は敵だ。この程度で止まらないと知っている。全身は戦意を中心に動いた。


 気迫の一閃。

 切り上げた刀が、鬼の象徴たる角を切断した。


 が、危機を感じ、瞬時に刀から手を離す。

 荒れ狂う拳の圧。目を開けておくのが厳しい衝撃が走った。遅ければ折られていた。代わりに落としてしまったが。

 鬼は強気に睨んでいた。

 太紋も、この時間の中で徐々に戦闘慣れしてきている。更には怒りが薄まり、冷静になってもいる。彼は、強い。


 首をへし折りそうな張り手をかかんで避けたが、刀を拾う前に重い蹴りが迫る。

 顔面の横すれすれを通り抜けさせたところで、軸足に肩口から渾身の体当たり。ぐらついた隙に足で刀を蹴りつつ離れた。


 安全に拾い、即座に体勢を整えて力を振り絞る。

 目の前には、真っ直ぐな一撃。受け、踏ん張り、しかし堪えきれずにふっ飛んで木に衝突。

 歯を食い縛り奮起、追撃の前に幹を蹴り、右前方へ跳ぶ。視線が追ってきて、豪快な振りの腕が続く。

 それを空中で叩き逸らし、勢いのままに背中へ切りつける。その際の抵抗も利用して回り込み、一呼吸して集中。

 腰を落とし、胴をひねり、全身の力を十全に。神の力も沿わせて乗せる。

 振り向き様の拳が届く前に、腹を引き裂く逆袈裟。赤い飛沫が一面に飛んだ。

 太紋から、確かな苦悶の声。

 それを打ち消すように吼え、反撃してくる。苦し紛れのような裏拳を横からの払いで防ぐ。

 こちらの腕が痛んだ。まだまだ力も気力も衰えていない。

 距離は空けずに、至近距離で相対。

 真っ直ぐに目が合う。揺れ、燃える大きな感情が映る。戦いの熱に興奮したように、太紋は叫んだ。


「十は、十はっ、あんな化け物達より、余程長に相応しかった!」

「同意します。話を聞く限り、素晴らしい方です。十殿であれば、蛇と百足が敵対する現状も変えられたでしょう」

「……そうだ、そうだったんだ。だが、だから……今の俺は望んでいないのだろうな」


 言葉には無数の思いが込められている。激情が緩んでいる。毒牙が手から落ちた。

 鬼に変質させた憎悪には、最早囚われていない。

 だが、次は恐らく、今までより強い。覚悟の決まっている男の顔つきだったから。

 秋風が木の葉を運ぶ。空気は冷えたが、戦闘の熱気には負けている。一際強い風が墓石を揺らし音を響かせた。


 それを合図に、激突。

 太紋は腕を広げて突進してきた。単なる力押しのようだが、彼の現状では理に敵っている。膂力による爆発的な加速こそが殺意の最適解。

 対する信太郎は、ほぼ同時に跳んでいた。高く、鬼の体躯を飛び越える。

 そして対応される早く、宙で体勢を整え、鋭く空を薙いで後頭部へと振り下ろす。

 しかし刀が捉える前に。

 太紋は頭を下げて地に手を付き、逆立ち。全身を使って足を跳ね上げてきた。

 浮き上がる鬼の身体。次いで信太郎に迫る蹴り。突進の勢いは弱まっている。されど未だに重さと速さを兼ね備えた、危険な攻撃である。

 この状態では避けられないと判断。集中を維持し、刀を手放し、足に手を向けて備える。

 一拍遅れて、強かに揺さぶられる衝撃。それでも意識と集中を保ち、掴む。

 回りながら落ちる世界の中で、剛力と体重移動により力の流れを掌握。鬼の強靭さを利用し、巻き込み、気合いを入れて、投げ飛ばす。


「お、おおおっ!」

「がっ……!」


 地面が抉れる強さで叩きつけられ、太紋は半ば土に埋まって呻く。それきり起き上がる事はなかった。


「……なあ、あんた。これでも、俺は強いか?」

「はい。強敵でした」


 決着の時。負傷を気にしないように凛と立つ信太郎は、やはり本音で相手を称える。

 鬼に変じた旦那は、倒れながらも妻の墓に顔を向けていた。

 悲しげに、しかし同時に報われたように、優しく微笑んでいたのだ。






「……う。ああ……我ながら、情けないものよの」


 山中、色とりどりの落ち葉が重なる土の上。

 永は仰向けに倒れていた。

 着物は泥にまみれ、肌は傷だらけ。自分でも嫌悪するような姿。おかめの面を死守したせいでもあるが、受けた傷は数多く、かつ大きかった。


 暮れゆく空に染まる木々。何もなければ紅葉と一体となる風情を感じるところだが、今は無理だ。

 大蛇と大百足が互いを殺そうとして暴れている。

 大地を砕き、川の流れを変え、影が空を覆う。景色は台無し。麓と山、それぞれの町にも被害は出ているはずだ。

 大妖同士の、誇りを懸けた決戦。これに手を出すのは、天災に立ち向かうようなものだ。

 流石の永も両者を同時に相手取るのは厳しかった。


「ふふふ、それもまた良し」


 己も妖怪。天災ぐらいなら、笑って参加出来る。山姥としても虚仮にされた借りは返したいのだ。

 だが、立ち上がる永の下に、近付いてくる足音があった。


「永殿。あなたが強い力を持つ事は百も承知ですが、流石に一人では無茶でしょう。私も協力します」


 百足の楼奥だった。父と因縁の敵の戦いを、自分達が勝つべきものではなく、止めるべきものとして見ている発言。

 味方となれば心強く、有り難い。

 しかし、永は厳しい目つきを返す。


「要らんわ」

「しかしこのままでは止める事は難しいのでは……」

「これの首謀者は主じゃろ?」


 永は相手を見もせず、静かに言い切った。

 考えた訳ではなく、ただ他に候補がいないだけなのが情けない。

 返答は沈黙。否定も肯定もせず、楼奥はただ穏やかに見つめ返してくる。


「殺気が無いの。どうした。わしの邪魔はせんでもいいのかえ?」

「既に言いました。このままでは止める事は難しい、と。ですから止める理由はありません」

「ほ。みくびられたものじゃな」

「いいえ。正確に評価したつもりです」


 あくまで冷静。復讐を為そうという気概が感じられない。

 かえって不審に思った永は警戒を強めた。


「肝の据わり方が尋常でないの。鬼になる程の憎悪がありながら、それに呑まれておらん」

「はい。呑まれていては事を為せませんから」

「わしらを前に上手く化けたものじゃ」

「化け物ですから」

「ほ。それ程女が大事だったか」


 再びの、沈黙。楼奥の目が細められ、穏和だった雰囲気も鋭くなる。凪いだ海から鯨が顔を出すように、底知れぬ憎悪が覗いた。

 そのまま永の言葉には答えず、冷ややかに提案してくる。


「今からでも協力しませんか。あなた方には私達の思いが分かるはずです」

「ふむ。確かに、あ奴らの器は上に立つには相応しくないの。いなくなった方が世の為になるかもしれん」

「でしたら──」

「じゃが、駄目じゃな。それじゃと気分が悪い。終わった後の食事が楽しめん。旦那様にも文句を言われるしの」


 永は面の奥で妖艶に笑う。

 妖怪はそれぞれ人には理解できないような独自の理を持つ。

 だからこそ、常に己が決める。そして永にとってその指針は、世間や他人でなく己の、そして旦那との楽しみなのだ。初めて来た土地の行く末など、知った事ではない。


 それに、同調する馴染み深い声が続く。


「その通りです。私達は、あなたとは異なる道を歩みます」


 傷だらけの満身創痍。

 それでも信太郎は堂々と声と胸を張って、首謀者の前に立った。

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