第70話 孤立した村26 勇者としての生き方
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イルの手に握られた剣を見てリオンは愕然とする。リオンの想像では、剣に触ろうとしたイルが吹き飛ばされ、多少痛い目を見る……はずだったのだ。しかし現実はどうだ。イルは吹き飛ばされることはなく、あまつさえ剣を抜いてしまったではないか。これに驚くなという方が無理だろう。
しかし、驚いているのはリオンだけではない。ハルトもシアも、抜いてしまった張本人であるイルまで驚きに目を丸くしている。
「えっと……どういうことだ?」
「妾に聞くな! なぜお主が抜いておるんじゃ!」
「いやそんなこと言われても……っていうか、これってつまりオレがこの聖剣の担い手になるってことか?」
「……いや、そういうわけではなかろう。もしお主が剣の担い手であるというならば、抜いた時点で反応を示すはずじゃ。それがないということは担い手ではない。まぁこうなってはしょうがない。ためしにハルトに持たせてみよ」
「わかった。ほらよ」
「いきなり投げないでよ。ってうわっ!」
イルがハルトに投げて剣を渡す。慌てつつもなんとかハルトが受け取った瞬間、錆びていたはずの剣が目を焼くような光を放つ。いきなりのことにハルト達は目を瞑ってしまう。少しの後、おそるおそるハルトが目を開けるとそこには……光を放つ前と何も変わらない、錆びたままの剣があった。
「変わって……ない?」
「……やはりか」
リオンは半ば予想していたといわんばかりに深くため息を吐く。そしてわしゃわしゃと頭をかく。
「理由がわかるの?」
「おそらく、じゃがな。確定ではないぞ」
「それでもいいから教えてよ。このままじゃどうしようもないし」
「……イルと同じじゃよ」
「イルさんと同じ?」
「オレと同じってどういうことだよ」
「お主、自分が魔法を使えるようになるために必要だと言ったことは覚えておるな?」
「まぁ……そりゃな」
「イルさんが魔法を使えるようになったきっかけってなんなの?」
「……それ、言わなきゃダメか?」
「言いたくないなら妾の口から——」
「わー! ちょっと待てこのバカ!」
「んー! んー!」
【聖魔法】を使えるようになった理由をリオンが話そうとした時、イルがとっさにその口を塞ぐ。リオンは口を塞がれたままもごもごと口を動かすが、何を言っているかはわからない。そんなリオンにイルが耳打ちする。
「シアはオレが元男だってこと知らないんだぞ。変なこと言うなよ」
「——ぷはっ、別に隠すようなことではなかろうに」
「隠すようなことだよ。知らないなら知らないままでいいんだよ」
「……ま、お主がそうしたいというのであれば構わんがな。ハルトにだけ教えてやるがよい」
「わかったよ」
「二人ともどうしたの?」
ひそひそと話す二人にシアが問いかける。シアは何も知らない。イルが元男であるということを。ガイル・マースキンであったということを。今のイルはそれをシアに隠しておきたいと思ってしまった。その理由がなんなのか、イルは薄々気付いていながらも無視する。
「いや、なんでもねぇよ。おいハルト、ちょっとこっち来い」
「ボク?」
「いいから」
近づいてきたハルトの服を引っ張り部屋の隅まで移動させ、耳元に口を寄せるイル。イルの吐息が耳にかかり、ハルトはくすぐったげに身をよじる。
「シアの前じゃ大っぴらに言えないから、お前にだけ理由教えてやるよ」
「シアさんには言えないって、どうして?」
「そこは察しろよこのバカ。オレが【聖魔法】を使えるようになるために必要だったのは……女としての自分を受け入れることだった」
「えぇ! それってどういう……」
「声がでけぇよ! どうもこうもねぇ、そのままの意味だ。オレは男だって意識を捨てる。そして、女として生きていく覚悟を決めたってことだよ」
「イルさん……」
口で言うことは簡単だが、その覚悟を決めるのが決して容易いことではないことぐらいハルトにもわかる。同時に、イルにそこまでの決断をさせてしまった自分の不甲斐なさをハルトは感じていた。自分にもっと力があれば、ロックゴーレムを倒せるだけの力があればイルが決断をする必要はなかったのだから。
「あぁもう、そんな顔すんなよ。別に後悔してねぇし。一時的なことだからな!」
「一時的?」
「当たり前だろ。今は女として生きる。その決断に嘘はねぇ。でもそれは男に戻る手段を見つけるまでだ。だから、期間限定ってやつだな。だからお前も気にすんな」
「……はは、イルさんらしいね」
「オレはいつだってオレらしいさ」
「そうだね」
「話は終わったかの?」
笑い合うイルとハルトのことを見たリオンが声を掛けてくる。
「あ、うん。終わったよ。でも……イルさんと同じってどういうこと?」
ハルトは別にイルのように性別転換したわけではない。元から男だ。それなのにイルが女として生きていくことを決めたことと、自分が聖剣を使えない理由。それがどう繋がるのかがハルトにはわからなかった。
「察しの悪い奴じゃのう。妾が言いたいのはとどのつまり、覚悟の話じゃ。お主まだ《勇者》として生きる覚悟を定めきれていないのじゃろう」
「ボクが? そんなことは——」
「口ではなんとでも言える。では問うがの、お主にとって《勇者》とはなんじゃ」
「何って、《魔王》を倒してヒトの平和を守るための存在じゃないの?」
「それは世間一般で言われる《勇者》像じゃろう? そこが足りない部分じゃ。お主の中に確固たる《勇者》としての生き方が定まっておらぬのじゃ。だからこそ、その剣は答えぬのじゃ」
「ボクの……《勇者》としての生き方」
「妾の知るとある勇者はこう言った。《勇者》とは全ての敵を薙ぎ払い、駆逐し、畏怖される存在でなければならない、とな。そしてそやつはその通りに生き抜いた。また別の《勇者》はこう言った、《勇者》とは弱きものの助けとなり、大衆の模範として生きるべき存在だ、とな。そやつもまた、その意志のままに生き抜いた。お主は? どのような《勇者》として生きたいのじゃ?」
「ボクは……ボクの望む《勇者》像は……」
リオンの問いに対しハルトが真剣に考える中、シアが感情の読めない瞳でハルトを見つめていることに誰も気づかなかった。
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次回投稿は4月28日18時を予定しています。