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転生者、神になる  作者: BS
第一章
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1. 目覚め(第一章第一節第一話)

大雑把には完結まで書き上がっていますが、公開途中に読み返したら冗長であまり面白くなかったので書き直している作品です。

読んでくださる方がどの程度いるか分かりませんが、今回は完結まで書くつもりなので楽しんでいただければ幸いです。



 齋藤秋人(さいとうあきと)は、その日、目を覚まさなかった。



 幼い頃から好奇心と知識欲が旺盛で、思索すること、与えられた情報から結論を推測し実証することなどを強く好んだ。そして、そのような子の多くがそうであるように、学校の授業を何となく聞いているだけで地元の進学校に進学し、大学入試では多少の努力こそしたものの、いわゆる「過酷な受験戦争」などというものを味わうことなく最難関大学の一つに進み、物理学を専攻した。


 この頃までは、秋人は自分が研究者になるのだろうと思っていたし、ひょっとしたら歴史に名を刻むような業績を残せるかもしれない、などと考えていた。そして、これまたそのような子の多くがそうであるように、秋人は大学で現実を知る。上には上がおり、その上には更に上がいるのである。


 歴史に名を残すような研究者にはなれそうもないと思いながら、科学をこよなく愛する秋人は研究者の道を捨てなかった。最先端の研究を支えるのは超一流の科学者だけではない。マイナー分野の研究者も、第一線の研究者を支えるスタッフも、科学の発展には欠かせないものだという信念があった。


 学部卒業後、秋人は修士課程、博士後期課程と修了し博士(理学)の学位を取得、そのまま大学に残って博士研究員となった。いわゆるポスドクである。


 こうして研究を仕事にすることはできたわけだが、しかし、2010年代の日本のでは大学、研究機関全体が深刻な財政難に陥っており、人件費も削減される中でポスドクが希望する進路の定員が充分に用意されているとは言い難い状況であった。

 

 また、同様の理由で充分な報酬が支払えない研究室も多く、博士研究員の多くは低賃金で不規則な長時間拘束という劣悪な労働環境に置かれていた。加えて、彼らには三年や五年といった任期があり、頑張って耐えたところで将来が約束されているわけでもなかった。


 今の生活は辛いが、その先のキャリアはどこも狭き門で任期なしのポストにはなかなか就けない。何もしなければその任期が切れるとともに放り出されてしまう。しかし、博士後期課程を出ている時点で二十七歳であり、そこにポスドクの期間を加味すると三十歳を超えてしまう。研究以外の就労経験のない三十代にはよい就職の口も少なく、そのままフリーターや非正規労働者としての生活を余儀なくされる者も少なくないのであった。


 苦しい生活と将来への不安によるストレス。

 長時間の激務と不規則な生活による深刻な睡眠不足。

 時間的・金銭的・体力的余裕の無さによる偏った食生活。


 数少ない趣味であったゲームや読書、通っていた道場の稽古に割く時間も無くなり、秋人の心身の健康は確実に蝕まれていった。


そして、ある日眠りについた秋人は、とうとうその目を二度と開くことがなかったのである。






─────────────────






「……貴方は、残念ながら死んでしまいました」


――死んだ?僕が?


「ですが、私は貴方の才を惜しんでいます」


――いや、そんなことより。


「是非、貴方にしてほしいことがあるのです」


――そうじゃなくて……


「そのための、ちょっとした能力も授けましょう」


――僕の話も聞いてくださいよ。






─────────────────






「私は――そうですね、神様のようなものです」


――???


「君には、今から行く世界で新しい生を歩んでもらいます」


――今から行く世界?


「君にとっては未知の世界です。とはいえ、何も知らないと生活もままなりませんから、言葉などの、その世界の最低限の常識は頭に入れておいてあげましょう」


――一体、なんなんですか?


「君には、そこでしてほしいことがあります」


――何を?


「それはちょっと事情があって、まだ伏せておきます。いずれわかるでしょう」


――??????


「では、がんばって下さい」


――いや、ちょっと待って……


()()()()()()()()






─────────────────






 気づくと、見知らぬ場所に突っ立っていた。どうやら森の中のようだ。周囲には草と木しかない。

 何やら声が聞えていた気がするが、それももう聞えないし、その意味もわからない。


――何だ今のは?


――夢?


――なぜ僕はこんなところに立っている?


――新しい生?


――僕は死んだのか?


――何が起きている?


――ここはどこだ?


 混乱する頭に次々と疑問が浮かぶが、無論、眼前に広がる森の木々は何一つ答えてくれることはない。


 呆然と立ちつくす男が多少の落ち着きを取り戻すには、しばしの刻を要した。



――落ち着こう。


――体は動く。特におかしいところはなさそうだ。


 自分の体を見下ろすと、男は粗末な衣類と靴を身に着けている。見知らぬ世界らしいこの地で、比べるものもないこの状況で、なぜかそれが「粗末」であるということが分かった。



(「最低限の常識」と言っていたな)

 どうやら、あの「声」が言っていたように、「この世界」とやらの常識が頭に入っているようだ。「声」の言う通りならば「入れられた」なのかもしれないが。


 ただ、「最低限の常識」ではこの場所がどこであるかまではわからなかった。もっとも、何の変哲もない森の中である。特徴的な何かも見当たらない。見知らぬ地でなくても、突然こんなところで目覚めて、それがどこであるのか分かるほうが稀かもしれない。


 男はあたりを見回した。やはり草と木しかない。どこかの山の中のようだ。あるいは草木の植生からなにか分かるかとも思ったが、「最低限の常識」ではそんなことまでは分からなかった。


(これから、どうしたら……)



「おじさん、だれ?」


 男が不安に駆られ始めたとき、後ろから声がかかった。振り返ると、十にならぬくらいの、猟師のような厚手の服を着て籠を手に提げた女の子が立っていた。栗色の髪に大きな鳶色の瞳。人懐こそうな顔をした可愛らしい子である。



「おじさん、だあれ?どこのひと?」


 男が戸惑っていると、女の子が再び言った。警戒しているというより、見知らぬ人間が気になって仕方ないという風だ。



「ああ、僕は……」


――僕は――



――僕の名前は――



――名前は――





・・



・・・




――僕は(・・)だれだ(・・・)






─────────────────






――僕は誰だ?

――わからない。


――どこから来た?

――わからない。


――どうやって生きてきた?

――わからない。


――僕はどんな顔だった?

――わからない。


――なにか覚えていることは?

――ない。



「おじさん、どうしたの?」

 思わず膝をついて頭を抱えていたようだ。女の子が心配そうな声をかけてくる。



「だいじょうぶ?」

「あ――ああ。すみません。大丈夫です」

 言葉は通じるようだ。これは「最低限の常識」なのだろう。



 混乱する頭を無理やり落ち着かせると、男は立ち上がる。何が何だかわからないが、小さい女の子に心配をかけているようではいけない。


「えーと、僕は――ヴァルトといいます」

 男は咄嗟に思いついた名前を名乗った。『森にいたこと』以外は何もわからないので、そこから(ヴァルト)という名を思いついたのだ。


「ヴァルト?」

 女の子はなぜかにこにこしている。

「あたし、ローズ!」

 自分を指差しながら元気よく言う。


「ねえ、ヴァルトはどこから来たの?何してる人なの?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせてくる。思い悩む暇を与えてくれる気はないらしい。


「僕は旅をしていたのですが、実は、道に迷って帰れなくなってしまったのです」

 ヴァルトは適当にごまかそうとした。


「ヴァルトの話し方、おかしいわ」

 話を聞いているのかいないのか、少女は楽しそうに笑っている。どうやら話し方がおかしいらしいが、ヴァルトはこの話し方しか知らない。どうやら「最低限の常識」で得られる言語能力は限定的であるようだ。


「それに、荷物も持たずに旅をしているなんておかしいわ」

「に、荷物は、落としてしまったんですよ」

 ヴァルトはしどろもどろになったが、少女は特に怪しんでいる様子もない。ただ思ったことを口にしただけのようだ。とにかく、おしゃべりをするのが楽しくてたまらないといった風である。


「荷物がなかったら、困っちゃうわ」

「え、ええ、そうですね」

「だったら、うちに来たらいいわ」

「ええっ?」

 ヴァルトは驚いた。この少女には警戒心というものがないのだろうか。

「そんな、いきなりお訪ねするわけには行きませんよ。こんな見知らぬ男を連れて行ったら、ご両親も困るでしょう」


 男――だよな?

 ヴァルトは一瞬、自分の体を確認した。それは間違いなさそうだ。


「パパもママもいないわ。じいじとふたりで暮らしてるの」

 まずいことを言ってしまったかもしれないとヴァルトは思った。が、少女は気にした様子もない。


「ね、そうしましょう。お話ききたいわ」

 そう言ってヴァルトの手を引っ張っていたが、

「あ、あたし今日のおかずを摘みに来たのだったわ」

 そう言うと、突然ヴァルトから手を離して歩き出した。


 ヴァルトは呆気にとられていた。わけのわからない状況に混乱していたはずが、この天真爛漫な少女に振り回されるうちに有耶無耶になってしまった。


「ヴァルトも一緒に行きましょうよ」

 ローズと名乗った少女が呼んでいる。ヴァルトは逡巡したが、結局ついていくことに決めた。右も左も分からず為す術がない状況だったのだから、ローズに付き合っても問題はないだろう。それに、幼い少女の言葉を無碍にするのも躊躇われた。


 また、一方で

(そのおじいさんに会えれば、近くの人里くらいは教えてもらえるかもしれないな)

 そのような打算も、ないわけではなかった。


 ヴァルトがついていくと、少女は嬉しそうに微笑んだ。鼻歌など歌いながら野草を摘んで籠に入れている。

「これと、これと――」

「ローズは野草に詳しいのですね」

「じいじに教えてもらったの。じいじは何でも知ってるのよ」

 ローズは我がことのように誇らしげだった。


「ヴァルトは野草に詳しくないの?」

「僕はあまり」

「旅をするなら知っておいたほうがいいわ。あたしが教えてあげる」

「ええ、お願いします」

 ローズは教えたくてうずうずしているようだった。ヴァルトは素直に頭を下げる。


「これはヨモギ(エストラゴン)、細かく刻んでお魚にまぶして焼くのよ」

 ローズは得意げに一つ一つ手にとって名前と使用法などを説明してくれる。ヴァルトはそれを注意深く聴いた。せっかく教えてくれるのだから、聞き流してはもったいない。


「野草は摂り過ぎたらだめなのよ。全部取ったらもう生えなくなってしまうわ。それに、小さい芽は残しておいて、育ったら取るのよ」

「なるほど。勉強になります」

 ローズはニッコリと笑って頷いた。この少女は終始上機嫌である。何がそんなに嬉しいのだろうとヴァルトは思った。




 ローズが摘む野草は、食用のものだけでなく薬草の類もあるようだった。

「じいじが町に持っていって小麦粉や道具と換えてくるのよ」

「おじいさんは何をされているのですか?」

「炭焼きをしているの」

 だから山の中に住んでいるのか、とヴァルトは納得した。


「木を伐るのも、炭を作るのも、やらせてくれないの。まだ危ないからって。それに町へのお使いにも行かせてくれないのよ。あたしもう、ひとりでも大丈夫なのに」

 ローズは頬を膨らませる。その仕草がおかしく、ヴァルトはくすりと笑みをこぼした。


「笑うなんてひどいわ」

 ローズはますます頬を膨らませた。






─────────────────






 籠が一杯になってくると、ローズは「今日はここまでにするわ」と言って歩きだした。ヴァルトもその後をついていったが、突然ローズが短い叫び声を上げて走り出した。


「ウサギがかかっているわ!」

 見ると、一羽の兎が脚を縄に絡め取られて暴れていた。

「昨日、ワナをかけておいたの。これもじいじが教えてくれたのよ」

 植物の蔓でできているらしい縄を、ローズは結わえてあった木から外そうとする。



 が、獲物の肉を狙っていたのはローズだけではなかったのだ。

 


 がさがさと音を立てて、草木の間からずんぐりとした黒い影が現れた。



――熊である。



いつも前書きや後書きが書いてあると煩いという御意見を見かけたので、毎回は書かない予定です。章や節の切れ目、元ネタ情報や小ネタなどの物語に影響しない内容を書くことが時々あると思います。



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