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アンデッド祭り

(アヌース! このでっかいフルヘルメット野郎はなんなんだ? カムラはどうなった?)


黒い球体から現れた巨躯の悪魔は、頭から爪先まで深緑の重厚な鎧で身を固め、なんの構えも取らず周囲の様子を観察するように静かに立っている。


(緑の騎士、か。こいつはムールムールという魔神で地獄ゲヘナの公爵だ。死霊術ネクロマンシーを得意としている。貴様の友はムールムールに受肉されたのだ)


カムラが悪魔に受肉された? でも俺とは違って姿形まで悪魔に変わってしまっている。鎧の下にはカムラがいる、なんてことはないのだろうか。


「久しぶりのシャバだと思ったら病院かよ」

耳障りなザラザラとした声が病室に響く。

「ったく辛気臭ぇ。おいお前。悪いが殺すぜ」


ムールムールはそう言うと、突然禍々しい大剣を上段に構えて斬り下ろしてきた。

横っ飛びでどうにか躱す。けたたましい音とともに床に裂け目が生じる。左足のギブスが邪魔で動き辛い。


「お、避けやがったな」


振り下ろした剣を今度は斜め上に斬り上げてくるが、これもしゃがんで空振りさせた。剣風で俺の髪が逆巻く。

大剣のプレッシャーは相当なものだが、見た目通り素早さはそれほどではない。


(マガテ! 我の助力なしでよく躱した! 肝が冷えたぞ)

「こちとら運動神経にはっ! 自信があるんだっ! よっ!」


叫びながらベッドを引っ掴み、そのままムールムールを殴り付ける。反撃されるなんて思っていなかったらしく、まともに喰らってぶっ飛んでくれた。


(なんだその馬鹿力は!?)

アヌースは呑気に驚いている。もう少し役に立ってほしい。どうも瞬発力にかける奴だ。


「お前やるなぁ」ムールムールは感心したように叫ぶ。「ぜってぇぶっこ――」


お前の口上に付き合う義理はない。下半身を強く踏ん張り、腰で十分にためを作ってからムールムール目掛けてベッドを投げつけた。

見事命中して緑の甲冑は壁とベッドの板挟みになる。俺は左足を壁に蹴りつけてギブスを壊し、急いで病室から抜け出した。


(貴様、さっきから人間離れも甚だしいぞ)

(うるさい。お前こそちっとは役に立てよ。まさかダスター蹴散らして悦に入るのが関の山か?)

(なんだと。聞き捨てならんな! 戻れ、目にもの見せてくれる)


アヌースの主張は無視してとにかく外を目指して走る。エレベーターの前にはナースステーションがあり、看護師から走らないよう注意された。ごめんなさい、それどころではないのです。


(6階か。エレベーター遅いな)病院のエレベーターはそういう設定になっているのか、駆動が遅い。人の乗り降りもあるのだろう、なかなか上がって来ない。


気が急いて階段で降りることにした。

(アヌース、このままだとカムラはどうなるんだ?)

(肉体はいずれ受肉の負荷に耐えられなくなり壊死するだろうな。ムールムールと適合していれば、それだけ壊死までの時間は長くなる)


壊死だと。

(おい! そんなこと聞かされてないぞ!)

(案ずるな。我と貴様の相性は上々だよ。500年はいける)

なんとなし、鳥肌が立つ。セクハラアヌースめ。そもそもこっちが500年も保たない。


(どうやったらカムラを救える?)

階段を上段から踊り場へ飛び降りながら尋ねる。


(今しがたの話はあくまで肉体についてだ。……貴様の友は、すでにこの世にいない)

(どういうことだよ! 俺は受肉されても平気だぞ? それにお前、受肉する前に俺の意識は残るって言ってたじゃないか。カムラもそうじゃないのか?)


(受肉にも色々ある。お互いに合意を形成した上で受肉する場合は、境界シェオールで説明した通りだ。しかし降魔術で強制的に受肉を行う場合は、その憑代よりしろの自我は消え去ってしまう。……死と同義だ)


(……ふざけんな。……受肉を解く方法は?)

(肉体をムールムールから解放するという意味では、除霊だな)


(除霊ってどうやる?)

(色々方法はあるがな。手っ取り早いのは物質界ダフマにとどまっていられなくなるほどに痛めつけてやることだ)


わかった。


(病院だと周りにどんな影響が出るかわからない。外に出る)

(その方がよかろうな。なぜか貴様を狙っているようだし。……あまり熱くなるなよ)


半分まで下ったところで、急に冷気が漂ってきた。漂ってきたと思ったら、なんだか嫌な雰囲気をはらんだ気体の塊が壁やら床やら天井やらから湧き出る。

気体をよく見ると、目や口らしい暗がりがある。


(ゴーストだ。死霊術を使ってきたようだな)

(ゴースト? ただの雑魚だろ)


とりあえず一番近くにいるゴーストをぶん殴る。が、なんの手応えもない。


(落ち着け。そんな有様ではムールムールの除霊は危ういぞ)


うるさい、わかっている。正直、存在を受け入れようとはしているが、悪魔だの受肉だの頭がついていかない。しかも、突然現れて俺の友達の命を奪ったという。


表現し難い怒りがあった。本当にカムラは死んだのか? 俺の理解の外側で、俺の世界に干渉なんてさせたくない。


とにかく除霊することだ。してみないとカムラの安否だってわからない。アヌースがどう言おうとも、世界の仕組みがそうだろうとも、そんなこと俺は知らない。


触れられないなら無視して突っ切るのもありか。そう思い踊り場から次のフロアに飛ぼうとしたとき、ゴーストの何体かが体にまとわりついてきた。


なんの質量も感じない。大丈夫だ、見た目はおどろしいがこいつらたいしたことない。早く外に出ないと。


……しかしカムラには悪いことをした。自殺した俺なんかの見舞いに来たばっかりに変なことに巻き込んでしまって。俺みたいな社会不適合者は放っておけばいいものを。もし本当に死んでいたら、嫁さんや子供はどうなるんだ。


嫁さんは確か出産で仕事を辞めている。赤子を抱えて路頭に迷うなんて悲惨すぎるぞ。俺のせいか、俺が自殺なんてしなければカムラは悪魔に受肉されることはなかったはずだ。俺が早く死ねばあいつは悪魔から解放されるかもしれない。


一度死のうとした俺だ。ここで殺されたところでどうってことないじゃないか。どうせ生き返ったところで会社には戻れない。たいした資格は持ってないし再就職のあてもない。退院後の生活なんて考えるだけで憂鬱だ。死のう。そうだ、その方がいい。みんな幸せだ。


(マガテっ!!)

アヌースの気合いが体中を巡り我に返った。


(ゴーストを舐めるな。人間に取り憑き、負の感情で支配して殺そうとする)

(……そうか)


まだゴーストの攻撃の余韻が残っていて、心が少し辛い。もう少しでネガティブな感情の波に心をからめとられるところだった。頭に血が上っていたが、おかげで幾分か冷静になれた。


アヌースの気迫でゴーストどもは俺の体から離れ、中空でこちらの様子をうかがっているようだ。


しかし状況はどんどん悪くなる。ゴーストに加えて階段の上から下から青白い顔をした人達が踊り場に殺到する。

中には頭が欠けている人や腹から臓物がはみ出ている人もいる。


(グールも来たか。人の肉を喰らうアンデッドだ。ムールムールめ、本格的に貴様を狩る気だぞ。マガテよ、両手を出せ)

迫り来るグールにびびりながら手を突き出すと、両掌からそれぞれバスケットボール大の光る玉が浮き出てきた。


(我の魔力がこもった光球だ。お前の意思で半径5メートル程度の範囲なら自由に操作できるぞ。名付けて黄金球ゴールデンボール!)


「改名だ馬鹿野郎!」


叫びながら目の前に迫るグールの腹にぶつかるよう念じてみると、2つの光球はかなりのスピードでグールの土手っ腹に突っ込んで上半身と下半身を分断した。高校球児の豪速球くらいの球速は出ているだろうか。


(アンデッドに我が光球は辛かろうな)アヌースは得意げだ。(ほら、ぼさっとするな。どんどん来るぞ)


俺は浮遊する2つの球を操りゴーストやグールを倒しながら、俺自身もグールを殴って蹴ってと地上を目指す。


この黄金球、ネーミングは最低だが両手が空くのが非常にいい。オレが投げた方がスピードは出るが、小回りが利いて死角を埋めやすいし操作性もいい。アヌースにしては上出来だ。あとでまともな術名を考えよう。


とにかく、この地獄のような階段を抜けないことには先はない。


ゴーストが取り憑こうと襲ってくる。

グールも光球に怯むことなく肉を求め押し寄せる。


上下左右前後、全てが俺の命に牙を剥く。

生を手放さないよう全力で抗う。


上空から迫り来るゴーストを光球で消し飛ばし、その隙に距離を詰めてきたグールは前蹴りで粉砕する。


しかし、俺と光球の迎撃よりも寄せ手の圧力の方が上だ。すぐそこにグールの無数の手が迫る。


(マガテよ! 多数を一度に相手にするときは、空間を守るように黄金球を使え!)


なるほど。俺を中心に2つの光球を上下に移動させながら円運動させた。破壊の光を放つ双子の衛星は瞬く間に周囲のグールを無力化する。


ナイスアドバイスだアヌース。


でも本当にこんな光球と自力だけでこの囲いを切り抜けられるのだろうか。仮に生き残れたとしても次はムールムールを相手にしなければならない。さらにムールムールを倒せたとして、カムラが戻ってこなければ全てが徒労だ。


結果もわからないのに無駄に足掻くなんてそもそも無駄だし、そんなことならここで潔く死んだ方がよっぽど合理的だろう。


うん、そうだな。死のう。


グール達が俺の体を引き倒す。手伝ってくれるのか。幾度となく顔面は踏み抜かれ横っ腹は蹴り飛ばされる。首、肩、四肢や体のあちこちを掴まれ身動きできない。


心配しなくても俺は逃げないよ。皮膚に爪が食い込んでくる。肉をむしる輩もいる。


唾液を垂らした無数の口が迫ってくる。そうか、俺を食うか。よし、食うが良い。


死に憧憬を抱いて弛緩した頭は、全てを優しく受け入れる。


(マガテよ!! しっかりせんか!!)


いつの間にかゴーストに憑かれていたらしい。頭の霧が晴れるように、意識が鮮明になり活力が蘇る。それと同時に痛覚が本来の働きを取り戻す。


「いってえなこのやろう!!」


襲い来る痛みを怒りに変え、光球をぶん回した。俺を食おうとしていたグールどもの頭は無残に砕かれ脳漿のうしょうや歯を撒き散らす。


なおも雪崩れ来るグールの群れに、自ら身を踊らせた。光球で弾き、削り、粉砕し、それでも搔い潜って迫るグールは渾身の暴力で迎え撃った。


気づけば視界は血霧で赤に染まり、床に撒き散らされた臓物や血で足を取られる。


自分が立っているのか倒れているのかもわからず、無我夢中で階段からもがき出た。


服は破れ体中傷だらけだ。息をしようにも呼吸が整わず激しくむせる。マガテの助力を得て呼吸が落ち着いてくると、ようやく生きていることを実感した。


(ど、どうにか、抜け切った)

(……まさか全て倒すとはな)


幾分か余裕が生まれて辺りを見渡す。

そこで目にした光景に絶句した。


俺が入院している病院は、この地域では一番大きな総合病院だ。

その大きな病院の1階フロアはアンデッドと黒い鳥どもに占拠されていた。人間は逃げたのか、殺されたのか、とにかく姿が見えない。


(……どうなってんだ)

(ムールムールの仕業だな。あの黒鳥を見ろ)


ただの鳥ではなかった。ぎょろりと大きな目が4つあり、くちばしは鋭く赤黒い何かでぬらめいている。


「やめて! 助けて!」

どこかに隠れていたらしい女性が、異形の黒鳥達に群がられて悲鳴をあげる。


助けに動こうとした瞬間には嘴で体中を穴だらけにされて、ボロ雑巾のように地に伏した。


言葉が出ない。


目の前の惨劇に体を強張らせていると、穴だらけにされた女性がむくりと起き上がった。

「だ、大丈夫ですか?」

(不用意に近づくな)


穿うがたれた穴から鮮血を垂れ流しながら虚ろな表情でこっちを見遣るそれは、グールだった。


(あの黒鳥はムールムールの使い魔だ。黒鳥自体に死霊術の術式が練り込まれていて、ああやって死体を作りながら手駒を増やせる、まさに一石二鳥の戦法というわけだ)


(うるさい)


階段のグール達も病院服や白衣を着ていたから、薄々感じてはいた。でも、あえて無視をしていた。

俺は人を殺したのだろうか。


(動揺と後悔、恐怖の念を感じるな。なるほど、気に病む必要はない。お前の倒してきた者達はすでに人外の者だ。目の前の女、だったモノもな)


そうかい。でもそんな風に割り切れるものではない。人間がグールにされる様を目の当たりにして、もう俺にとってグールは人間の延長線上にいる。


アンデッドにされた人達にとどめを刺したという罪悪感が、思考と行動を鈍らせる。


(階段でかなり時間をくった。早くしないと奴が来るぞ)

(グール達を元に戻すことはできないのか?)

(元の死体にということか? 破壊だな、それが一番の鎮魂だろう。だがそんな悠長な時間はないぞ!)


鎮魂だと? カムラといい、さっきからそんなことばっかりだ。……でも、本当に他に方法がないのなら、せめてムールムールの死霊術から解放してあげたい。


……それに兄ちゃんも心配だ。


(外に出るのはやめだ。売店に行く)

売店は1階にある。すでに病院はこんな状態だ。俺が外に逃げる理由はなくなった。

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