第35話 予感の夜
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夜も更けてきた頃、リリアは一人宿の窓から空を眺めていた。街にはすでに明かり一つ灯っておらず雲一つ無い空には煌々と月が輝いていた。
同室であるイルはすでに眠っている。
「……寝てるだけなら可愛いのに。起きたら口悪いんだもんなぁ。もったいない」
イルの事だから寝相が悪いだろうと思っていたリリアだったが、その予想に反してイルはスヤスヤと布団を蹴ることもなく眠っている。その姿がまるで人形のようで、思わずリリアはジッと見つめてしまう。
ブラウンの髪はフワフワとしていて、肩下まで伸びている。今は閉じられた瞳は吸い込まれるような漆黒だった。その可愛らしさは誰しもが認めるだろう。本人は絶対に認めないだろうが。
「…………」
リリアはイルから視線を外して、自身の髪へと目を向ける。イルとは違うサラサラとした金髪だ。窓の方を見れば自分の碧い瞳と目が合う。イルは可愛い系なのに対してリリアは綺麗系だ。全く違う二人だが、リリアだけは自分達の間にある共通点を知っている。
それは、元男であるということ。もっともリリアが元男であることを知っている者はいないが。
「さすがに少し同情するかな。ずっと男として生きてきて、いきなり女にされたらビックリするもんね。って、ビックリどころじゃないか」
リリアも最初の頃、この記憶を取り戻したばかりの頃には苦労した。前世とのギャップ。それまでできていたことができなくなったことへの苛立ち。言葉遣い……何からなにまで変えなければならなかったのだ。
その苦労を知っているからこそ、リリアはイルに対して同情の念を抱いていた。
「イルは男に戻りたがってたけど……たぶん無理だろうし。諦めたほうが賢明だと思うんだけどなぁ。私はガイルだった頃のイルとは会ったことないけど、きっと今の姿の方が可愛いんだろうし。っていうか男に戻れたとしたら《職業》ってどうなるんだろう。《聖女》のままなのかな? 男の姿の《聖女》……うん、ない。それはないわ」
思わずガチムチの男がアウラと同じ姿をしている姿を想像してしまいゾッとするリリア。その想像を振り払うように数度頭を振る。
「さてと、黄昏れるのもこれくらいにして私も寝ないといけないんだけど……」
しかし、なかなか眠気も湧いてこない。ハルトのことが気がかりだったのだ。
「ハル君と離れて寝るなんて初めてかも……だからかな。ふふ、まるで私が子供みたい」
自嘲するようにリリアは笑う。ハルトが傍にいないというだけでリリアの心はざわついて落ち着かない。しかし心が落ち着かないのはそれだけが理由ではなかった。
「なんか……嫌な予感がするんだよね。気のせいだといいんだけど……でも、さすがにそろそろ寝ないと明日に響くし、もう寝ようかな」
イルを起こさないようにそっと、ベットに潜り込んだリリアはハルトのことを考えながら眠りにつくのだった。
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同じ頃、ハルトもまた部屋の中から空を眺めていた。
「……ふぅ」
「眠れないんですか?」
「あ、タマナさん。もしかして起こしちゃいましたか?」
「いえ、そういうわけではないですよ。それよりどうしたんですか? ため息ついちゃって」
「いえ、ちょっとその……」
「あ、もしかして~、リリアさんがいないから寂しいんですかぁ?」
「そ、そういうわけじゃないですよ!」
少しだけ図星だったハルトは焦って否定する。しかし、眠れないのはそれが理由ではなかった。
「その……こんなこと言うのは変かもしれないんですけど、心がざわつくんです」
「ざわつく?」
「上手く言えないんですけど、こう、嫌な予感というか……はは、おかしいですよね。すいません変なこと言っちゃって」
「……いえ、もしかしたらその予感、大事にした方がいいかもしれないです」
「え?」
「これはエクレアさんが……あ、エクレアさんって言うのはこの国にいるもう一人の《勇者》の方ですね。知ってますか?」
「あ、はい。それは知ってます。有名ですし」
「まぁそりゃ有名ですよね。名前よりも【雷光】の二つ名の方が広がってたりしますけど」
【雷光のエクレア】。この国にいるハルト以外のもう一人の《勇者》だ。今年で年齢はハルトの三つ上で18歳になる。彼女は勇者になったその年に火竜の王、《火竜王》を単身で討伐したことで一躍有名になった。
「彼女が言ってたんです。《勇者》になってから以前よりもずっと勘が冴えるようになったって。もしかしたら勇者にはそういう力があるのかもしれません。何かあってからでは遅いんです。もし何かあるようならばすぐに私やリリアさんに教えてくださいね」
「……わかりました」
自分の中に巣食う妙な予感に戸惑いながら、ハルトは眠くなるまで空を眺め続けた。
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リリアとハルトがそれぞれに嫌な予感を覚えていた頃、遠く離れた地でのこと。
そこには巨大な城があった。その一帯だけ、空は赤く染まり、大地は枯れ果て、生命の息吹が感じられなかった。そしてそこにある城こそが《魔王》の城であった。
「新しい《勇者》が……生まれたか」
魔王は一人赤き空を眺めながら熱っぽく呟く。
「あぁ、早く会いたい。会いたいぞ勇者……しかしまだその時ではない。そなたも、そして余もまだ成ったばかり。強く……もっと強くならねばなぁ。まずは小手調べだ」
そして魔王は自らの背後に控えていた魔物に命じる。
「さぁ行くがよいワーウルフよ」
「御意」
短く返事をしたワーウルフは、音もなくその場から姿を消した。
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次回投稿は3月10日18時を予定しています。