4. 来客(第一章第一節第四話)
「モンスターだと?!」
炭焼小屋の場所は聞いていたので、ヴァルトは多少道に迷ったりしながらも辿り着き、出迎えたジョゼフとローズに事情を説明した。
「えー!ヴァルト、熊やっつけたの?すごーい!」
ローズは大はしゃぎである。
「それで、薪割りを壊してしまったんですが……」
「そんなもんはどうでもええ。そんなことより、モンスターが出たとなると一大事だ。遥か遠くから延々さまよってきたのならいいが、このへんで湧くようになったとすると…」
ジョゼフが言うには、モンスターは地中から湧いてくるらしい。湧く場所は大体決まっているのだが、噴出と呼ばれる現象が起きると、今まで湧かなかった場所にもモンスターが湧くようになるという。
「見たモンスターは1匹だけか?」
「そうですね」
「それなら、このすぐ近くで湧いたということでもあるまい。山のもっと奥で噴出が起きて、熊は湧いてきたモンスターから逃げてきたものかもしれんな」
「もんすたー?」
ローズは知らないらしい。
「真っ黒なんですよ。昨日の熊よりも、もっと」
「見てみたい!」
「だめだ。危険だからな。熊も何を考えているか分からんが、あいつらはそれ以上に何を考えているか分からん。そもそも生き物かどうかすら分からんと言われているくらいだからな。分かっていることは、人を見ると必ず殺そうとしてくることくらいだ」
「こわいね」
「ああ、こわいぞ」
「ヴァルトはそのこわいのもやっつけたの?」
「たまたま、ですけどね」
ヴァルトは頬を掻いた。
「すごいね!」
ローズは無邪気だった。
「これは別の場所に移り住むことも考えないといかんな」
ジョゼフは渋い顔だ。
「ま、いずれにせよ、今日明日の話ではない。ひとまずヴァルトが川に漬けてきたという熊をどうにかしよう。放っておくと魚や蟹に食われてしまう」
「いや、ローズには見せないほうが……」
「なんで?」
「この子は大丈夫だ。ふだんから兎だの鹿だの猪だの捌くところを見ているからな」
ジョゼフは猟師のようなこともしているようだ。熊も捌けるらしい。
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「ヴァルトのおかげで、今日は御馳走だ」
「くまさん、おいしいね!」
ローズは現金なものである。昨日あれだけ恐ろしい目に遭った熊だというのに、煮込まれた肉をにこにこして食べている。
あの後、ジョゼフは道具を持ってヴァルトの案内で熊のところに行き、見事な手際でそれを解体した。そして今日明日食べる分以外を燻製にしたり塩漬けにしたりといった作業をしているうちに日が暮れてしまった。そしてきれいに洗った内臓と一緒に煮込まれた熊肉が本日の夕食である。
「で、ヴァルト」
食事が済むと、ジョゼフがヴァルトに向き直る。
「わしらはここを引き払ってよそに移ろうと思う」
「えーー!なんでーー!」
ローズが抗議の声を上げるが、ジョゼフはそれには構わず、
「噴出が起きたり熊が降りてきたりしたのでは、ここの暮らしも安全ではない。わしはどこででも暮らせるし、この子もこの5年で山歩きは達者になった。また似たようなところを探してそこに落ち着こうと思う」
「そうですか……」
それはヴァルトが口を挟む問題ではない。
「だが今すぐの話ではない。色々と支度もいるし、町には世話になった人もいる。挨拶くらいはしなきゃならん」
「じいじ、どこに行くの?」
先程は抗議の声を上げていた筈だったが、ローズはもうその大きな鳶色の目を輝かせている。好奇心と冒険心の強い彼女は、新しい土地と聞いて期待が先行してしまったようだ。
「それはまだ分からん」
「ふーん」
「それで、ヴァルト、ちと頼みがある」
ジョゼフはヴァルトに向き直った。
「わしはこれからしばらくの間、ちょっとばかり忙しくなる。やることがたくさんあるからな。その間、ローズを一人にしておく時間もできてしまうだろう。そこにモンスターでも現れたらことだ。というわけでヴァルト、もしよければこの家にしばらく居てくれまいか? お前さんなら多少のことは大丈夫だろう」
「ヴァルト、ずっとここにいるの?それがいいわ!」
「『ずっと』では、ないと思いますけどね」
ヴァルトは苦笑いしつつ、間接的に承諾の意を示した。迷う必要はなかった。
「すまん」
「僕も助かりますから」
元より行くところのない身だ。置いてもらえるなら却ってありがたかった。それがジョゼフやローズの為になるというのなら尚更である。
「じゃあ、じゃあ、ヴァルトと一緒にお外に行ってもいいの?」
「ヴァルトを困らせたりせんのならな」
「大丈夫よ。あたし、ヴァルトを困らせたりしないわ」
「ならばええ」
「やったあ! じゃあヴァルト、明日はくくり罠の作り方を教えてあげるわ」
「ありがとうございます」
「すまんな。面倒見てやってくれ」
「じいじ、違うわ。あたしがヴァルトの面倒を見てあげるのよ」
「その通りですね」
かくして、ヴァルトはしばらくの間、ジョゼフの家に滞在することとなった。
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来客があったのは、それから一週間後のことである。
あれ以降、熊やモンスターは出ていない。
ヴァルトはローズとともに野草を摘んだり、罠を仕掛けたり、兎を狩ったり、川で釣りをしたりして過ごしていたのだが、その日は外に出ず、ローズに野草の処理や利用法を教わったり一緒に家事をしたりして過ごしていた。ジョゼフは朝から炭焼小屋に籠っている。旅立つ前に、少しでも路銀を稼いでおきたいとのことだった。
入り口の扉がノックされたのは、そんな日の昼下がりであった。
「――――?」
熊やモンスターがノックするとは思えない。人と見ていいだろう。
「ローズ、誰か来るという話を聞いていますか?」
「あたし、何も聞いてやしないわ」
「無視もできません。ひとまず出てみましょう」
中に人がいるのは物音で分かっているはずだ。ヴァルトは見つからないところにいるようローズに身振りで示すと、ローズが頷いたのを見て扉を開ける。
そこにいたのは人相のよくない四~五人の男たちだ。
「どちら様ですか?」
「あんたこそ誰だ?ここには炭焼きの爺さんが一人で住んでるはずだが……」
「ジョゼフは炭焼きに出ています。私は旅の者ですが――そうですね、今はこの家の居候のようなものです」
「まあ、あの爺さんを騙して得をする奴もいねえだろうしな」
男たちは胡散臭そうな顔でヴァルトを見ていたが、やがて納得したように軽く頷いて言った。
「俺たちは町の討伐者だ。このへんで噴出が起きた可能性があるということで、討伐所から調査を依頼されたんだ」
討伐者というのはモンスターを退治して報酬を得る職業で、討伐所というのはそれを統括する役所のことだ。モンスターは純然たる人の敵で共生は不可能なため、国には対モンスター専門の機関がある。
「ヴァルト、お客さんなの……?」
そのとき、家の奥からローズが出てきた。じっとしているのが我慢できなくなったのだろう。しかし、人相のよくない男たちを見て、ヴァルトの後ろに隠れてしまう。
「その子は……?」
ヴァルトは逡巡した。
『ここであの子に会ったことを、誰にも言わないで欲しいのだ』
ジョゼフはそう言っていた。ならば、ここでこの子を見られたのはまずいのではないか。適当にごまかすことも考えたが、ジョゼフやローズの事情がわからない以上、下手な嘘は事態を悪化させるおそれもある。迷った末、ヴァルトは正直に話すことにした。
「この子はジョゼフの孫で、ローズといいます」
「あの爺さんに孫娘がいたのか」
男たちは驚いたようだが、ローズがヴァルトの後ろに隠れたままなのに気づいて慌てだした。
「いや、おじさんたちは別に悪さをしに来たわけじゃないんだよ」
取ってつけたようにローズに言うが、ローズはヴァルトの後ろから出てこない。
「おめえの顔が怖すぎるんだよ」
「そんなことはねえだろう!」
「いや、間違いないね」
「お前らだって似たようなもんだろうが!」
「いや、おれの顔はリーダーほど怖くない」
―――人相は悪いが、悪い男たちではなさそうだ、とヴァルトは思った。
「喧嘩をしたらだめよ」
ローズが小声で言うが、男たちには聞こえていない。
「ローズ、あれは喧嘩をしているのではありませんよ」
ヴァルトの声で、ようやく男たちは我に返る。
「そうだよ、喧嘩なんかしてないぞ、おじさんたちは仲良しなんだ、ほら」
リーダーと呼ばれた男が無理に笑顔を作る。その引きつった顔はヴァルトから見ても少し怖かった。ローズはさらにヴァルトの後ろに隠れる。
「だめだよ、その顔じゃ余計怯える」
リーダーを押しのけ、比較的穏やかな顔をした男が進み出る。しゃがみこんでローズと目の高さを合わせると、ゆっくりと話しだした。
「おじさんたちはお話を聞きに来ただけなんだ。怖がらせてしまって、申し訳なかったね」
ローズは首を横に振る。が、まだヴァルトの後ろからは出てこない。
「お詫びにこれをどうぞ」
男はそう言って小さな包みを差し出した。焼き菓子のようだ。ローズの視線が包みに釘付けになる。
「もらって、いいの?」
「どうぞ」
ローズの視線が包みとヴァルトを往復する。体はすでに半分くらいヴァルトの背中からはみ出している。
「受け取っていいですよ」
ヴァルトが言うと、ローズはおずおずと進み出て包みを受け取る。
「―――ありがとう」
「どういたしまして」
男はにっこりと微笑んだ。子供の扱いに長けた男のようだ。隣では、リーダーと呼ばれた男が腕を組んでふて腐れている。
包みを開くと、中には小さい焼き菓子がいくつか入っていた。ローズはさっそくそのうちのひとつを口の中に放り込む。
「~~~~~~!!!」
言葉には出ていないが、ローズの感動は全身に表れていた。拳を握りしめて、全身を小刻みに震わせている。今にも飛び跳ねそうな勢いであった。山暮らしでは菓子を口にする機会など滅多にないのだろう。
「ヴァルト、おいしい、これおいしいわ! すごく甘くて、口の中でほろ、ってなるのよ!」
ローズは顔を真っ赤にしてまくしたてると、ヴァルトにも一つ差し出してくる。
「いや、私はいいですよ。そんなにおいしいなら、ローズがいただいてしまいなさい」
ヴァルトとしても未体験の菓子に興味がないでもなかったが、子供から菓子を取り上げるわけにも行かない。
ローズは大人たちを尻目にあっという間に焼き菓子を平らげてしまうと、包みの中にもう残っていないことに気づき、この世の終わりのような顔になった。
「なくなっちゃった…………」
「食べればなくなりますよ」
「じいじにもあげようと思ってたのに…………」
ローズは縋るような目でヴァルトや男たちを見回したが、彼らは一様に目を伏せて首を振った。
「ごめんね、あれしかなかったんだ」
「菓子なんて持ち歩いてるのは、コイツだけだからな」
無いものは仕方ない。ヴァルトは本題に入ってもらうことにした。
「それで、聞きたいことというのは」
「ああ」
ようやく思い出したかのように、リーダーが話しだした。
「さっきも言った通り、俺たちは討伐所の依頼で来たんだ。魔術か魔道具か知らないが、討伐所は統括する地域のモンスターの反応をある程度把握できるらしい。それで、十日くらい前からこの山のあたりでモンスターが増えているようだってんで、俺たちが調査と、あと討伐を頼まれたってわけだ」
「どこか遠くから流れてきただけなのか、噴出が起きて新しく発生しているのか、もしそうならばそれはどこなのか、そういうことを調べるんだ」
「で、この山には炭焼きの爺さんが住んでるってんで、モンスターを見てないか、他になにか変わったことはないか、そういうことを聞きに来たんだ」
「モンスターなら、一週間ほど前に一度遭遇しました」
「本当か?そいつは今どこにいる?」
「リーダー、この人が無事だってことは殪したってことでしょ」
「そうか―――そうなのか?」
「殪したかは分かりませんが、棒で殴ったら消えてしまいました」
「棒で――って、素人がそんなことであいつらを殪せたら俺らの仕事がなくなっちまうぜ」
「でも、消えた、ってことはその辺の黒い犬とかではないってことだよ?やっぱり殪したんじゃないの?」
「そういえば、こんなものが落ちていました」
ヴァルトが取り出したのは例の黒く光る石である。これがなんであるのか、ジョゼフに訊くのを忘れていたのだ。
「《結晶》…………」
「間違いないね。やっぱりモンスターがいたんだよ。そしてこの人が殪したんだ」
「これは何なのですか?」
「そんな事も知らねえ奴が棒きれでモンスターを―――と、それはまあいい。それは《魔結晶》、もしくは単に《結晶》って言ってな、詳しくは省くが、モンスターを殪すとそれが残るんだよ」
「それなりに貴重なものだから、無くさないように取っといたほうがいいよ。討伐所に持っていけば報酬ももらえる。その大きさなら大金貨一枚くらいかな」
大金貨一枚というのは、一般的な平民の五人家族がひと月暮らせるくらいの価値になる。庶民の金銭感覚では十分に大金と言ってよい。ヴァルトが感心したように手の中の黒い《結晶》を眺めていると、リーダーが話を促した。
「他になにか変わったことはないか?」
「熊が出ました。本当はもっと奥にいて、ここまで出てくることは無いそうです」
「それもあんたが棒切れで殴り殺したのか?」
「いえ、それは薪割りで」
「マジか…………冗談だったんだがな…………」
「モンスターに追われてきたのではないかと、ジョゼフは言っていました」
「モンスターは人にしか反応しねえから、熊が襲われるとは考えづらいが―――まあ、熊はそんなこと知らねえだろうしな。あんな気味悪いのがうろついてたら、逃げてもおかしくはねえな」
「リーダー、これは奥まで行ってみる必要があるよ」
「そうだな。―――と、お前ら、何してんだ?」
気づくと、ヴァルトと話しているのはリーダーともう一人だけで、残りの討伐者たちはローズと遊んでいた。壁に立てかけた板を的に見立て、石を投げているようだ。はじめはあれだけ怯えていたローズも、すっかり打ち解けてきゃっきゃとはしゃいでいる。
「ほら、行くぞ」
「へーい」
男たちはローズに手を振りながら山を登ってゆく。ローズも飛び跳ねながら腕を目一杯振り回している。
「じゃあねー! ばいばーい! またきてねー!」