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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第四章 蛇と百足と執着

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九 人と化け物の交わり、その末に

 騒音からの、丁寧な挨拶。

 顔も髪も服も汚れた鬼気迫る姿で激怒していた太紋だが、信太郎の不可解な行動に意気を削がれて立ち止まった。

 警戒、不審、敵意を(あらわ)に睨む。


「……なんだお前は」

「信太郎と申します。旅の者であり、あなたを止める者でもあります」


 あくまで穏和な態度。しかし臨戦態勢で身構える。相手は鬼と化したはずの人間。一挙手一投足を見逃すまいと、集中しつつ対話する。

 墓場に一触即発の緊張感が満ちていく。


「止める? なんの話だ」

「惚けなくとも結構。既に全てを承知しております。音を聞いてすぐ駆け付けたのがその証左」

「それはそうだろう。誰だってこうする」

「いいえ。蛇と百足が殺されたと剣呑な空気が満ちるこの時では、並の人間ならば恐れて何も出来ぬでしょう」


 目付きが鋭くなる太紋。指摘に言い返す事もない。

 ただ敵意の増した表情で、挑戦的に問うてくる。


「ならば言ってみろ。何故俺が蛇や百足を殺す」

「蛇を嫁に迎えたからでしょう」


 ぴくりと目に見えて反応する太紋。これはやはり図星か。彼の妻は十、蛇の長の娘だったのだ。


 蛇女房。あるいは蛇婿。

 簡単に言えば蛇が人に化けて人と結ばれる話だ。

 各地で語られており、恩返しや蛇神への生け贄と、話の種類も多い。


 しかしその多くは、正体が露見して別れてしまう結末である。人と人でないモノは相容れないのが常道。

 そして、今回の夫婦には更なる悲劇が待ち受けていた。


「奥方は死に瀕していた。医者も頼れず薬も効かない。しかし諦めきれない」


 太紋はじっと聞いている。その顔は、ひたすらに悲痛。


「そこで一縷の望みをかけて百足にすがり、救う手段を手に入れた」


 それで終わりならばどれだけ幸せな結末だったか。

 しかしそうはならなかった。


「それを、蛇の長は認めなった。いえ、許せないと直接手にかけたのでしょうか。それだけ百足を敵視していますから」


 百足に助けられるのは恥。

 だから、人として葬られた。一族から抹消された。

 蛇、大妖としての矜持が、身内の情をも上回ってしまった。


 そんなものが、人である旦那には一片たりとも理解出来るはずもない。

 復讐に走るには十分。

 蛇だけでなく、原因となった百足も。両者をまとめて憎み、滅ぼうと決意したのだ。


 太紋は俯き震え、静かに揺らぐ怒りを乗せて、語る。


「大筋はそうだな。十は呪いで死んだんだ」


 彼は認めた。信太郎を見据えて、ぎりぎり冷静を保ったまま激しく糾弾するように。


「……俺が山に深く入り過ぎて、百足に喰われかけた。それを助ける為に十は、禁を破った。その報いだとさ」


 神の力を持つ大蛇と大百足が争えば、余波で周囲一帯は崩壊してしまう。世を乱さない為の約定。それが、妻を奪った。

 

 自身の失態が発端となれば、その心は察するに余りある。


「蛇と百足が憎み合っていなければ起きなかった事態ですね」

「……ああ、分かるだろう。分かるはずだ。これは正当な仇討ちだ。あんたは引っ込んでてくれ」

「いいえ。お止め頂きたい」

「……何故だ。何故止める? あんたは人の気持ちってもんが分からないのか?」


 かつて信太郎は滝姫の仇討ちを助けた。

 だがそれは、河童の長が秩序を乱し、来六だけでなく多くの被害を出しかねなかったからだ。


「人の道理に反するからです。人の世に恐れを広めるからです。町も人々も滅びかねないからです。あなたも人から外れ鬼に成ってしまうからです」


 同情を殺し、はっきりと告げる。

 信太郎としても、蛇の行いは許し難い。他の者が上に立った方が良い町になるかもしれないと考える。


 だが、このやり方で復讐してしまえば、本人も町全体も、取り返しのつかない形へ変質してしまう。

 それは変えようのない事実だ。


「他の形で恨みを晴らす事はできませんか」


 ただ、通じない。

 信太郎も言葉による説得に意味がないと、応じるはずがないと把握している。燃え盛る復讐心は口先では消せない。それもまた、変えられない事実。


「……は。それがどうした。道理がなんだ。世がなんだ。俺がなんだ。全てがどうでもいいし、地獄に落ちる覚悟なら、初めからしてる!」


 痛々しい叫びをあげると、太紋が存在ごと変質していった。

 肌の色が変わり、筋肉が盛り上がり、角が生える。赤く、固く、禍々しく。荒く、大きく、おぞましく。

 憎悪──人の思いが、内側から外界へ漏れだして形を成していく。


 それは、鬼。

 復讐心により人でないモノと化した旦那はぎょろりとした目玉で睨み、大口を開けて吼える。


「十を無視した理由で邪魔をするな! 俺は、必ず果たす!」

「こちらこそ譲る気はありません。必ず、止めます」


 拳を握り、敵を見据える。

 刀を抜き、正眼に構える。

 男と男の勝負が、殺意を伴う説得が、墓場を舞台に始まった。







 町に人影は見えない。ただ秋風が寂しげに吹くばかり。

 しかし人は恐れながらも、隠れて、興味深げに、ひそひそと噂を吐き出していた。


「これからどうなっちまうんだろうねえ。百足はなんで喧嘩なんて吹っ掛けてきたのやら」

「あん? あの百足は蛇様が殺した訳じゃない? 最初に蛇様を殺したのが百足で、その裁きじゃないのか?」

「そう言われたからな。詳しい事はなんとも」

「いや見た奴によるといきなり死んで、何も分からなかったらしい。でもまあ、蛇様が嘘を吐く意味なんてないだろう」

「だから約定を破ったせいで死んだんだ。大妖怪同士が交わした約定だからな。それだけ強い制約があるって話だ」


 ひそやかに、真実めいて、不確かな噂は町中を巡る。この様では蛇の下にも届いているはずだ。

 風向きの変化を感じて、ただ一人通りを進む永は顔をしかめた。


「ふむ。ちと不味いかの」


 単なる町人の与太話にしては、妙に詳しいものも混ざっている。だからこそ明白。

 これは下手人の手による結果だ。

 件の太紋、あるいは、もう一人いるという共犯者の仕業だろう。

 噂。搦め手。目的の為には手段を選ばない手合いは、これだから厄介。

 そしてその目的は、やはり。


「面倒じゃの」


 溜め息を吐いたのは、威圧感を放つ巨影が前方から迫ってきたせいだ。

 悲鳴が響き、震えが伝播。人々は怯え、家の中からも恐怖が伝わってくる。

 当然影の正体は蛇の長だ。

 ただし静かな怒りと憎悪が、土地の守護神を修羅に変えている。荒々しく力が漏れ出す姿は殺意の具現か。

 すっかり空いた道で一人、永は堂々と対峙する。


「なんじゃ蛇。何処へ行くつもりじゃ」

「退け山姥」


 長は答えたが、見ているのは永のその先。進みを緩める事すらない。百足を狙い、打ち勝つまで止まる気がないのは明らか。

 余所者と話をするつもりは皆無。

 だとしても、永は話しかけねばならない。


「約定はどうしたのかや」

「先に破ったのは百足だ。主らが役に立たぬ以上、自らの手で裁きを下さねばならん」

「ほ。ならばどうするつもりじゃ?」

「我々は百足を殺していない。だが死んだ。ならば、約定破りの呪いだ。後は残った全ての百足を裁く」

「阿呆が。その無様な頭の使い方で支配者のつもりかの」

「ああ、支配者だとも。更に、これより百足を排除し、より広大な土地の神となる」


 頑固な態度。古くからの土地神だけに、頭が固く錆び付いている。

 だからこうして、下手人の思惑通りに事が進んでしまった。


 仕方がない。

 永は溜め息を一つ吐き、おかめの面を被る。

 そして腕を大きく振るった。


 駆け抜ける衝撃。

 風圧で町並みが震え、地面が抉れる。老若男女の悲鳴があちこちからあがった。

 しかし、標的だった蛇は何事もなかったかのように悠々と前進していく。


「邪魔をするな山姥。大人しくしておれば今の無礼は許してやろう」

「許しなど要らんわ」

「ではどうするつもりだ」


 敵意すらない。邪魔とも思っていない。ただ百足への憎悪に突き動かされている。

 かといって強引に止めようと本気で戦えば、町が危ない。人にも建物にも甚大な被害が出るだろう。それは、旦那が望んでいない。

 よって、この場では止められない。


 ついでに言えば、この様子では、百足の長の方も怪しい。今頃あちらも下手人の掌の上で踊らされている事だろう。

 となれば、すべき事は単純だが、面倒。

 永は面の下で、顔を歪めて非常に大きな溜め息を吐いた。


「やれやれ。頭の悪い畜生共じゃな」


 仕方がない。終わったら旦那にたんと褒美をねだろう。様々な形で。

 永は気持ちを切り替え、振り返り、疾走。町の外を目指し、永は蛇の長を追いかけていった。

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