2、タンは半分焼けば十分。
目覚まし時計は肉が焼ける音。朝から気持ちの良い目覚めだ。昨日の焼き肉はもう消化されちゃったけど、その後に買った肉が冷蔵庫の中に眠っている。さすがに炭と網はないけれど、フライパンでも十分美味しくいただける美味しいお肉だから大丈夫。ちょっと前まで朝ごはんがあって明日はいるのか毎日聞かれてたけど、親も最近は呆れて朝ごはんを作ってくれなくなった。どうせ毎日朝から焼肉だろうと諦めてくれている。理解のある親で本当に良かった。
朝から焼肉も悪くない。タレを使わずにレモン塩にすれば胃もたれすることもなくさっぱりと食べられる。でも……やっぱりホルモンはタレにしておくべきだったかな。
と、その時。
ん?
詰まった。
喉にホルモンが詰まってしまった。
いやいやいや、どうすんのこれ!?
えっ、どうしよ!
いや、飲み込むタイミングが掴めないままクチャクチャしてたけど、こんなに簡単にするっと詰まることあるの!?
こういうときにはまずは冷静になることが大事で、スマホやパソコンでどうするのか検索するのが良いのだろうが、今の私にそんな余裕はない。とりあえず白米を一気に飲み込む魚の骨作戦に出た。これが意外と大当たりで、検索することもなく一件落着。ふぅっと一息をついたところで時計を見ると、もうすでに出発予定時刻の5分前。慌てて残りのロースやハラミをくわえたまま家を飛び出した。
一目散に出たから周りなんて見えていない。まずは家の前の道を右に曲がってーー。
ラリアットを食らったのか前のめりの姿勢がいつの間にかゴキブリの死骸みたいに後ろに倒れていた。え、何が起こったの?
「あ、大丈夫? 気をつけなよー」
自転車に乗った見知らぬ男子が地面を蹴って走り出しながら私に向かってそう言った。どうやら私はラリアットではなくその男子の自転車か部活カバンにぶつかったらしい。こういうときに私がもし美少女だったら優しく起こしてくれたりしたんだろうか。まぁいいや。とにかく遅刻しないようにしなきゃ。
そこから校門までは覚えていない。とにかく前しか見えてなかったから。
靴箱から教室に行く頃には汗が吹き出していて、脱水症状で倒れそうだった。可愛い女の子はこういうところでも汗をかかずに良い匂いするんだろうな。まぁいいけど。
「っしゃあセーフ!」
「あ、ゆめちゃんおはよー」
「ちぃちゃんおはー。とりあえずスプレー貸して」
息切れでうまく言えたかどうかわからないが、とりあえず目の前に制汗スプレーが出てきたからうまく伝わったんだろう。
「ゆめちゃん早く! 先生きたよ!」
「おお、はいはい」
朝礼の始まりの合図は遅刻かどうかを決定づけるデッドラインである。どうにか遅刻は免れたようで、ほっとした。
「今日はみんなに紹介したい、新しい友だちがいます。はいそこ静かにー。じゃ、入って」
お、転校生か。いや、でも今はそれどころじゃない。汗というのはなぜこうも静止状態のときに吹き出してくるのやら。さっきのスプレー空だったかな?
と自分のことばかり気にして前を向いていなかったからよく見てなかったけど、次の瞬間頭の中は転校生のことでいっぱいになった。
本当にほんの一瞬のことだった。朝起きてからのことが一種の間に脳内を右から左に移動したような感じがした。ぶつかった後に見たのほほんとした顔が、なぜか今自分の目に映っていることを確認してからは、なんとも言えない奇妙な引力を感じた。磁石のように離そうとしてもそっちに向かってしまうことにちょっとした恐怖心すら覚えた。朝私とぶつかった見覚えのない男子はうちのクラスへの転校生だった。