生姜がすりおろされた。
「美菜ー早く起きなさーい。」
あれ、お母さんの声だ。
「今日卒業式でしょー。」
ああそっか、今日卒業式か…。
「え!?卒業式!?」
「そうよ、何寝ぼけてんのあんた。早く支度しなさい、手伝うから。」
お、おはようございます皆さん。
私は柳多美菜です。
今日、私は高校を卒業するようです…。
「先に学校行ってるからねー。」
玄関からお母さんに声を掛けた。
「はーい。忘れ物ない?」
「無いと思う。」
「弁当は?」
「卒業式だからある訳ないじゃん!」
「ふふっ、そうね。」
「どうしたの急に。」
「なんだか娘が卒業するってすごい嬉しくてね。」
「もう三回は卒業してるでしょ、変なこと言って無いでちゃんと来てね。」
「わかってるわ。忘れ物あったら連絡頂戴ね。」
「わかった、ありがとう。じゃあ行ってきまーす。」
今日はなんだかお母さんが変になってしまった。そんなことを考えながら見慣れた校舎へ足を進める。
教室に入ったらまず一番に、幼馴染みに声を掛けるのが定番だ。友達がいない者同士仲良くやっている。友達のいないただのぼっちは、学校に来ていても先生に心配されるのだ。その為、面倒を避けるための共存関係でもある。
「おはよう虎太朗。」
「おはようございます。」
「何そんな畏ってんの」
「卒業式だからいつもと違う挨拶もいいかなって。」
「ございますがついただけじゃあんま変わった感ないよ。」
友達がいないのでほぼ毎日のように話している。お互いに厳しいことも言える良い関係だと思う。
「虎太朗は進学だっけ。」
「そうだよ。あんまりすごいとこじゃないけど、まぁ中間ぐらい。」
「いや全然すごいよ。私勉強苦手だし大学無理だなぁ。」
思えば怒られてばかりの人生だった。勉強もできなければ得意分野もない。
捻くれ気味の、人に対して卑屈な自分は子供の頃に完全に完成されていた。
「でも柳多は一人暮らしでしょ?そっちの方がよっぽど凄いよ。」
「まぁね。」
この時の私は少しドヤ顔気味だったと思う。
「というか柳多、料理できたっけ。」
「え。」
「ハッ!」
夢か…。なんだか高校生の頃を思い出してしまった。
ちょっと前までまだ高校生だったなんて今では信じられない。昔を思い出すたび、時間の速さを強く感じる。
そして私は今、生姜を握りながら寝ていたのだ。こんな高校生はいないし、こんな社会人も私ぐらいのものだろう。
とりあえず、顔洗うか。
顔を洗って目を覚ましながら思考を巡らせる。
えっと、昨日生姜にスライディングして、帰って服を洗濯して、パジャマに着替えた辺りから記憶がない。
きっとそのまま生姜を握って寝てしまったのだろう。
「ふふっ。」
どんな生活をしてるんだと思い、卒業式の母に似た笑い方をした。やはり親子だ。
顔を洗い終えたらやることは一つ。そう、ついに自炊の時だ。自炊の夢はまだ潰えてはいなかったのだ。
材料の確認を始める。
「豚肉よし、キャベツよし、薄力粉なし、生姜よし、醤油よし、砂糖よし、料理酒よし、ごま油よし。」
準備は完璧だ。私の伝説はここから始まる。
あの日、生姜をつかんだあの日。私にとって忘れられない日となった。
あの時の自分の勇気だけは忘れちゃいけない。
自分の夢に貪欲に生きて行こうと心に決めたのだ。
そんなことを考えながら生姜をすりおろした。削れてゆく生姜に、少し寂しさすら覚える。
そういえば卒業式の時、虎太朗に実は料理できるなんて言ってしまった。今回の自炊を糧にちゃんと作れるようにならないと。
「やったできた!」
そうこうしてるうちに完成した。言われた通りに作ったし、写真と比べても見た目は遜色無い。これは完璧なのでは。
綺麗に皿に盛り付け、お酒は飲めないので四ツ矢サイダーを用意する。
緊張の一瞬、初めての自炊は成功したのだろうか、匂いは美味しそう。
手を震わせながらゆっくりゆっくり豚肉を口に近ずける。
『パクッ』
これは………
「うんまい!世界一美味い!」
後にわかった事だが、自分の料理というやつはどう転んでも実に美味い。
ただこの日の生姜焼きだけは、生姜がよく効いた忘れられない美味しさだった。
おはようございます皆さん。
生姜が飛んだ。の後日談となっています。
主人公の生い立ちや小さな成長がよく出ている作品となりました。
生姜シリーズに関しては一応これがラストとなります。
ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。