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転生者、神になる  作者: BS
第一章
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6. 君に幸あれ(第一章第一節第六話)



「――――――そうか」

 曲者が現れてローズを拐おうとした―――という話にも、ジョゼフはいささかも取り乱したところを見せなかった。どこか予想通りというか、覚悟していたというような表情でもある。


「準備は全て済ませた。明日出発する。世話になったな、ヴァルト。ローズを守ってくれたこと、感謝している」

「ヴァルトも一緒に行くんじゃないの?」

 ローズはきょとんとしている。ジョゼフたちの旅にヴァルトが同行することを微塵も疑っていないようだ。新天地でも一緒に住むと思っているのだろう。


「ローズ、ヴァルトとは明日でお別れだ」

「え?」

 ローズはもともと丸い目をさらに丸くした。そしてやがてジョゼフの言葉の意味が飲み込めてくると、

「えーーーーー! なんでーーーーー!」

 例によって大声でわめきだした。

「これ以上、ヴァルトをわしらの事情に巻き込んで危険に晒すわけにはいかん。聞き分けておくれ、ローズ」

「いやよ、ヴァルトと一緒じゃなきゃ行かない!」

 手のつけようがない勢いであった。






─────────────────






 ローズが喚き疲れて寝てしまうと、ジョゼフは疲れた表情を浮かべてヴァルトの前に腰を下ろした。

「ヴァルト、あの子が寝ている間に出発してもらえんか。おまえさんなら夜道でも大丈夫だろう」

「そうですね。そうでもしないとあの子は梃子でも動かないでしょう。しかし―――実は、少し迷っています」

 ジョゼフとローズの問題であるなら、自分が首を突っ込むことではないと思っていた。しかし、襲ってきた曲者たちは明らかに何らかの組織や機関に所属している者たちだ。一度の襲撃で諦めるとは限らない。自分も同行してジョゼフとローズを守るべきではないかと、ヴァルトは考えていた。一方で、自分が共にいることで二人をなにかとてつもない危険に巻き込んでしまうのではないかという危惧もあった。


 ヴァルトは思い切って、自分がこの世界の人間ではないかもしれないというところから、自分が二人に災いを運んだのかもしれないというところまで、ジョゼフに全てを話した。



「そうか、そんなことを気にしておったか」

 荒唐無稽な話である。しかし、ジョゼフはヴァルトとともに暮らす間にその尋常でない身体能力を何度も見ている。ある意味腑に落ちる話でもあった。


「ヴァルト、わしはお前さんのせいで災いが起きたなどとは思っておらん」

「しかし…………」

「なるほど確かにお前さんの力は普通ではない。お前さんがここに来たこととローズが襲われたことも無関係ではないかもしれん。しかし、わしは因果が逆だと思っておる」

「逆?」

「お前さんが来たから災いが起きたのではなく、災いが起きるからお前さんが来たのだと」

「―――そうでしょうか」

「ヴァルト、わしもお前に話しておきたいことがある」

 ジョゼフは真剣な目でヴァルトの瞳を見て、切り出した。


「家名は言えんが、ローズはある地の領主の娘だった。ローズというのも本当の名ではない。わしの娘は縁あってその領主に見初められ、その側室となったのだが―――平民では正室にはなれん―――、その間に産まれたのがローズだ」

「それから色々あって―――これも詳しくは言えんが―――領主とわしの娘とその息子、つまりローズの兄が殺されてしまい、あの子だけが危ういところを助け出されて祖父のわしに託されたのだ。あの子はまだ命を狙われる立場なのだ。それから五年、この地に逃れたわしはあの子を誰の目にも触れんように育ててきた」

「ローズは、そのことを…………」

「三歳だったからな。記憶がまったくないわけではなかろう。細かい事情はともかく、大まかなところでは分かっておる部分もあるようだ」


「あの子がいずれ大きくなって家族の仇を討ちたいと願うなら、わしはそれを止める気はない。志を果たせず散るとしても、それが貴族の血というものなのだろう。しかし、その時までは―――わしはあの子を、少しでも平和に、のびのびと育ててやりたいのだ」


 ローズに何らかの秘密があることは察していたが、なるほどそのようなことだったかとヴァルトは頷いた。

 そして同時に納得した。日頃のローズの、あの妙に背伸びしたような話し方は幼少時の貴族生活の名残だったのだ。そして取り乱すと途端に言動が幼くなるのはそれから人と交わらずに生きてきたからだ。

「それなら、尚更―――」

「だからな、ヴァルト」


「わしやあの子はいずれ狙われる立場だったのだ。この五年はたまたま幸運だったに過ぎん。そして、その時がやってくると同時にお前さんが来たというわけだ」

「…………」

「ヴァルト、わしは思うのだが」

 ジョゼフは、ふだんローズに向けていた慈しみに満ちた目をヴァルトに向け、


「お前さんの行く先に災厄が起こるのではない。誰かが災厄に見舞われるところに、お前さんが行くのだ。お前さんをこの地に遣わした何者かがいるのなら、それがその者の意志なのだろう」

「誰かが災厄に見舞われるところに…………」

「お前さんが災厄を起こすのではない。人の世では、災厄は放っておいても起きるのだ。そこから誰かを守り、救うのが、お前さんに課された使命なのだろう。ローズを守ってくれたように」

「使命…………」


「人に災いを(もたら)すのではなく、齎された災いから人を救うのだ」

「人を救う…………」

「そうだ。本当のところはどうか分からんが、わしはそう思っておる。お前さんも、そう思っておいたほうが前向きに生きられよう」

 ヴァルトは目の前の霧が少し晴れた気分だった。まだ不安は大きいが、そう考えれば自分の存在と折り合いがつけられそうな気がした。


「というわけで、やはりわしらは二人で行く。人を救う使命を帯びた者を、わしらだけのために連れ回すわけにはいかん」

 半ば冗談めかして、ジョゼフが言う。


「しかし…………」

「それにな、正直なところ、お前さんがいると邪魔なのだ」

「―――??」

「わしらは逃亡者だ。人目を避けて生きねばならん。しかし、お前さんの力は普通ではない。どこに行っても否応なく目立つだろう。そんなお前さんと一緒にいたのではすぐに見つかってしまう。だから、夜のうちに出ていってくれ」

 もちろん、それがジョゼフの本心でないことはヴァルトにも分かっていた。ジョゼフは気を使ったのだ。ヴァルトにはヴァルトの道があるはずで、その邪魔をしたくないという心情は十分に伝わってきた。


 実は、ジョゼフがヴァルトを遠ざけた理由は他にもあった。ローズを想うその真意をヴァルトが知るのは、ずっと先のことである。






─────────────────






 ローズを起こさぬように、二人は外で話していた。日中は暖かいが、山中ということもあって夜はそれなりに冷える。本格的な夏がくるのはもうしばらく先のようだ。


「これが町までの地図、そしてこれが紹介状だ」

 ジョゼフは町で主に取引していた商人に紹介状を書いてくれた。門番に見せれば町にも入りやすくなるだろうとのことだった。地図も、今回は木板でなく羊皮紙だった。

 ジョゼフは松明も持たせてくれた。感覚も常人離れしているヴァルトならば、松明のわずかな明かりでも森を歩けるはずだ。


「それから、これは餞別だ」

 そう言ってジョゼフが取り出したのは、金貨や銀貨の入った革袋と二振りの剣である。金銭は二人も必要だろうとヴァルトは辞退したが、結局押しつけられた。


 剣は細身の片手剣と、剣というより鉄板のような大剣である。

「若い頃は鍛冶師をしていてな」

 炭焼小屋に炉があるとのことだった。ここのところずっと炭焼小屋に籠っていたのは、これを打っていたのだろう。ヴァルトは改めて感謝の意を示した。


 支度はすっかり終わった。ヴァルトの左の腰には片手剣、右の腰には水袋や小物入れ。背中に大剣を担ぎ、食料など旅に必要なものを入れた革袋を手に提げている。あとは出発するだけだった。


「達者でな」

「ジョゼフもお元気で。ローズによろしくお伝えください。本当に、お世話になりました。二人がいなければ、私は一人でどうなっていたかわかりません」

「礼には及ばん。助けられたのはこちらの方だ。―――では、ヴァルト、お前さんの道に神の導きがあらんことを」

「二人の旅の無事を、祈っています」






─────────────────






――――――同じ頃、同じ山中の何処(いずこ)か――――――


 昼間、ローズの誘拐を企てた曲者達が集まっている。全員男である。

 顔を殴られてのびていた男は息を吹き返しているが、腹を殴られた男は横になったままぴくりとも動かない。


「あのような化け物がいようとは…………」

「何者だ、あの男は?」

「あのような男の情報はなかったぞ」

「どうする?」


「任務は果たす。連中が寝静まっている頃合いに侵入し、娘を確保したら即座に撤退だ。たとえ寝込みを襲っても、あの化け物には適うまい」

「俺はどうする」

「お主はここで待機だ。その右腕ではどうにもなるまい、我ら三人で行く」

「うむ…………」

 その男の腕は肩口から指先にいたるまでびっちりと添木と包帯で固定されていた。ヴァルトに腕を壊された男である。


「よし、では出発して小屋の近くで待機だ」

 男たちが腰を浮かせかけたその時。


「え、もう行っちゃうの? もっと色々聞けるかなーと思ったのに」

 およそ場違いな、明るい女の声が響いた。が、声の主の姿はない。

「貴様―――いつから―――」

「あんた達が帰ってくる前から」

「…………」

 男たちの目が()()と細められる、臨戦態勢に入ったのである。が、女の声はそんなことにはお構いなしで、


「どんな化け物にやられたのか知らないけど、あんたたち、動揺しすぎじゃない? だから気配も全然隠せてないし、あたし()()の気配にも気づかない」

「!!」

 言外に込められた意味に、男たちが息を呑む。その男たちめがけて、数本の短刀が飛来する。急所は避けたものの、それぞれ腕や脚に短刀を受けた。躱した者も、体勢を崩してよろめいた。

 そこに闇の中から染み出すように現れた複数の影が斬りかかり、男たちはなす術もなく斬り(さいな)まされた。


「貴様らも―――あの娘を―――」

 瀕死の男が言う。


「もうすぐ死ぬアンタがそれを聞いてどうするのか知らないけど、違う」

 女の声は冷たかった。


「アンタたちがあの娘を使って何をしようとしているかにも興味ない。アタシたちの役目はアンタたちの邪魔をすることだけ」

「―――もう聞いていませんよ」 

 別の声がかかった。斬られた男は既に事切れている。


「ん? まあいいわ、とりあえず目的は達したから、撤収するわよ」

「了解」

「それにしても―――こいつらが『寝込みを襲っても敵わない』とまで言う化け物って一体なに? あの口ぶりだと人間みたいだけど、そんな人間いる? ちょっと気になるわね…………」

 その言葉を最後に、影たちは闇に消えていった。






─────────────────






 翌朝。

 目を覚ましたローズは、いつも同じ部屋で寝ているヴァルトの姿がないことに気づいた。


「じいじ、じいじ、起きて」

 ジョゼフを揺り起こす。ジョゼフは薄目を開け、半身を起こした。


「どうした、ローズ?」

「ヴァルトがいないの」

 ローズの目は不安でいっぱいだった。ジョゼフは心苦しいものを感じたが、言わないわけには行かない。


「ヴァルトなら、夜の間に出発したぞ。ローズによろしくと言っていた」

 その言葉に、ローズの表情が凍りついた。


「―――うそよ」

「うそではない」

「うそよ! うそよ! ヴァルトはあたしをおいて出ていったりしないわ! ヴァルト? ヴァルトーーー!」

 大声でわめきながら家中を駆け回るが、狭い小屋のような家のことである、ヴァルトがいないことはすぐに分かった。


「ローズ、分かっておくれ。ヴァルトにはヴァルトの人生がある。わしらの都合で振り回してはいかんのだ」

「いやよ! わかんないわ!」

 ローズは叫ぶと、外に飛び出していく。


「ヴァルトーー! どこーー?」

 あたりを見回し、走り回りながらヴァルトの名を呼ぶ。それを追うようにジョゼフも表に出てきた。


「じいじのばか! あたしが寝ている間に追い出してしまうなんて、ひどいわ」

「ローズ―――」

「ヴァルトーーー、どこなのーーー? あたしをおいていっちゃ、いやよーーー!」

 わんわん泣きながら、ローズが叫ぶ。


「せっかく仲良くなったのに。あたしにもおともだちができたと思ったのに。あたしをおいていかないで」

 わめきながら仰向けに倒れ、地面に手足を叩きつけて泣き叫ぶ。


「ヴァルトーーーーーー! ヴァルトーーーーーーーー!! どこなのーーーー!!!どこにいるのーーーーー!!!!」

 ローズの悲痛な泣き声は、しばらく山々に谺した。






─────────────────






(ともだち―――か)

 そのローズの慟哭は、ヴァルトの耳にも届いていた。

 

 昨夜、ヴァルトはジョゼフと別れたのち、ジョゼフが家に戻るのを見届けると踵を返して山を登り、ジョゼフの家を見下ろせる場所に座り込んだ。

 昼間の襲撃者が、また来るかもしれないと思ったのである。旅についていくことはできなくとも、今日ひと晩くらいは二人を守りたかった。


(やはり、殺しておくべきだったのか?)

 彼らの後ろには間違いなく何らかの組織がある。彼らが生きて戻れば、第二第三の刺客がやってくるだろう。そうなれば、ローズたちの逃亡生活も危うくなる。


 不思議なことに、人を殺すことへの心理的抵抗はさほど感じなかった。好き好んで殺そうとは思わないが、自分やローズを狙ってくる者が死ぬことへの感情的な忌避感はなかった。心の働きが鈍っているせいもあるだろう。

 ヴァルトが彼らを殺さなかったのは、ローズの目の前であったということの他に、理性の部分が待ったをかけたせいだった。


(この地はこの地の人たちのものだ。この地の人の罪は、この地の人によってこの地の法で裁かれるべきだ)

 ヴァルトはこの世界にとって完全な部外者、異物である。少なくともヴァルトはそう思っていた。その異物が、自分の判断でこの地に生きる人を私刑に処すべきではないと思ったのだ。

 だが、やはりローズの安全には代えられない。


(もし来たら、今度は殺す)

 その決意を固め、ヴァルトは夜の闇の中で息を殺した。



 月明かりが、住人たちの眠る家を照らしていた。






─────────────────







 夜が明けても、結局、襲撃者達がやって来ることはなかった。

 それでも念のため家を見張っていると、中でドタバタという音が聞こえ、やがて扉がばたんと開いてローズが泣きながら飛び出してきた。


「ヴァルトーーー、どこなのーーー」

「せっかく仲良くなったのに。あたしにもおともだちができたと思ったのに。あたしをおいていかないで」


その切々とした叫びは、ヴァルトの胸を切り裂くようだった。なぜか戦いには動じない心も、この辛さ、切なさを防いではくれなかった。ローズが泣き叫ぶ間、よほどローズの前に出ていってしまおうかと何度思ったか知れない。

 しかし、ここでローズに会ってしまえば、もう離れることはできないだろう。しかし、ヴァルトはまだ、自分が二人に災いを運んできてしまうかもしれないと考えていた。それに、それはジョゼフの気遣いと志を踏み(にじ)ることにもなる。



 それは拷問のような時間であった。ヴァルトは歯を食いしばって耐えたが、自分の目から涙が零れていることにも気づかなかった。


 まもなくジョゼフがローズを抱き上げて家の中に入っていき、やがて荷物を持った二人が家から出てきた。荷車を曳くジョゼフに手を引かれ、肩を落として俯いたローズがとぼとぼと山を下っていく。ヴァルトはその背が見えなくなるまで見送っていた。


 ローズは、五年を過ごしたはずの家を一度も振り返ることがなかった。


(ローズ…………)


 ヴァルトは、この二週間ばかりのローズとの記憶を辿っていた。それはこの地に来てからの二週間でもある。ヴァルトのこの地での記憶は、全てローズと共にあった記憶なのだ。


(ローズ、君は僕がこの地で会った初めての人だ。そして、僕にとってもこの地で初めての、とても、とても大切なともだちだ。今までも、これからも、ずっと―――)


 もう二度と会うことはないかもしれなかった。それでも。


(きみのことは、決して、忘れないよ)


(さようなら、ローズ)



・第一章第一節はここまでです。明日は幕間を挟み、明後日から第一章第二節に入ります。


・ブックマークや評価によって「総合評価」が得られるということを知りました。差し支えなければブックマーク登録や評価をいただけると幸いです。

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