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四つの種族

作者: 楯病 漆矛

高校生の時の副担任がクソすぎて「少しでもストレスが発散出来れば」とに書いた話です。良ければ読んで見てください。

 数百年前、この世は陰族(いんぞく)陽族(ようぞく)静族(せいぞく)闘族(とうぞく)無族(むぞく)の五つの種族に別れていた。

陰・陽・静・闘の四つの種族は全人口の一割ずつで、無族は残りの六割だ。

陰、陽、静、闘は特殊な力を持っていた。無族は何の力も持って無いから『無』族なのだ。

力の強さは闘>静>陽>陰>無だ。しかし数百年たった今、この力関係は無くなっている。


 「くあ…ふぁ…」

「おいおい、またあくびしてんのか?好きだねー(笑)」

「うっせぇw」

あくびをした(ぬえ)に話しかけてきたのは(とび)だ。

「平和だねぇ」

縫は伸びをしながら言った。

「そうでもねぇぞ」

「ん?」

翔が指さした方を見るといじめの真っ最中だった。

「ありゃまー」

力による上下関係は無くなっていると言われてはいるが、実際は大人が勝手にそう思っているだけであって数百年たった今でも色濃く残っている。人間は自らのDNAに深く刻まれた力関係には逆らえないのだ。

縫はいじめ集団に近づいた。

「もうその辺にしとけよ」

縫はそこらじゅうで行われているいじめを止めるのが日課だった。

「あ? なんの能力も持ってねぇ無族は黙っとけ。痛い目みたくなかったらなw」

いじめ集団は(わら)った。

「無族ねぇ…そういう君はなんなのさ」

「俺か? 聞いて驚け、俺は天下無敵の闘族様だ!」

男は誇らしげに言った。闘族が最強、それは今でも変わらない。

「へえー、闘族って確か『運動能力が高く、戦いに関してはよく頭が回り、化け物級に強い』だったよな?」

「ああ、そうだ。よく知ってるな。」

「じゃあさ、闘族の代表的な名前とか知ってるか? 当然知ってるよな、同族なんだし」

「え…と、当然だろ! (代表的な名前なんかあったか? ネットでも教科書でも隅から隅まで徹底的に調べ、全部暗記した…はずなのに)」

「どうした? 言えよ。知ってるんだろ?」

縫はニコニコしながら答えを待っている。

「う、うるせぇ! じゃあお前は答えられるのかよ!?」

男は若干やけくそになっている。

「答えられるわけないじゃん」

「…は?」

男はキョトンとした。

「だって闘族に代表的な名前なんて元々ねぇからな♪」

(だま)しやがったな!」

「ガチモンの闘族ならわかることだ」

微笑しながら言う縫のその言葉にキレた男は縫に殴りかかった。当たった。が、手ごたえが無かった。

「大丈夫か?」

後ろで声がした。

「え…」

見ると縫は片膝をついてさっきまでいじめてられいたであろう男子に話しかけていた。

「いつの間に!」

「闘族ならこれくらい目で追えるとおもうけどね」

縫は嗤った。

「お仲間さん達にひとつ、教えといてやろう」

そう言いながら縫はユラリと立ち上がった。

「「「?」」」

「君らのリーダーは実は闘族なんかじゃない。君らのリーダーは…」

「やめろ!」

男は縫に飛びかかった。

「うむっ…」

押し倒して何も言えないように口を押さえた。

「ぷはっ…ほらな、この反応が証拠だ」

「やめろ…やめてくれ…頼むから…」

男は縫の胸に倒れこむように泣いた。

「…よしよし」

ニッと笑うと縫は男の頭をぽすぽすと叩いた。

「よぉし、お前らお開きだ。解散しろ」

縫は全員に指示した。いじめ集団は文字通り解散した。暴力による恐怖ではなく気迫だけで場を沈める。それが縫のやり方だった。

「もういじめとかすんなよ。次はねぇからな」

解散する直前に耳元で言われた縫の言葉は妙な現実性があった。後々いじめをした理由をリーダーに聞くと無族というだけでいじめられている自分と同じ目にあって欲しかったかららしい。まあ、そんなことだろうと縫は思った。いじめの理由なんて九割方『無族だから』だ。この世は理不尽だ。





「僕と戦おう!」

突然の大声に完全にリラックスしていた縫は、驚きすぎて口に入れたばかりのチョコボールが喉につっかえた。

「…ぶふっ! あっぶな…なんすかもー」

やっとの思いでチョコボールを飲み込んだ縫は大声で話しかけてきた相手をみた。相手は教師一年目で縫達2-5の副担任 沼島(ぬましま) 道忠(みちただ)だった。

担当教科は英語。一年目だからなのだろうか、とてもわかりにくい。しかも毎回授業のやり方が違う。中間テストの問題用紙も誤字や脱字がひどかった。フレンドリーなのはありがたいが、度が過ぎていて逆にウザイ。2-5に嫌われているのが悩みらしいが、嫌われる理由を作っているのが自分だということに気がついていない。

「なあなあ、縫君。僕と戦おうぜ」

沼島の言い方に、子供かよと鵺は思った。

「嫌ですよ。何で俺が先生の相手をしなくちゃいけないんすか…」

めんどくさいしどうせ相手にならない、口には出さないがそれが縫の本音だった。

「あー、わかった!」

沼島は何か(ひらめ)いたように手を叩いた。

「?」

「縫君、僕に負けるのが怖いんでしょ?」

「は?」

「そうだよねー、君いじめハンターだもんね。大人と子供っていう力の差があったとしても俺に負けたら自分がいじめの標的になるかもしれないもんね」

沼島は隣のクラスにも聞こえそうなくらい大声で言った。

「勘違いしないで下さい。俺が戦わないのは面倒くさいからです」

縫は本音を言った。

「戦ってくれないなら奥の手使おうかなー」

「奥の手?」

「戦わないと成績下げるぞ」

沼島は教師の特権を使った。

「ぐっ…わかりましたよ」

縫の英語の成績はあまりよくない。いつも高くて40点代だ。だから通知表の評価は5段階中の2。これ以上下げられるのは困る。

「で、何で俺なんですか? 理由くらいは教えて貰いたいですね」

沼島はニッと笑うと答えた。

「僕は赴任(ふにん)した学校の全部活の部長、副部長を得意な武力で倒すという目標を立てているんだ」

「(なるほど。武力による支配は絶対だし、部長・副部長になるには種族関係なくその部のNo.1、No.2の強さを持っていることが条件。部長・副部長が勝てない相手に部員が勝てるはずがない、ということか。まあ、要は教員の中では新任だから一番下だが生徒よりは上にいたいと、そう言うことか)俺は何番目ですか? なんとなく察しはつきますが」

「君は一番目だ。一番弱そうだからな」

縫は沼島に見えないようにニマァと不気味に笑うと言った。

「先生。もし、もしですよ? 俺が先生に勝ったらどうするんですか?」

「最後に回してまたやる」

当然だろという顔をして答えた。

「じゃあ、勝負を受けるにあたって俺からひとつ条件出しますけどいいですか?」

縫は人差し指を立てた。

「何だ?」

「俺を倒すまで次の人に移らないことを約束してください」

「それは自分の強さに自信があるからか?」

沼島は余裕な笑みを見せながら言った。

「そんなことないです。俺は副部長ですから俺が負けると部長に迷惑かかりますからね。ただし俺子供なんでお手柔らかにお願いします」

縫はニコッと笑った。

「わかった。僕は大人だ。子供相手に本気は出さないさ」

「じゃあ、今日の放課後にグラウンドで」

「ああ」沼島は上機嫌で去って行った。



「ふふっ、ぬーくん。地味に鬼畜な条件出したね」

沼島とのやりとりを見ていた前の席の宇為(うい)が楽しそうに言った。

「あれはぬーの本当の実力を知らないんだな。でも何でぬーを弱いって判断したんだろうな?」

後ろの席の(とび)が同じく楽しそうに言った。

「縫)多分昨日俺がいじめを止めたのをみてたんだと思うよ」

「翔)『気迫だけで止める』って逆に強そうに思えるけどな」

「宇)きっとあの先生には気迫だけしか能が無いって思われたんだよ」

「なあなあ、翔、うーちゃん。俺ってそんな弱そう?」

「「うん」」

二人は即答した。

「えーw」

身内の翔と宇為は物心つく前から仲がいい。

今まで生きてきた17年の人生で二人がいなかった日はない。だから言ったら本当は言ったら相手が傷つきそうな事もさらりと言えるのだ。

「翔)まあまあ、弱く見えるののも才能っていうぞ?」

「宇)そうそう。実際ぬーくんめっちゃ強いんだし♪」

「縫)過大評価すぎねぇ?」

「翔)そんなことないぞ、ぬー。お前は昔からすばしこかったし、戦闘に関してはよく頭がまわるじゃないか」

「ぬ~ん…」

縫は少しのせられている気がした。

「まあ、この際俺の強さなんかどうでもいい。問題はあの先生がどれだけ強いか、だ。二人はどう思う?」

縫は話を変えた。

「俺はすぐ倒せそうだなって思った。でも人は見かけによらないって言うしな」

「私もすぐに倒せそうだなって思った」

「なーるほど。お前らがあの先生をお気に召してない事はよーくわかった」

二人は苦い顔をしていた。

「だってよー」

「あの先生『自分強いですよオーラ』出してるんだもん。私あーいう人、大嫌い」

顔をしかめながら話す二人をみながら縫はハハッと笑った。

「縫)ま、いつも通り戦術はいいか」

「翔)戦術立てるほどの相手じゃなくね?」

「宇)立ててる時間の方がもったいないよ」

そんな事を話しているとチャイムが鳴った。三人は放課後の決闘のことを一旦忘れて授業の準備をした。


「沼島先生」

「何ですか?」

職員室の自分の机で書類整理をしていた沼島に、体育教師の治久(じきゅう) 雷貴(らいき)は話しかけた。

「この書類を今日中に…ん? 何ですかこの束」

「あー、僕が自作した生徒のリストです。俺、赴任した学校の部長・副部長を倒すのを目標にしていまして。まあ、わかりやすく言うとビンゴブックですね。半年間見極めぬいて今日の放課後、記念すべき一戦目なんですよ」

「へえ、その記念すべき一戦目は誰にしましたか?」

「あー、はい。えっと確か」

沼島は自作したリストのページをめくりながら言った。リストには各部活の部長・副部長の氏名、生年月日、学年、顔写真はもちろんのこと、種族、得意教科、苦手教科まで書かれていた。

「えーっとですね、あ、あった。縫君にしましたよ」

沼島は縫のページをみせた。

「おー、まずは文化部狙いですか?」

治久はそう言ってリストをひったくった。

「あ、ちょ…。狙いというか肩慣らしですよ。いきなり運動部は勝てる気しないので。やっぱり一戦目は幸先(さいさき)よくいきたいじゃないですか」

「まぁ、確かに。ん? 名前の横の二重丸は何ですか」

「それは第一印象で勝てるかどうかです。縫君の場合は二重丸。『余裕勝ち』って意味です」

「へぇ…」

治久は縫と同じ部活の部長、つまり翔のページを見た。種族は無で二重丸だった。

「先生はどうやって生徒の種族を見極めてるですか?」

「勘ですよ。生徒に直接聞くほうが早いんですけど、それだと大多数が闘族と答えるので。自分の勘のほうが頼りになるんですよ」

「へぇ…正解率はどれくらいですか?」

「えっと、80%くらいでしょうか」

「ふーん…」

ページをパラパラとめくりながら「正解率は20%といったところかな」と治久は思った。

「突然ですが沼島先生、俺の種族は何でしょう?」

治久はクイズを出した。

「うーん…陽ですかね。無じゃないのは確かです」

治久は心の中でニイッと(わら)った。

「正解です」

治久は笑いをこらえながら言った。沼島はよしっとガッツポーズをした。しかし治久の種族は闘。つまり沼島は勘はハズレたのだ。闘族は身体能力がとてつもなく高いだけでなく顔をみるだけで相手の種族がわかる能力があった。この能力は一般的に知られていない。さっき「正解率は20%」と思ったのはこの能力があったからだ。

「放課後の決闘、頑張って下さいね」

治久はリストを返した。

「え…頑張りませんよ。何で僕が頑張らなくちゃいけないんですか?」

「え?」

治久は驚いた。

「だって縫君は無族じゃないですか。いじめハンターだけあって気迫はあるみたいですが、逆にそれだけ抑えれば僕の勝ちですから、目をつぶっていても勝てますよ」

どうやら沼島は子供が出す気迫など大したことないと思っているようだ。

「でも生徒といえ男と男の決闘ですよね? 相手に失礼だと俺は思いますけど?」

沼島はため息に近い一息をつくと話した。

「治久先生、考えてみてください。僕は闘族です。つまり人類最強の種族です。種族最強の闘族の僕が無族の縫君の相手をする。無族からしたらそれだけでも光栄なことでしょ?」

治久は心の中で呆れ果てた。

「まあ、痛い目みないようにして下さい」

治久はリストを返した。

リストを受け取りながら笑う沼島、それをみて心の中で嗤う治久。

「放課後、俺も時間があったら観に行きますね。それまでやられないように頑張ってください。その書類お願いしますね。今日中ですよ」

治久はそう言い残して自分の席に戻った。沼島は治久の言葉に若干の不審感を抱きつつ、無族で文化部のザコごときに痛い目なんか見るはずが無いと思った。沼島は引き出しから出した勝利スタンプを縫の顔写真の上に押した。


「うーん…んっ。ふぅ」

やっと帰りのHRが終わったと言わんばかりに縫は伸びをした。

「ぬー君はこれからお楽しみの時間だね」

「へ?…ああ、沼島先生との戦闘か。ガッツリ忘れてたわ」

「うわー、先生かわいそうだなー」

翔が言った。

微塵(みじん)も思ってねぇくせに(笑)」

「よくわかったな(笑)」

三人は笑った。

「二人ともついて来るだろ? 今日は木曜で部活も無いんだし」縫は聞いた。

「もちろん。行かなきゃ損だろ? な、うーちゃん」

「うん! あのクソ生意気な先生がぶちのめされる瞬間は誰だって見たいもん」

「言葉汚いぞ。うーちゃん」

縫は笑って言った。


三人がグラウンドに行くと沼島がもう既に待ち構えていた。何故か仁王立ちで。

「来たな。校則違反共」

沼島の言葉に三人は首をかしげた。

「そのブレスレットと指輪は校則違反だろ? 他の先生方は見逃してくれただろうが、俺は見逃さん」

「あれ? おかしいなぁ、ちゃんと許可貰ってるんだけどな」

「おしゃれするのに許可がいるのか? それにお前らの親は超金持ちだろ?」

「え、もしかして先生は俺らが親の金でこれ着けるの許してもらっているとでも言いたいんですか?」

「そうだ。その歳で賄賂とはいいご身分だな?」

三人は黙った。呆れてものが言えないからだ。

「否定しないんだな。今外すなら見逃してやってもいい。そして今後付けるんなら俺個人にも金をよこせ」

「どうする? ぬー」

「聞く気無しだろうから外そうか」

「そうだね」

三人はブレスレットと指輪を外した。

「よし。それで良…」

沼島は言葉を切った。全身から毛穴という毛穴から汗が噴き出す。体温調節のための発汗ではない。恐怖や緊張したときにでる冷や汗だ。

「ははっ、どうしたんですか? その汗」

縫が沼島の様子をみてニコニコした顔で聞いた。

宇為と翔も同じくニコニコと笑っている。

「何した…」

「別に何も」

「嘘付け!」

「本当ですって」

「(じゃあ、さっきのは何だ!?)」

三人の顔を見ても依然として笑っているだけだった。

「(絶対あいつら何かやった! 何だ? 俺に何をやったんだ!)」

沼島は思考を巡らせたが一向に答えに辿り着かない。

「先生」

突然宇為に話しかけられ、沼島はビクッと驚いたあと顔を上げた。

「先生の種族はなんですか? おそらくですけど静ですよね?」

「お、俺は闘族だ!」

動揺した声。どうやら図星らしい。

「翔)闘ならこの程度はどうってことはないと思うのですが」

「は?」

「縫)俺もそう思います。闘ならむしろ心地よいはずですが」

「え?」

全くもって意味がわからない。

「これだけ言ってもわからないってことはやっぱり先生は闘じゃないですね」

「さっきから何言ってるんだ。わかるように説明しろ!」

「うーちゃん、説明して差し上げて」

「えー、しょうがないな。先生は今冷や汗をかいていますよね?」

「あ、ああ」

「それはなぜですか?」

「お前たちがブレスレットと指輪を外した瞬間、悪寒が走ったからだ」

「その悪寒、多分私たちが出した殺気のせいです」

「翔)出したっつーか漏れたですけど」

「ますますわからない。お前らみたいな無力で無価値な無族にどうしてこんな殺気が出せるんだ?」

「だって俺ら闘族ですもん」縫は言った。

縫たちが外したブレスレットは殺気やなんかを抑えるための道具だ。

昔はどうだったか知らないが闘族は力が強すぎるため、殺気やなんかを消す道具をいつも身に着けている。調整が出来ない子供のうちは特にそうしないと常に殺気やなんかを出し続け、まともな生活が送ることなど出来ない。

「お前らが闘族!? …嘘だ…俺の勘が外れるわけないないんだ…お前らのようなアホ面が…闘族なわけないんだ!」

沼島は(かたく)なに認めようしない。

「縫)まあ、よく『のほほんとしてる』とか『らしくない』とは言われますが、アホ面は初めてですね」

「…俺を…ナメるなよ」そう言って沼島は手を突き出す。(てのひら)からは透明な紐状の何かが伸びた。それはくねくねとまるで生きているかのように動くと宇為に巻きついた。沼島が突き出した手を元に戻すと宇為は吸い込まれるようにして沼島の腕の中に収まった。

「うーちゃん!」

「あーそうだよ! お前らの言う通り確かに俺は静族だ! この能力は静族しか使えないからな。でも静族は闘族に唯一対抗出来る種族だ。それにいくら闘族だろうと人質とられちゃ動けないだろ?」

沼島が出したのは闘族の力を抑えることが出来るものだ。これに一度捕まるとかなり力をもっていかれる。証拠に宇為の顔が少しぐったりしている。

「縫)ゲスが…」

「闘族の血も数百年という長い時間をかけて薄くなっているはずだ。お前たちが闘族になれたのもたまたまなんだろ? けど俺は違う! 俺は静族の父と母を持つ静族の純血(じゅんけつ)だ! お前たちなど敵では無い!」

沼島は勝ち誇った様な笑みを見せた。

「へぇ、先生純血なんですか。それが自慢ですか? へぇ…純血なんですか…」

そう呟く縫を見て翔は

「あちゃー」と頭を抑えた。

「先生、やっちゃいけないことしましたね」

「は?」その言葉の意味はわからなかったが、数秒後によくわかった。さっきとは比べ物にならないくらいの殺気が沼島を包んだからだ。

「(こいつのすぐキレる癖どうにかしなきゃだな)」

縫はいつもは穏やかでのほほんとしているが、同じ種族(特に翔と宇為)が人質に取られた時は怒りが一気に沸点に達する。キレたときの縫は酷く冷静かつ躊躇(ちゅうちょ)が無い。いや、あれは冷静といえるのだろうか。とりあえず人間としてのタガは外れる。まるでそんなものは元から無かったかのように。

「か…は…」

「(あーあ、先生ビビり過ぎて息するの忘れちゃってるよ。まあ、当然か。俺もこれだけの殺気向けられたらさすがにビビるわ)おお、すげぇ鳥肌…」

闘族は気の強い性格だ。だからどんな相手にでも臆せずに相手ができる。

「ぬー、落ち着けって」

「うっせぇ!」

縫が肩に置かれた翔の手を払うと数メートル先までふっとび、何度かバウンドしたあと体育器具庫にあたって止まった。

「ダメだこりゃ」

何事も無かったように翔は起き上がると宇為に目で合図した。宇為は首を振った。それを見た翔が縫を指してからガッツポーズをした。生まれたときから一緒にいるからこれだけで通じる。宇為は少ししてからうなずくと自分を拘束しているモノから抜け出した。沼島が縫に気をとられているいたため、拘束が緩くなっていたのでなんとか抜け出すことが出来た。

「大丈夫? さて、どうしようか。うーちゃん」

「いつも通りでいいんじゃない?」

「そうだね」翔は懐から注射器を出すと縫の首筋に突き刺した。

「うっ…」

注射器には即効性の麻酔が入っている。薬はすぐに縫の意識を奪った。縫が地面に倒れる前に翔がキャッチした。眠ったことにより凄まじい殺気は収まった。

「う…ぐ…」

しかし数秒後、意識を取り戻した。再度縫から殺気が吹き出す。そして気絶していたことも忘れたように沼島に向き直った。

「あーれぇ、おかしいな。いつもなら効くんだけどな」

「たぶん何回もやってるから抗体が出来ちゃったんだよ」

「あー、なるほど」

納得した翔は縫の前に立った。

「何だよ…」

縫は依然として凄まじい殺気を放っていた。

「別に」

翔が縫の腹を殴ると気を失った。

「やれやれ、また新しい薬作ってもらわなきゃだな」

そう言って翔は縫を肩に(かつ)いだ。

「待て、まだ勝負は…」

「翔)道具外した時に漏れた殺気で動けなかったくせになんですか? その上人質まで。日を改めて下さい」

沼島は言い返せなかった。

「でも…」

「翔)さっき先生は静の純血だと言いました。しかしそれは俺達も同じです」「へ?」

「宇)私達は何の混じり気も無い闘の純血なんです」

「翔)とりわけ俺の飛来家(ひらいけ)、うーちゃんの治久家(じきゅうけ)、ぬーの妖山家(あややまけ)は血の気が多い」

「治久…治久って!?」

「宇)言ってませんでしたっけ? 雷貴先生は私の叔父(おじ)です」

「あの人、陽じゃないのか…」

「翔)あー、それと先生は血的には静族じゃないですよ」

「え…は?…」

「翔)嘘って思うでしょう? でも事実ですから。多分先生は『先祖返り』ですよ」

種族が現れるパターンは『先祖返り』と『親がそうだった』の二種類だ。『先祖返り』はそのままの意味だ。例えば祖先に陽族がいた場合、無族の純血でも陽族の子供が産まれることがある。『親がそうだった』は説明するまでもないだろう。縫、翔、宇為がそうだ。ちなみに親同士の種族が違う場合は力が強いほうが出て来る。

「翔)先生は無族の純血。たまたま運が良かったから祖先の静の力を手に入れる事が出来た。それでだけなんですよ」

「宇)たまたま授かった力を(おご)ってる無族なんか純血闘族の敵じゃない。時間の無駄(むだ)だよ、帰ろ。翔」

「翔)そうだね、力を持ってる者こそ謙遜すべきだしね。帰ろうか」

二人は沼島に背を向けて歩き出した。

「…待てよ、逃げるのか?」

二人は『逃げる』という言葉に反応した。

「翔)逃げる? 誰が?」

「お前らが、だ。このままでは俺の不戦勝(ふせんしょう)だな」

沼島は笑った。

多少漏れた殺気の正体さえ教えないとわからなかったくせに。

宇為を人質にしたことによって縫から出た殺気をもろに食らって息をすることさえ忘れたくせに。

漏れた殺気を食らったときから一歩も動けていないくせに。

二人はどこにそんなことを言える余裕があるのか少し知りたいくらいだった。

「宇)先生いい加減にしてください…勝負ならついたじゃないですか…」

翔は呆れたようにため息をつくと言った。

「翔)俺でよければお相手しましょう」

「宇)翔っちゃん」

「翔)大丈夫だよ、うーちゃん。この分からず屋のクソにお(きゅう)をすえるだけだよ」

翔は縫を壁にもたれさせるとストレッチをした。

「力は使わないのか?」

「翔)知らないと思いますが、闘族には掟があるんですよ。その中に『私用で力を使うべからず』っていうのがあります。今回は完璧に私用ですからね、使えません」

「つまり俺程度の相手に力は使わなくとも勝てると?」

「翔)…あの、聞いてました? 『使わない』んじゃなくて『使えない』んです。俺では不満ですか? 一応俺はぬーと同じ部活の部長ですから不足はないかと」

「私用で力を使うときは事前に族長に許可をとる必要があるからな」

「翔)あらら、お早いお目覚めで」

翔によって壁を背に座らされていた縫は立ち上がった。

「縫)てめえ…マジ帰ったら覚えとけよ。アザできてたらどうすんだよ」

縫は腹をさすりながら言った。

「翔)仕方がなかったとはいえ御無礼(ごぶれい)をお許しください、族長様」

翔は片膝をついてあからさまな態度をとった。

「縫)その呼び方と態度はよしてくれ、気持ち悪い」

そう言って縫は苦い顔をした。どうやら本当に嫌らしい。

「翔)で、俺はどうしたらいい?」

翔は片膝をついたまま聞いた。

「縫)俺がやる。手を出さないでくれ」

「翔)りょーかい」

「縫)先生、お待たせしました」

「あれ? まだ終わって無いのか?」

改めて縫が沼島に向き合うと声がした。

「あ、雷貴さん」

伯父(おじ)さん」

「学校では雷貴『先生』な」

声の主は宇為の伯父、雷貴だった。

「族長様ー、何を手間取ってらっしゃるのですー?」

「雷貴さんまで…ちょっとトラブったんですよ。いけませんか?」

「べっつにー。お前が何のトラブルなくことを終えるなんてほぼないからな。あ、さっき嫁から連絡あってな。今日はカツカレーだから早く帰ってきてね、だとよ。給料日で特売だったから他にもいろいろあるらしいぞ」

「翔)マジっすか!? おいぬー、さっさと帰ろうぜ!」

「縫)OK。じゃあ、一分ほど待ってくれ」

一分後…

「おーわった。帰ろー、カツカレーが待ってる」

四人が去ったグランドには死んだように倒れている沼島が残った。

沼島はギリリと歯を食いしばると悔しそうに地面を叩いた。

一週間後…

「アキミチくん、僕と勝負しよう」

「え、何でですか…僕何もやって…」

「アキミチ何やってんの?」

「あ、あやくん。ちょっと先生が」

「ふーん、先生は俺が勝負を受ける際に提示した条件をお忘れのようですね。今からもう一戦しますか? あの時はまともに戦えなかったですからね」

沼島は他の生徒に挑もうとしたところを縫に見つかり、ボコボコにされた。

その次の日も、その次の次の日も……

一ヵ月が過ぎたころ、沼島の闘争心は修復不可能になるほどボッロボロになった。

「おはようございます、沼島先生」

止めに来るのはその場に居合わせた縫、翔、宇為の三人の誰か、それと決闘後、沼島から決闘を申し込まれたら「妖山 縫との約束があるんですよね?」と言って断るよう雷貴を通じて各クラスの担任に言うようにして貰った。今は学校中の生徒に伝わっている。

沼島が縫たち三人や雷貴を怖がるようになり、それを縫たち三人が楽しむようになったことは言うまでもない。

最後まで読んでくださりありがとうございます。いかがだったでしょうか?

今でもこの元副担任のことは友人との話題に上がります。皆さんも嫌いな人がいたら自分のように文に書き出してみるといいかもしれません。幾分か気が晴れますよ

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