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横暴な証明

「よし!帰る」


 奴らが来ないうちにな。さっと帰ってパッと風呂入ってザッと寝よう。よし、今日はなぜだか二人ともいないし気軽に帰れるだろう。


 というか、恵は同じクラスなのに今日一言も喋りかけて来なかったな。まあ、それも込みで今日帰ってから聞くか。


 と、その第一歩を踏みかけた直後。


「ちょっといいかな?」

「なに?」


 話しかけてきたのは、香澄………ではなく、恵………でもなく、委員長の春日さんだった。


「先生が呼んでる」

「ああ」


 そういえば、今日掃除があったんだった。忘れてた。早く帰りたいのはやまやまだが、これはこれでサボれば後に響く。


 やるしか、ないか………。


 と、教室を抜け出して職員室へと向かった。


「今日は体育館周りの掃除頼むわ」


 へ?


「いや、ちょっと待ってくださいよ。なかなか広いですよ、あそこ」

「悪いな。もう、あと何人かそっちに行く予定だから先に行っといてくれ」


 そういって先生は頭を下げてきた。行かないとヤバイよな。仕方ない、行くか!


「わかりました」


 そう言って、俺は大きな寄り道をすることになった。



「といってもさあ………」


 箒をはいてはいてはいて、それでも終わらない。


「でかすぎだろぉぉぉおおおおお!」


 嘆くように声を張り上げていた。だって、こんなの一人でできる量じゃないもん。どんだけ広いんだよ。


 表側だけでも、30分はかかったぞ。今から裏側の作業が。めんどくさいなぁ〜。


「裏側…………行くか………」


 諦めるように俺は暗がりの方へと足を向けた。



「たくちゃん………」


 ザッと風は吹き荒れた。俺の胸を射抜くような視線が、突き刺さる。その目はもちろん恵のものだ。


 だが、俺の知っている恵とどこかかけ離れているようでもあった。


「め、恵……どうした?こんなところに。ああ!お前が助っ人か、助かるわ。ここ一人じゃしんどいからさ」


 なんとか場の雰囲気を舞いあがらせようとする俺の気持ちも虚しく、恵はただただなにも喋らなかった。


 もう、いっそ不気味なくらいに。


「恵?ほんとどうしたんだ?朝も昼も俺のところに来なかったし」

「試したの…………」


 恵がボソッと小声につぶやく。その後方、暗いオーラが大きくなっていくようで。俺は全身の鳥肌が止まらなかった。


「な、何を?」


 恐る恐る、俺はそれを尋ねる。恵はしばらくしてから開口した。


「私の………本当の気持ちを」


 それは、俺が好きかどうかってことか。でも、一回俺は恵に告白されているし。


「やっぱり、私はたくちゃんが好き!」


 そういって、恵は俺に抱きついてきた。俺が倒れるほど、強く激しく。後頭部の反動はすぐにやってきた。


 激しい反動の後には、俺に跨る恵の姿。なんか、跨がれるの多いな。香澄のような形相で、俺を見る


 そして、そのまま。


「!」


 暖かくも感じる。薄いピンク色の柔らかいそれが、俺の唇を奪った。時間にして数秒。その数秒間に様々な感情が駆け巡る。


 理解できないわけじゃない。ただ、展開が早すぎだ。


「な、なんのつもりだよ!俺は………」

「言わないで!」


 途端に恵が怒鳴るように声を放った。


「わかってるよ。たくちゃんが私をそんな風に見てないってこと」

「なら」

「でも!」


 恵は続けて言い放つ。


「でも、そんなことで諦めれるようなものじゃないんだよ。私の気持ちは今、私でも制御できないくらいに暴れてるの」

「………」

「だから、おねがいだよ……………私を受け入れてよ」


 別にそんなつもりじゃない。嫌いとか、苦手とかそんなことは別にない。好きかと問われればもちろん好きの部類に入る。


 でも、それはそういうのじゃない。


「俺は恵を幼馴染として、友達として大好きなんだ」

「知ってるよ。だから、さっきも言った。私を女として見て」

「ごめん…………」


 俺は何度も恵を見る。泣きそうになっている恵を見る。だが、いつ見てもそこにいるのは幼馴染の恵で。


「なんで、なんでなの」


 ポロポロと雫が俺の元へと降ってきた。哀情が込められた銀の雫が。


「どうして、私はたくちゃんのことこんなにも好きなのに」


 その雫は流れを止めない。より一層濃くなって俺の方へと向かってくる。顔もぐしゃぐしゃで、いつものかわいい顔も台無しで。


 でも、それくらい本気なんだってことが伝わってきた。


 だから、俺も真実を打ち明ける。


「俺はまだ好きとか嫌いとか、恋とか愛とか。全然わからないんだ」

「そんな、言い訳…………」

「違うんだ。本当に分からないんだ」


 そう、なのだ。香澄が来てからだ。いや、本当はずっと前からだ。恋とか愛とか、そんなものがまったくわからなかったのだ。


 人と付き合うとはなんなのか。どこからどこまでが付き合うで、別れるとはどう発生するものなのか。


 当たり前で当然なはずのそんなことに、俺は疑問を持ってしまった。


「たくちゃん…………」


 俺の表情を見て、恵はその信用性を増した。


「だからさ」


 切り出すように俺は言葉をあげていた。


「俺がそれを理解できるまで、待ってくれないか。俺はそのとき改めて自分の気持ちと対面するからさ」


 こんなもので、恵の悲しみは癒えないだろう。ずっと痼りが残ったまま歩いて行くだろう。


 でも、今はこれしか。


「わかったよ。私は待ってるよ。その時まで」


 いつも通り、とはいかないぎこちない穏やかな顔。でも、先ほどまでの悲しみは嘘だったかのように薄れていた。断じて消えたわけではない。だが、たしかにそれは薄くなっていた。


 ふと、恵は何かに気づいたかのように声を出した。


「ってことはまだ私にもチャンスがあるんだよね。そして、この状況…………」


 俺が押し倒されて、跨がれているこの現状。


 ああ、やばいな。


「い、いいよね。こ、これも。あ、あ、アプローチの一種だよね」

「違うからな。絶対違うから。だから、やめてっ!襲いかからないでっ!助けてくれぇぇぇえええ!」


 そんな叫び声が聞こえてか。


「兄さんっ!助けに来ました!」


 突如参上したのは無論香澄。それと、恵梨さん。


「「な?!」」


 そして、同時に放たれた驚愕の音。慌てて俺たちは立ち上がる。が、時すでに遅し。


「この」

「この」


 二人同時に。


「腐れ童貞がぁぁぁああああああ!!」

「淫乱処女がぁぁぁああああああ!!」


「「ち、違うから!」」


 そして、飛んでくる怒りの正拳突き。


 それは真っ直ぐ俺の腹に向かってきて。


「それは、理不尽だろぉぉぉぉおおおおおおお!」


 虚しい叫びと、肉薄音がそこに鳴り響いた。

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