たぶん、大事なこと。
そして、
「怖いお顔とか、したらアカンのやでっ」
とナマイキを発揮した。
気分は高ぶって、声が高くなった。
だけど、アピールはいっぱいしたけれど、ナマイキは言い過ぎないように少し控えたと思う。
お姉さんを泣かせたくなかったし、怒って消えてほしくなかった。
ボクのテンションが上がると、背中に添えられてた手は、なだめるように頭に置かれて、背中とを行ったり来たりした。
頭に手が置かれた時、時々、くすぐるみたいに人差し指の先がモジモジ動いた。
初めて背中から手が離れた瞬間はドキリとしたけど、すぐにお姉さんはどこにも行かないとわかって、ボクは幸せな気分に酔いしれた。
ただ、1度もお姉さんの方を見なかった。
初めて会った瞬間に見た顔はやっぱりショックで、お姉さんの方を見上げたらあの顔が待っていて、幸せな時間が消えてしまう気がしたのだ。
空は、夕刻の、特別な景色に変わっていた。
まず、沈んでいく太陽の、抗う呻きのような赤。
昼間、僕らに注いでくれた恵みの名残りの白。
そして、もうすぐ世界を覆う黒みがかった青は、ボクたちの真上まで来ていた。
その頃には、景色も見覚えのあるものになっていた。
あれは○○クンの家。
あのお店には、こんなものが売っている。
あの家のオバサンは、みんなにこんなことを言われてる。
ボクは、幼児の脳ミソで言語化できるすべてを、お姉さんに捧げた。
そして、そのすべてを吐き出した頃、ボクの家が見えてきた。
「ここやねん、ボクのお家」
もう、黒みがかった青は、世界を支配していた。
サヨナラを、言わなければならない。
ボクには言えなかった。
後ろから抱きしめられた。
また、細くてサラサラした髪が、ボクの右の頬をくすぐった。
ボクが黙っていると、お姉さんが言った。
「男の子やったんよ」
小さくて悲しそうな声。
何のことかわからない。
抱きしめる手に力が込もって、お姉さんは起こされた子どもが甘えるような声を出した。
「会うのがコワくてなぁ、行かれへんねん……」
少しの間、ボクの鼻息の音だけが、世界のすべてになった。
お姉さんの腕の感触が消える。
ボクが慌てると、バン!と叩くように頭に手が置かれた。
そして、まるで毛の長い動物のお腹を撫でるみたいに、ワシャワシャと荒っぽく頭を撫でられた。
ボクは「むぅ、ぐむむむむむむ~」とオーバーにリアクションしながら、されるがままに甘えた。
そして、本当に気配が消えた。