だが、その女は
「はぁ」
俺たちは校内中を駆けて、校舎裏の人気のないスペースに移動した。
「危なかったね、あなたたち」
俺たちを助けてくれた女生徒が言葉を投げかけてきた。緩くウェーブがかかっているふわっとした髪からは穏和な雰囲気が伝わってくる。
「本当にありがとうございます」
「いいのいいの、困ってる人を助けるのは当たり前でしょ」
なんていい人なんだ。香澄もこんな人を見習って欲しい。と、香澄の方を見て見たのだが。
「……………」
ものすごい形相でその女の人を睨んでいたのだ。怖い怖い。オーラが溢れまくってるよ。抑えてよ香澄!恵も見てみればいつもとは違うなにか別のものを孕んだ視線でその人を射抜いていた。
一方、女の人の方を見てみれば、こちらも香澄を見ていた。こちらは一切の悪意を含まない純粋な目で、だ。
「あの、これは………」
もちろん、香澄とその人は目が合っている。つまり、香澄がその人を睨んでいることを知っているのだ。
俺は言い訳を探して、なんとかそれを言おうとする。
香澄は初対面の人を注意深く観察する癖があるんですよ…………だめだ。あんなの観察の中に入らない。もはや観殺だ。
じゃあ、香澄なんでそんなに熱く見つめてるの。だめだ。香澄が絶対に反論してくる。
ああ、どうすればいいんだ!
「どうしたの?私のことそんなに熱く見つめて」
だから、それじゃあうまくいかないと……。
え?
「そんなに見つめられるとお姉さん恥ずかしくて」
そう言って俺たちを助けてくれた優しい女の人は、その豊満わがままボディを小刻みに揺らした。揺れるたびに震えるのは男のロマンで。
「兄さん!」
という声と同時。蹴りが俺に向かって放たれる。放ったのは恵。
お前らナイスコンビだな。
「恥ずかしい」
あいかわらずそのお姉さんはその立派な胸、ではなく体を揺らしていた。
「やはり、でしたか」
なんだ?香澄の声は聞こえたのだが、意味がわからなかった。『やはり』。なにか予想が的中したのだろうか?
「そうだね、香澄ちゃん」
お前もかよ。何なんだこの二人。今日めっちゃシンクロするじゃん。
「この人…………天然だ」
へ?
「私の名前は高原天音。よろしくね」
おっとり系お姉さん――――高原天音さんは自己紹介を始めた。お互いの名前を知りたいのだと。俺たちの番が終わり、今は高原さんの番だったのだ。
「ストップです天音さん。これ以上兄さんに近づくことは禁止します」
「ええ、なんでですか?」
と、高原さん。ちなみに、なぜ俺に近づくことが禁止なのかは俺でも理解している。
つまりは危険なのだ。
主に精神的な意味で。
俺の自己紹介時、質問をしようとしたら高原さんが誤って転倒。俺は下敷きになり、そのバディを堪能することになる。そして、やつらにしばかれる。
立ち上がろうとした時に、立ちくらみかよろけて俺の方にまた倒れこむ。そしてボディを堪能、しばかれる。
そしてこれを高原さんは自覚していないのだ。いや、しているのだろうけど、それが恥ずかしいことだと思ってないのだ。
「残念だな〜」
そう、つまりこの人は、天然な存在ということだ。
「あ、そうだ」
「高原さん?どうかしたんですか」
なにか思いついたかのように高原さんは声を上げていた。
「ノーノー、ですよ拓人くん。天音、です」
天使のような純粋な笑顔で俺の方に向いてくる高原さん。さらっと言っているが、こっちはそうも行かない。
なんせ、ヤンデレがいるもんで。
「え、でも」
「そんなの私だけ名前呼びなんて不公平じゃないですか」
これもなんの疑いもなく言ってるから、言い出しにくいんだよな。
「…………わかりました。天音さん」
最後は根気負け。香澄と恵の方には向くことができなかったが、向こうとも思わなかったが、一体どんな心情にあるのか容易に想像することができた。
「たくちゃん」
「兄さん」
小声で俺のことを呼ぶ二人。
「で、どうしたんですか」
その恐怖から解放されようと俺は先程天音さんが出しかけた話題について聞いてみた。
「あ、そうそう。すっかり忘れてたよ」
ぺこりと舌を出して頭を叩く天音さん。これを計算でやってたら相当だな。
「来て欲しいところがあるんです」
天音さんは大きい胸の前で手を合わせておねだりするようにその言葉を甘く発していた。
ヤンデレとはまた違った危険要素を持ったものが現れてしまった。
どうなる?!神辺拓人!




