本来の目的
ふと美夜の方へ目をやると、にこにこ笑っているのにその瞳の裏側にどこか寂しさを感じた。
「美夜、どうかした?」
「……ううん、なんでもないよ?どうしたの?」
すぐに自分の鈍感さに気付く、元はと言えば今日は美夜との約束を守りにここに来たのに、それなのにまた美夜を後回しにして我慢させるのか……?
「りくと、今日は悪かった。お姉ちゃんに楽しかったよ、また学校でって伝えといてくれ」
「それはいいですけと、突然どうしたんですか」
「ちょっと先約があったのを思い出してな。ほんと先輩には悪い事するけど今回は許してくれ、じゃあな!行くぞ美夜!」
美夜の手を掴み駆け出すと、さっきまで戸惑っていたりくとが
何か察した様子で悪戯そうに言う、
「なんとか弁解しときます、姉さんの分も楽しんできてください」
「カッコつけやがって……」
「ふん、こっちのセリフですよ」
俺達が見えなくなるまでりくとは手を振ってくれていた。
なんだ、いい男じゃんか惚れそうになったわ。
「ちょ、ちょっと待って……翔吾突然どうしたの??」
慌てた様子の美夜が、俺の手を手を振りほどく。
「突然悪かった、今日は一日お前と遊び尽くすつもりだったのに双葉先輩にばっか構って、それでやっと美夜との約束思い出して、ほんとごめん!謝って許される事じゃないかもしれないんだけど」
「……ふ、ふーん、浮気性、一夫多妻、ハーレムラノベ主人公?でも思い出してくれただけでも嬉しいからいい。それより先輩置いてきていいんだ?」
「健気過ぎだろ……抱き締めていい?」
「いいけど先輩……」
許可を貰い優しく抱き締める、周りにどう思われようが、バカップルだと言われようが今だけは構わない、構うものか。
「こうするの久しぶりだね」
「そうだな、昔は毎日してたのにな」
「今日から毎日してくれてもいいんだよ。それと先輩……」
どこまでも、それこそ俺なんかよりも何倍もお人好しで健気な女の子、
少しでも力を掛けたら壊れてしまいそうな程華奢な身体、髪の匂い、全てが愛おしい。こんなに完璧で欠陥だらけの女の子がこんなに近くに居るのに他の女の子に夢中になって。
「絶対怒られるだろうな、そん時は責任持って何時間でも叱られるよ」
「それより、もう幾らも時間がないし急ぐぞ行きたい所あるなら全部行こう」
「じゃあまずは……」
「えぇー、翔吾達どこか行っちゃったの!?」
驚いた衝撃で姉の手から袋が滑り落ちる。
「なんでも大事な約束を忘れていたとかで」
「ふん、今度は私が一日構って貰うから覚悟しといてよね!」
「じゃあ今日は僕と姉さんで遊び尽くしましょう」
「そうだね!行こっ」
それからは、時間が許す限り全力で遊び尽くした。
ボーリング、スタバ、ゲームコーナー、映画館、
「このゲームに勝った方が次行くとこで何か奢りな、美夜が負けても俺が払ってやるけど」
「なんで自分しか受けない罰ゲーム自ら提案するの……負けたら私も払うよ、その方が楽しいし」
「お、そうか?じゃあ始めるぞ」
その後、二人は汗だくになりながらも玉を転がし続けた。
「はぁはぁ……」
「ちっ……またガターかよ……」
「やったぁ……!ストライク……っ!」
「翔吾、いぇーい!」
「い、いぇーい(?)」
嬉しそうにハイタッチを求めてくる美夜が可愛かったので反射的にいぇーいしてしまったが、これ俺の奢り確定なんだよな?
ボーリングで完全敗北したので、約束を守る為に休憩がてらカフェに寄った。
「翔吾、ほんとにいいの??」
「約束は約束だ、好きなの頼んでくれ」
美夜が目をキラキラ輝かせながら聞いてくる、やっぱり女の子は甘いものが好きなのかな?
たかが数百円で喜んでくれるなら悪くない取引だと思った。
「じゃ、じゃあ私はムース フォーム キャラメル マキアートを一つ」
「えっと俺はー、すぷれっそ、あほかーどぷらぺてちちのーのっ!を、ひとつ……」
「あは、翔吾噛み噛みだね!」
「言える奴が凄いだけで俺は正常だよ、多分……」
「翔吾、あれ可愛いね」
「そうだな」
美夜の指さしたクレーンゲームのディスプレイ用のクマのぬいぐるみに目をやる、まだあんなのが欲しいのだろうか?
「欲しいね」
「そうだな(?)」
「取って欲しいな」
「……任せろ」
よし来た、かっこいい所見せてやろうじゃねぇか!
「い、いくぞ!こんなの一発で……うぉお!言ったそばから行き過ぎたぁぁああ!」
「惜しい!」
「美夜、ここからは修羅の道だ、もう誰にも止められないぞ……」
「う、うん……!」
三十分経過
「はぁはぁ……」
箱をずらして棒の隙間に落とすタイプなので金を掛ければいつか取れると思っていたが、そう簡単には格好つけさせてくれないらしい。こんだけやって取れない時点で取れた所で格好はつかないが男として負けられない。
「も、もういいよ……人にクレーンゲームの景品せがむのがどれだけ業の深い事か十二分に分かったからあ……」
美夜は半泣きで自分の罪を懺悔し許しを乞う、俺は手を止める事なくまたコインを投入し、美夜の罪を更に重くする。空気も罪も何もかも重くなっていく中でただ一つ、俺の財布だけが軽くなっていくのを感じる。
あぁ、本当にもう戻れねぇ所まで来ちまったんだな……
「ここまで来て辞められる訳ねーだろ……美夜、あれ見てみろよ。最初の位置から一センチ手前に動いてるだろ?あの一センチ、三千円な」
「全然そこまで来てないじゃん!やめようよ翔吾!!あっ、持ち上がった……!」
勝ちを確信したその刹那、
「「あっ!」」
落下した箱はギリギリ穴を避けて突っ張り棒にバウンドすると、さらに奥の方へと戻っていってしまう……
「よし、次はどこ行きたい?美夜」
「え、でもクマは?」
「なんの事?」
「あ、ううん、なんでもない!」
しらばっくれるなんて我ながらせこいとは思うがこれは逃げじゃない、戦略的撤退だ。これじゃ、いくら金があっても足りない……
「そう言えば、これ面白いって評判らしいよ」
「これなら俺も知ってるぞ、「君と僕と俺」だよな、壮馬と宮本も見に行ったって言ってたぞ。なんでも号泣したとか」
「へー、タイトルとかあらすじ見た感じ恋愛モノかな?」
「そうだな、僕と俺とって一人称が二つ入ってる所からして二重人格の主人公の恋愛モノみたいな感じかな?」
気になるなら調べればいいと思うだろうが、これは俺達なりの映画の楽しみ方だ。昔から二人で映画を見る時はこうやって内容を予想してから見るようにしている、少しでも内容を知らない方が、その分楽しみが増えるからだ。
「とりあえず見てみよ!」
美夜にそう言われ、ふと携帯を取り出し時間を確認する。
「もう四時か、今から見たら時間が……いや、なんでもない、入るか」
少し躊躇ったものの、撤回する。遊び尽くすと言った以上美夜の願いはなるだけ聞いてあげたいと思ったからだ。
「うん!」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁあ!!
殺人鬼の人格を持った主人公が仲間と一緒に館に閉じ込められ、仲間が一人ずつ殺されていく事に犯人が自分とは気付かず怯える主人公。
そして一人また一人と着実に減っていく仲間!
号泣ってそういう意味での号泣かよ、聞いてねぇわ!そういう事は先言っとけよ!?
俺怖いの無理って知ってるはずじゃんかよぉ!?
「翔吾、怖いよぉ……」
半泣きの美夜が、俺の胸に顔を埋めて抱き着いてくる。
普段なら役得だと思えるのに、今は怖がってないフリをするのに精一杯でこの状況を全然満喫出来ない。というか心臓の音でバレてるんじゃないだろうか?!
「とととりあえず落ち着け、たかがフィクションだろ……?」
シチュエーション自体はホラーにありがちなものだが、殺され方がとんでもなく残忍で主人公が映り込むシーンがほん怖の数倍怖い、俺の中でほん怖は最上位の怖さなので、つまりこれはとんでもなく怖い!
「私トイレ行ってくゅ……」
「お、おう……」
行かないでくれ美夜、美夜ぁぁぁぁぁぁあ!俺を一人にするな美夜!美夜っ!
やべ俺もちびりそう……出たァァァァ!!
映り込む犯人と共に少しだけ、ほんとに少しだけ出ました……
「や、やっと終わった……」
エンディングが流れ始め、一人冷や汗と小さい方でびしょびしょになりながら安堵の息を漏らす。
結局美夜は、映画が終わるまで帰ってくる事はなかった。
すると左隣に座っていた女の子がトントンと指で肩を突くので思わず顔を上げる。
「お兄ちゃん凄い汗だけど大丈夫?これあげるから使って!でもこの映画結構怖かったね!」
「あ、ありがとう……君怖いの平気なの?」
「うーん、怖いけどお兄ちゃん程は怖くなかったよ!じゃあねお兄ちゃん!」
「……あ、うん!じゃあねハンカチありがと!」
こんな小さな女の子が一人で見れているというのに……ちびったなんて絶対言えないなあ……
「美夜……こんな所に居たのか」
この裏切り者め……!
「その……一人だけ逃げてごめんね。映画どんな内容だったの?」
そうかこいつ序盤に逃げたからその後の展開知らないのか。
「ま、まあ?狂気的なシーンは多かったが、最終的には上手にまとめられてたな?」
何故か強がる時って疑問形になるんだよな。
美夜も一応興味はあるようで、神妙な面持ちで耳を傾ける。
「ど、どんな感じだったの??」
「主人公のもうひとつの人格が殺人鬼だったのは知ってると思うが、犯行は主人公が寝てる時にしか起こらなかった、これでは犯人が主人公であると証明する事は不可能だ、真犯人を見つけられないまま六人居た仲間は遂に最後の一人まで減ってしまった。そこで視聴者側はある事に気付かされる」
「ある事って??」
「実は、主人公が本当はもう生きていない事に。元々その密室に入ったメンバーの中に主人公は居なかったんだ、いつの間にか紛れ込んで居た主人公を誰も疑おうとしなかった。その事に気付いた生き残りの男は主人公に向けて発砲する、痛みにもがく主人、「今までのアイツらの仇だ、お前が悪い訳じゃないのは分かってる。だが許せ……」そう言って立て続けに発砲する」
「で、でもなんで主人公が犯人だって分かったの?」
「主人公は殺された人達の友人だったんだよ、昔からもう一つの人格があって、それはなんの前触れもなく突然訪れるんだ、それが最近悪化してきてこれ以上周りを傷付ける前にと、その館で自害したんだ。だが、そのもう一つの人格は悪霊によるもので、死んだ後も悪霊が屍を動かした。故に成仏できない魂が屍に残り続けた。主人公は何とかそれに持ちこたえていたが、寝てる時だけは悪霊に乗っ取られてしまっていたんだ。男はその光景を過去に一度見ていた、だから思い出す事ができた。そして最後に主人公は男に「ありがとう、それとごめん……」そう言って消えていった」
ちびる程怖かったのは確かだったが、最後には感動すら覚えたのも事実だった。
「へー、話は良く出来てるみたいだね」
「だろ?お前も最後まで見れば良かったのに」
「私は怖いからいいかな」
「そうか、でももう六時だし飯食って帰るか」
「あ、あのさ……」
「どうかしたか?」
「なんでもない!そうだね、ご飯食べよ」
誤魔化したのか?なんて言いたかったのかな?