お姉ちゃん、ごめんなさい
ボクが、命を賭けた必殺技のようにボクのすべてを放った後、余韻の中で目を開けると、妙なことになっていた。
視線の先。
お姉さんの背中は、ずいぶんとスリムなバットシグナルみたいに、見事に肩をすくめていた。
静寂。
お姉さんの、これ以上はムリなぐらい上がった肩が、ストンッと落ちた。
そして、お姉さんは、巻き込む風の音が聞こえそうなぐらいの勢いで振り返った。
そのままドタドタドタと走ってきそうな勢いだった。
そのせいで、ボクはそれまで見るのを避けてきたお姉さんの顔を、見てしまうことになった。
普通に可愛かった。
出会いの瞬間と違って、生きてた時は、きっと普通にお友達がいて、楽しく笑って、そんな姿が普通に想像できる、若い女の人の可愛い顔がそこにあった。
ただ、その表情は、何回思い出しても笑えてしまう。
ひどく怒っていた。
ホントぉーに怒っていた。
そして、それはちょっと恥ずかしそうだった。
ボクが、やっと、「あ、ビックリしたんだな」と理解した時には、お姉さんはプイッと背中を向けて、遠ざかりながら透明になって、消えた。
ボクは、それまでが気合いが入りきっていたので、萎むように「ヤッちゃったなぁ……」と申し訳ない気持ちでいっぱいになって、そのせいでかすれて小さくしか出ない声で、「ばいば~い……。お姉ちゃん、ばいば~い……」と、手をふった。
これが、ボクの『マキ姉との出会い』の物語。
ボクの人生で、けっこう大切な1日。
ただ、少し続きがある。
それからのボクは、数日に1度は、その遠い道程を越えて、お姉さんの空き家を訪ねた。
玄関の前の小さな階段に腰かけて、幼稚園であったことなど、たわいもない話をいろいろとした。
ただ、お姉さんは姿を現してくれることはなかった。
その習慣は楽しかったけど、幼児だからメンドーに感じることもあった。
でも、やめてしまうことはできなかった。
お姉さんを一人ぼっちにしたくなかったのだ。
それは、ボクが自転車のコマを外すまで続いて、ある日、終わりを迎える。
空き家の取り壊し工事が始まったのだ。
オトナたちはこの空き家を怖がっていたハズだから、ボクの一方的なデートは、いつまでも続くんだと油断していた。
ボクは血の気が引いて、大きくうなり声を挙げながら、カラーコーンとプラスチックのバーを越えて、中に躍り込んだ。