ボクにできることの、すべて
ボクは、必死に左右を見回した。
いない。
転がるように自転車から降りて、つんのめってホントに転んだ。
両手が地面に着いて、上げた顔の先に、お姉さんはいた。
ボクを送ってくれた道を、帰っていく背中。
どうしよう。
どうしよう。
ボクはパニックになった。
走って追いかけることは違うと、幼いなりに理解した。
そして、このまま見送ったら、もう二度とお姉さんには会えないのだろうとも察していた。
だけど、それはボクには耐えられなかった。
出会った時に、あんなに怖い思いをしたのに、ボクは、お姉さんを大好きになっていたのだ。
ボクは幼児だった。
そして、幼児と言えども、年上のお姉さんというのは、ドキドキする対象だった。
遠い遠い帰り道を、2人で過ごした。
ボクは自分が空っぽになったと感じるくらい、話し続けた。
お姉さんは1度も返事をしてくれなかったけど、その手は心地よくボクに触れ続けていた。
それに、抱きしめてもくれた。
そして、お姉さんの言葉だ。
幼いボクには、言おうとしている意味を察することもできなかった。
だけど、そんなボクにも、お姉さんはお姉さんの大事なことを、ボクにちゃんと話してくれたことは理解できていた。
もうすぐ5年になるボクの人生の中で、出会ってきたおばさん、お姉さん、大好きだった幼稚園の先生さえ追い抜いて、ユーレイのお姉さんは一番大好きなお姉さんに昇り詰めていた。
そして、何も返せるものがないことも、ボクをパニックにしていた。
抱きしめてくれて、大事なことをちゃんと話してくれたのに、返せるものがボクには無いのだ。
僕は、必死に考えた。
だけど、生まれてもうすぐ5年のボクには、何も思いつかなかった。
お姉さんに返せるものも、つなぎ止める方法も。
幼いボクの思考は、今までの人生で教わったことを、全力でするということを選択した。
ボクは立ち上がった。
ボクは大きく息を吸い、両手を握りしめた。
勢いで体をくの字に曲げ、自然とギュッと目を閉じて、ボクのすべてを放った。
ボクの持っている全力と、ボクの想いのすべてを込めた、お礼の言葉。
「ありがとォォォございましたァァァァ!!!!!」
声は響き渡った。
もしかしたら、住宅街に木霊していたかも知れない。