桃井さんは僕の幼馴染の女の子が好きらしい!?
「ねえねえ、久我山」
「え?」
とある放課後、僕が帰ろうとしていると、クラスメイトの桃井さんが唐突に話し掛けてきた。
桃井さんは典型的なギャルで、地味で陰キャな僕とはほとんど話したことすらない。
そんな桃井さんが、いったい僕に何の用だろう?
「な、何かな?」
「久我山ってさ、東城素子さんと幼馴染なんでしょ?」
「え? 素子?」
何でここで素子の名前が出てくるんだ?
確かに僕と素子は、家も隣同士の幼馴染だけど……。
でも、ザ・凡人の僕と違って、容姿端麗な上、成績も超優秀な素子は、県内でも有数の進学校に通っている。
桃井さんと接点があるとは思えないけど……。
「何で桃井さんが素子のこと知ってるの?」
「あー、アタシさー、最近駅前のファミレスでバイト始めたんだよねー」
「駅前の?……ああ」
なるほど。
合点がいった。
何故ならその店で、前から素子もバイトしているからだ。
そこで知り合ったってことか。
そんで僕の話題も出たってとこかな?
「そうなんだ。あいつ僕以外にあんま友達いないからさ。よかったら仲良くしてあげてよ」
「そ、それなんだけどさ」
「?」
急に桃井さんがもじもじし出した。
え? 何?
トイレでも我慢してるの?(失礼)
「実はアタシさ、東城さんこと――好きになっちゃったんだよね」
「……は?」
はあああああああ!?!?
好きッ!?
好きって言った今ッ!?
「友達としてって意味じゃないよ。その……恋愛対象としてって意味だから」
「う、うん」
桃井さんは頬を染めながら呟いた。
つまり桃井さんは、ガチ百合ってこと!?
……へぇ。
漫画とかではたまに見るけど、リアルでガチ百合の人って初めて会ったな。
「だからさ、久我山にお願いがあるんだけど」
「え?」
ヤバい。
メッチャ嫌な予感がする。
「アタシと東城さんが、二人でデートする場をセッティングしてほしいんだよね」
「……ほへ?」
な・ん・でッ!?!?
何で僕がそんなことしなきゃいけないのッ!?!?
「頼むよ! こんなことあんたにしか頼めないんだから」
「で、でも……」
嫌だよそんなの!
「最悪アタシが東城さんのこと好きだってことは本人に伝えてもいいからさ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
勝手に話進めないでよ!
「て訳だから、後はよろしくね!」
「桃井さん!?」
「吉報を待ってるよ! じゃーねー」
「桃井さーーーん!!!」
……行ってしまった。
……これは厄介なことになったな。
「あ、誠おかえりー」
「……ただいま」
僕が家に帰って自室のドアを開けると、いつものように素子が僕のベッドに寝そべりながら僕の漫画を読んでいた。
素子はバイトがない日は、大抵僕の部屋に勝手に上がってゴロゴロしている。
「ハァ……」
僕は大きく溜め息を吐くと、勉強机の椅子に腰掛けた。
「ん? どうしたの誠? 学校で何かあった?」
「っ!」
流石幼馴染。
そういうところは敏感だな。
でも、こういうことはさっさと済ませた方がいいかもな。
「……最近素子のバイト先に、桃井さんって女の子が入っただろ?」
「桃井さん?――ああ、入ったよ。そういや誠と同じクラスなんだってね」
「うん、そうなんだよ」
「とっても可愛い子だよね。スタイルもいいし、コミュ力も高いしさ。憧れちゃうな、正直……」
「へえ?」
何だ?
もしかして素子も桃井さんのこと、満更でもないのかな?
そういうことなら話は早いや。
「――あのさ、素子」
「ん? 何?」
「……実はさ」
「……うん?」
「……桃井さんが素子のこと――――好きらしいんだよね」
「――え」
素子の顔から一瞬で色が失われた。
ま、まあ、そりゃビックリはするよな。
「友達としてって意味じゃないよ。――恋愛対象としてだってさ」
「……」
素子はベッドから起き上がって、無言で僕を見据えた。
心なしか若干怒っているようにも見える。
え? もしかして僕の言い方がマズかったかな?
「だからさ、今度桃井さんと素子が二人でデートする場をセッティングしてもらえないかって頼まれちゃったんだよね」
「……それで?」
「え?」
それで、とは?
「それで誠はどう思ったの?」
「ど、どうって……」
素子の口調は明らかに怒気を孕んでいる。
何でさっきからそんな怒ってるの!?
「……ハァ、こんなはずじゃなかったのになぁ」
「は?」
素子は大きな溜め息を一つ零した。
どうした急に!?
さっきから情緒不安定過ぎないか!?
「……嘘よ」
「ん?」
嘘?
何が?
「桃井さんが私のこと好きだっていうのは嘘なの」
「…………へ?」
へはああああああああ!?!?
何!? 何!? 何!?
どういうことそれ!?!?
あまりの展開に、頭がついていけないんですけどッ!?!?
「私が桃井さんに頼んで、誠に噓を吐くように頼んだのよ」
「な、何で……」
そんなこと……。
「……そう言えば、誠がヤキモチを焼いてくれるかなって思って」
「ヤキモチ?」
何故僕が?
「――もう! ここまで言ってまだわからないの!? 私はね――――ずっと前から誠が好きだったのよ!」
「――!」
えーーーーー!?!?!?
そそそそそそそんなバカな!?!?
それは絶対に有り得ない!
だって――
「素子、僕達は――――女同士なんだよ!?」
「だったら何よッ!」
「っ!」
素子は眼に涙を浮かべた。
……素子。
「女が女を好きになっちゃいけないっていうの!? 私が誠を好きだっていうこの気持ちは、噓偽りのない真実なのに!」
「っ! 素子……」
素子は真っ直ぐな瞳で僕を射抜いた。
「誠も、私と同じ気持ちだと思ってたのに……」
「え?」
それって、どういう……?
「ねえ誠! ホントに私が他の女の子と付き合ってもいいの!? 誠はそれでも、何とも思わないの!?」
「え、ええっと……」
「……くっ! もういいわよッ! 誠のバカッ!!」
「素子!?」
素子は泣きながら僕の部屋から出ていってしまった。
……素子。
僕は一人になった部屋で、何もない天井を眺めた。
……素子が僕のことを好き。
……全然気付かなかった。
…………。
いや、本当にそうなんだろうか?
本当に僕は、素子の気持ちを少しもわかっていなかったんだろうか?
…………。
違うな。
本当は僕はずっと前から、素子の僕を見つめる視線の変化に気付いていた。
だって明らかに他の女の子を見る眼と、色が違っていたから。
――そしてその視線を、僕は心地良いとも感じていた。
でもそれはいけないことなんだ。
女同士が好き合うなんて、あってはいけないことなんだと自分の気持ちに蓋をして、今日まで僕はそれらに見て見ぬふりをしてきた。
――でもそれも、そろそろやめにしよう。
素子にも自分にも、これ以上噓を吐くのはやめよう。
素子もさっき言ってくれたじゃないか。
素子が僕を好きだっていう気持ちは、噓偽りのない真実だって。
だったら僕の素子へのこの気持ちも、同じく真実であるに違いない。
…………今までごめんな、素子。
「――素子!」
僕は素子の名を呼んで駆け出した。
おわり