8、レモンと塩は9:1
放課後、部活に入っていない伊藤くんはいつも図書館に行くのを私は知っている。図書館なら隠れる場所がたくさんあるので誰かにバレることなく告白でき、さらに密室感が高いのでそういう雰囲気にもっていきやすい。私は伊藤くんの後ろ姿を見ながらばれないように図書館までついていき、タイミングを見計らった。
伊藤くんが小説に手をかけている。その反対側の本の隙間からこっそり伊藤くんを覗き込む。やっぱり悪くないかわいらしい顔をしている。伊藤くんが席に着く前に声をかけないと、この閉鎖的な空間の感じから離れてしまう。よし、行こう!
「伊藤くん!」
可愛らしい声だが、これは私の声ではない。私は悟ってもう一度あの隙間から伊藤くんを覗き込んだ。
「あ、えっと……お名前なんでしたっけ?」
伊藤くんが困った様子で頭をかいている。隣りにいる女子は見たことはあるが名前は知らない。違うクラスの子かな?
まるで恋愛映画を見るように、安全な場所から他人の告白を見る機会が巡ってくるとは意外だった。その女子は可愛らしくもじもじしながらたどたどしく伊藤くんに話しかけ、伊藤くんも戸惑いながらも親切に対応している。これはまさか、先取りされてしまうかもしれない。
「で、何かあったの?」
「あの……」
来た。これはもう告白開始の合図だろう。ここで先取りされてしまうと都合が悪いので邪魔をしたいけど、でもここで邪魔してしまうと伊藤くんからの印象も悪くなってしまう。向こうは今、女子の変な間で告白待ち中。いまのうちに策を練らないと。ちょっと待った! ってドラマみたいに割って入って告白勝負するのも恥ずかしい。どうしたものか。こういうときにどうすればいいのかスマホで検索しようとしたけど、なんて検索していいのかもわからない。そうしているうちにとうとう告白が始まってしまった。
「伊藤くんのこと、好きです。よかったら私と……付き合ってくれませんか?」
かわいらしい声だなぁと思わず感心してしまうほど、それはもはや恋愛アニメそのものだった。伊藤くんはというと、曖昧な言葉でやんわり逃げているような返答。これはもしかしたらもしかするかもしれない。恋愛において、必ず告白が成功するとは限らないのだ。運が私の方に向いているのかもしれない。今にも泣きそうなその子はたしかに可哀想だなとは思いつつ、次は私の番だと気合を入れた。私のほうが伊藤くんとは長い時間一緒にいる。出会った日のあの漫画みたいな運命の出会い方もあるし、それからはほとんど特になにもないけど、さっきの子より可愛くはないけど、さっきの子より自信はないけど……あれ?
なぜか体が固まって進まない。ポジティブな考え方ができない。ネガティブな連想ばかり浮かんでくる。
「あれ? 空野?」
「あっ」
伊藤くんに見つかってしまった。