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人でなし夫婦道中記  作者: 右中桂示
第四章 蛇と百足と執着

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八 鬼の憎悪の源は

 男は暗く笑っていた。

 影は黒く、内に秘める情念は尚濃い。

 滅んで当然の存在へ下した、裁き。

 達成感はなく、憎悪は未だ枯れていない。むしろより熱く煮えたぎっている。なにしろ彼女を奪った張本人は健在なのだから。

 それでも、嗤うしかなかった。

 あらゆるものを、自分自身さえも、下らない滅ぶべきものだと断じて、嘲笑うのだ。


 嗚呼。自分は、こんな事の為に生きていた訳ではないのに。







「深留……」


 弟の無惨な姿に、兄の楼奥は呆けた顔で立ち尽くす。考え方も姿勢も頼り甲斐のある存在であったが、身内の死を目の当たりにすればやはり堪えるのだ。

 手が震えているのは怒りからか、それとも自責からか。外野が声をかけられない雰囲気を漂わせている。


 蛇の里は目と鼻の先。遠巻きに様子を窺う市井の人々にも怯えが見える。騒ぎになってはいないが、蛇や百足を恐れて慎重になっているようだ。

 道を塞ぐように横たわっている大百足は、やはり毒で苦しんだような、今までの死者と同じ状態。殺害の続きを許してしまった。


 調査が必要だ。

 平静に、あるいは冷酷に。信太郎は淡々と、襲撃時も同行していた百足に尋ねる。


「下手人の姿は見ましたか」

「それが、深留様は突然苦しみだされて……振り返ると逃げていく影は見えたのですが、追えませんでした」

「背後から襲われたのですか」

「はい。里に着き、蛇に出迎えられたところで、深留様は突然苦しみ、暴れだして、我々も何が何やら分からない内に息を……下手人の気配に全く気付けなかった我々の落ち度です」


 今にも消えてしまいそうな弱々しい声。質問に素直に応じてくれるのも意外だ。戦いに発展してしまった時と大違いなのは、彼らの楼奥への信頼あっての事か。

 感謝と罪悪感を抱きつつ、問いを重ねる。


「蛇がその場にいたとの事ですが、主の一族でしたか」

「いや配下の者だったが……」

「そちらの方はどうされたのですか」

「主へ報告に行ったらしい」


 つまり百足にも被害者が出たと、確実に伝わった。

 これなら下手人が蛇でも百足でもないと理解してもらえるか。少なくともすぐに争いが起きる事はないだろう。

 となれば優先すべきは、下手人の次なる手を止める事。これで終わりと考えない方がいいだろう。

 今回は他二件と違って目撃者の前で起きた。にも関わらず下手人の姿は不明。

 余程隠れるのが上手いのか。人間だから強い気配がないのか。手がかりの為に妖怪の感覚を頼る。


「永。気配はあるか」

「亡骸に少し残っておるが……やはりもう薄まっておる。追えはせんの」

「分かった」


 永の言葉に頷き、少し考えて、ちらりと楼奥を見る。

 様子は変わっていない。未だ動揺しているようだ。それなら無理強いは出来ない。


「楼奥殿。ここはお任せしてよろしいでしょうか。それとも手が必要でしょうか」

「……ああ、これは失礼しました。はい、問題ありません。私の務めは果たしてみせます」


 はっと我に返った楼奥は表情を引き締めていた。

 気丈な振る舞いに陰りはなく、責任感の強さが見えた。滅私の危うさでもあるが、割り切る他ないか。

 決断し、信太郎は前を向く。


「永。行くぞ」

「何処を探す気じゃ?」

「いや下手人探しよりも、まずはお父上の所だ」






 下手人の疑いが強い太紋の家。前に立った信太郎の顔は渋い。

 初めは行方知れずの彼を探し出すという話だったはずが、今や疑いを持って追ってしまっている。申し訳ない気持ちが大きい。

 しかし事は土地全体の死活問題である。追及は避けられない。

 その上で、決して切り捨てもしない。

 彼にも救いを。その思いをしっかりと持ち、信太郎は戸を叩く。


 突然の訪問にも父親は快く応じてくれたが、非常に困った顔をしていた。


「あの、話をするのは構わないんだが、少し休まれた方がいいんじゃあ……」

「それほど酷い顔でしたでしょうか」

「あ、はい。それはもう」


 心配をされてしまった。

 確かに、思えばずっと動きっぱなしだ。山歩きに、百足との戦いが二回。それぞれが重労働である。

 鍛えているとは言え、確かに疲労は溜まってきている。これからを考えれば、体調は万全にすべきではある。ただ、やはり時間が惜しい。


「これはご心配をおかけしました。しかし足を止める訳にはいきませんので」

「いやいや待ちなさい。このままじゃ、あんた倒れるぞ」

「ええ、ええ。もっと言ってくださいまし。分からず屋で困っております」

「……永。何か食べる物を買ってきてくれ。力がつく物が良い」

「承知いたしました、旦那様」


 頼めば、永は呆れた風に出ていった。この様子では後が怖いが、受け入れるしかない。

 太紋の父親は呆れたように溜め息を吐く。


「あんたが頑固なのは分かった。もう言わない。それで、何が聞きたいんだ?」

「今日は息子殿ではなく、嫁であった女性について聞かせて下さい」

「……ああ。あの子は優しくて賢くて良い娘だったよ。太紋には勿体ないくらいだった」


 優しそうな、寂しそうな顔で語る。友好的な関係を築いていたらしい。好ましく優秀な人物であるようだった。

 これにより、信太郎は推測に更なる確信を持てた。最後の一押しに、確認する。


「太紋殿と出会われたのはいつなのでしょう。この町の出身ではないはずです。加えて、あまり過去は語りたがらなかったのではありませんか」

「んん。確かに知り合ったのは三年程前で、過去を語りたがらなかったってのもその通りだが……何故それを?」

「推測したまでですが、これは正しかったようですね」


 怪訝な顔をされる。

 全てを明かすのはまだ避けるべきかと明言は避けた。望まない、知らぬが仏の真実だろうから。

 ただ、解決した際には言わねばならないか。覚悟は必要だ。

 逡巡しつつも、次に進む。


「では、遺品は残っていますでしょうか」

「いや。太紋と一緒に消えたが……必要なのか? 何に?」

「いいえ、どうしてもという訳ではありません。しかし代わりと言っては失礼でしょうが、墓に参ってもよろしいでしょうか」

「ああ。そうしてくれると、わしも嬉しい」


 父親は好ましく微笑んだ。素直に喜んでいるのは、やはり彼女の人徳だろう。人を動かすだけの魅力がある。

 その後、戻ってきた永と魚や握り飯を食べ、少し休む。気力体力を補充し、あとは行動あるのみ。

 顔を険しくし、次なる場へと臨む。




 里の墓場。寺院より蛇信仰の力が強く、蛇が不浄を嫌ったとの事ので、木々に囲まれた少々な辺鄙な場所にあった。

 現在は誰もいないが、土に足跡など最近人が訪れた形跡はある。

 立派な墓石は家の規模からすれば不釣り合いな程だが、それだけ思いが強いのだ。

 まずは手を合わせる。

 それから申し訳なさを意識しつつ、検分する。


「気配はあるか」

「綺麗さっぱり、じゃな」


 残念だが納得する他ない。

 やはりここは大切な場所なのだ。彼としても汚したくないのだろう。

 供えられた花。磨かれた墓石。温かい思いが見てとれる。

 しかし永は顔をしかめて言った。


「じゃが、匂うの。血の匂いがこの場に染み付いておる。それも蛇でなく百足の匂いのようじゃし、ちと古いの」

「……昨日今日の話ではないのか?」

「その通りじゃ」

「となると、まさか最初に襲われたのがここ……いやしかし、百足の血では……」


 信太郎は深く悩む。永の話と状況が一致しない。

 これが何を意味するのか。新たな疑問が、事件の姿を変えてしまうのか。信太郎は不安を抱きつつ、思考する。


 何故この場所で血が流れたのか。

 血を流した百足は誰なのか。

 そもそも何故ここへ来たのか。

 その誰かは何処へいったのか。


 それらを解き明かす為に、問う。


「血の匂いは追えるか」

「む。いや留まっておるの。ここに強く染み付いてておる」

「まさかここに埋まっているのか?」

「ほ。それは有り得んの」


 ならば結論は一つ。

 血を流した何者かは生きている。

 百足は生命力の強い虫であり、大百足ならば尚更だ。傷が塞がり、そのせいで匂いが途絶えたのかもしれない。

 下手人が死んだと誤解して立ち去った後で、逃げたのか。

 だとしても、他者に知らせるべきそれを隠す理由はなんだろうか。

 誇りの為か。恐れの為か。

 あるいは、協力者なのか。


 しかし被害は蛇だけでなく百足にもある。協力しているとしたら、己の死をも望む者という事になる、のだが。


 それは──十分に考えられた。それだけの絶望があったと納得してしまう。

 繋がり、辿り着いた推測に、焦りを抱きつつ決断を下す。


「永。急いで蛇の長の下へ向かってくれ。おれはここに残って止める」

「何があるのじゃ」

「鬼はもう一人いる」

「分かった。頼もしい妻に安心して任せると良い」


 おどけて言い残し、永の姿が消える。正に安心して無意識に口元が緩んだ。


 それから、目付き鋭く気を引き締め直す。

 時は一刻を争う。

 故に、手段は選んでいられない。逃げ隠れる相手は、追いかけるより誘きだすべき。

 ここが大切な場所ならば、その想いを、悪いが利用させてもらう。


 精神統一。集中。

 手近な木を、掌で強烈に張った。

 ばん、と地を揺らす音が腹にまで響く。墓場を冒涜するように、静けさが追いやられる。

 散々人でなしだと自称しているが、心が痛む。罰は甘んじて受けるとしても、生温いだろうか。


 しばしの時を経て、予想通りに森の方から騒々しい足音。

 憤怒の形相で飛び込んできた男がいた。


「何をしている!!」


 見た目は至って普通。年は二十代前半頃か。鍛えている訳でもなく、走る姿勢からも達人めいたものは感じられない。聞いていた通り、これまで戦いとは無縁だった人間のようだ。

 だが、彼こそが、蛇と百足を殺した。今回の事件を起こした、鬼なのだ。

 信太郎は姿勢を正し、丁寧に迎えた。


「太紋殿ですね。ようやく会えました」

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