帰り道
その手は上に上がり、振り払われるでもなく、ボクは手を離した。
頭を撫でてくれてた手は、、今度は右の肩に置かれた。
そして、ボクの顔の横に気配がして、耳元で「帰ろか」という囁き声がした。
やっぱり優しい声だった。
両肩に置かれた手に促されるように、ボクはそそくさと自転車のハンドルを掴むと、家の方向に向きを直して跨がった。
帰りたかったワケじゃなかったと思う。
なんだか、年上の女の人を近くに感じて、照れくさくて落ち着かなかった。
両肩に置かれた手はいつの間にか消えて、背中に感じていた気配は、気がつけばボクの右横に移動していた。
視界の端に白い布が揺れた。
背中にあまり大きくない手が添えられた。
促されるようにボクはペダルに足を掛ける。
ここまで、初めての場所に連れていかれた犬のように、落ち着きがなく無思考で促されるがままに従っていたけれど、自転車が進み出すとボクは残念で心残りのある気分になった。
お姉さんは怖くてボクを悲しませたけれど、優しくしてくれた。
でも、それだけじゃなくて、ボクを抱きしめてくれたお姉さんに、優しさだけじゃない、すがりつくような悲しい何かを、幼いなりに感じていたんだと思う。
コマ付き自転車の耳障りな音。
ボクたちは並んでボクの家までの帰り道を進んだ。
ボクは、何度も何度も、右側にあった気配を確認した。
いつか、途中で、その気配は消えてしまうんだろうと思っていた。
お姉さんの気配が消えてしまった後のことを、想像できなかった。
お姉さんは手を添えながら並んでくれて、それは、なかなか消えなかった。
あれ?
あれれ?
ボクの中に期待が生まれて、弾みだした。
空き家がずいぶん遠くなって、期待は確信になった。
あの時のボクの気分を、どう表現すればいいだろう!
勝ち誇る……というのは間違いだとわかる。
誇らしい……も違う。
意気揚々……も的確ではないか……。
そう、高揚感というのだろうか?
新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだような、ワクワクした、特別な存在として神さまから何かスゴい力を1つ与えられたような、爽快で、無敵な何かにでもなったような気分。
途端にボクの口数が増えた。
「スゴく遠かったんやで!」
「ボク、一生懸命、来たんや!」
と頑張りをアピールした。
「お姉ちゃんが心配やったんやッ」
と訴えた。